「……あの」


誰かと思った。





Rainy Day.




梅雨に入り、じめじめした日が続いている。
今日は李厘と(黒服達を追い払い、紅孩児を納得させて)学校帰りに駅の方へ遊びに行っていた光織は、珍しく一人で家路についていた。
辺りはすっかり暗くなり、歩道の頭上に張り出した木々と夜空の境界が曖昧だ。


(女の子と買い物って楽しいな)


身近な男性陣と買い物に行くこともあるが、やはりそこは年頃の女の子。
同世代の同性との買い物はまた別の楽しさがある。
それも、今の生活になるまでは知らなかったことだ。


(早く夏にならないかな)


買い物中に突然雨が降り始め、慌てて購入した傘は李厘と色違いで。
目の色を気味悪がられたり、『ガリ勉』の光織自身があまり積極的に友達づくりに励まなかったせいもあってか、こんなに仲の良い友人が出来たのは今までで初めてだった。

バッグから手帳を取り出し、濡れないように傘を傾けながら開く。

そこには色鮮やかに予定が敷き詰められて。
李厘は勿論、八戒、悟空、悟浄、八百鼡や紅孩児、観世音菩薩の名前まであった。


(……幸せだなぁ)


つくづく、そう感じていた。
唯一予定がないのは三蔵とだが、それは仕方のないことで。


(仕事、大変なんだろうな)


行き場を失った光織を養い、必要なものは全て与えてくれる。
男所帯の中で生活している光織に、それなりに気配りまでしてくれて、会社では大事なポストを担っていて……


(……はぁ、)


心苦しい罪悪感と共に、マンション横の公園に差し掛かっていた。
僅かに強まった雨脚が、ばたばたと傘を打つ。


「…あの……」

(やっぱりバイトしようかな)

「あの、」

(でも三蔵、バイトの話出すと不機嫌になるし…)

「すいません」

(でもやっぱり何かしなきゃ)

「、おい!!」

「うわぁっ!」


いきなり背後から大きな声を出されて、光織は思わず傘を取り落とした。
あまりにもその声が三蔵に似ていて。
いくらか高くしたような、声。


「(さ、三蔵かと思った…)はい?」
「さっきからずっと声かけてんだけど。あんた耳でも悪いのか?」


見れば、それは男の子だった。
濃いグレーのパーカーに、黒いハーフパンツ、スニーカーで、フードを深く被っているために顔は見えない。
相変わらず三蔵によく似た声で皮肉りながらも、光織が落とした傘を拾い、差し出す。


「視力は多少悪いですけど聴力はいい方です。あ、傘ありがとうございます」


自分よりほんの少しだけ小柄なその少年に傘を差し向けると「俺はいいから差してろよ、濡れるぞ」と窘められる。


「でも、あなたも濡れちゃいますよ」

「……あんた、変なヤツ」

「えぇと、そろそろ帰りたいのですが何かご用でしょうか?」


辺りはもう暗い。
少年はここで何をしているのだろうかと、疑問に思った。
にやりと、辛うじて見える少年の口角が上がる。


(笑い方まで三蔵にそっくり…)


「家を探してるんだけど」
「迷子?」
「ちがっ……そうじゃなくて、俺、家出したんだ!」
「あぁ、つまり段ボールを探してるんですね?」
「野宿なんかしない!!この近くに住んでる親戚の家を探してるんだ!」


迷子やホームレスと勘違いされて、少年は声を荒げる。


「親戚、ですか」
「そこのマンション。あんたあそこに住んでんだろ?」
「えぇ、まぁ……でも私、住み始めてまだ2ヶ月程なので住人の皆さんとは面識があまり……」
「見たことあるはずだ。頭も目も、変な色してるから」
「変な色?」


答えずに、少年は被っていたフードをかなぐり捨てた。
とたんに暗い公園の一角が、光が射したように明るく感じる。

眩しいばかりの金糸の髪、街灯に照らされて光る紫暗の瞳。


「玄奘三蔵っていうんだけど」


小さな三蔵が、そこにいた。



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