「……分かった、じゃあ連絡は入れるから、今晩だけ。頼む」


ガシガシと頭を掻く仕草までもがそっくりで、思わず小さく吹き出すと、ちらりと紫暗の瞳がこちらを見て、その瞬間ににやりと口角が上がった。
―――いやな、予感がする。


「それに、女の子を一晩中一人でいさせるよりはこんな糞餓鬼でもいたほうがいいんじゃねぇの?こいつ一人にしとくと危ないぜ?俺みたいな素性も知れない男を簡単に部屋にあげたりして」


ぱきん、と光織が凍り付いた。


「………何?代われ?……はい」


差し出された携帯が既に不穏な空気を漂わせている気さえする。


「は、はい」


怒鳴られる……!と覚悟して挑んだ光織の耳に届いたのは、存外に普通の声だった。


『そいつは江流っつってな、俺の親類みてぇなもんだ。養い親の所に連絡するのを確認してから寝かせろ。そうじゃなかったらつまみ出せ』

「はぁ……」

『明日お前が家を出るのと同じ時間に外へ出しとけ。後はどうにかなんだろ』


そんなゴミみたいな、という言葉を飲み込んで、光織はおとなしく了解していた。


『じゃあな』

「へ?あ、はい!お休みなさい。……あのっ」

『……何だ?』

「お仕事……頑張ってください。
あ、いや、あの…これ以上頑張れっていうんじゃなくて、程々にというか、お体に気を付けてというか、はい」


何を言っているのか分からなくなりつつもどうにかそう言うと、やはり電話の向こうから押し殺したような笑い声が伝わる。


『―――あぁ、分かった』










「江流くん、私のことダシに使ったでしょ」

「あれ?三蔵から名前聞いたのか?」

「いいから早くお家のかたに連絡!」

「げー……超めんどくせぇ」

「三蔵が、連絡しなかったらつまみ出せって。ちゃんとここの事言って、安心させなきゃ」

「俺がここの事とか三蔵の事とか言ったら、多分5分後には警察が来るぜ」

「警察?!」

「ま、色々ワケありでね」

「……『俺は元気だから心配しないで』」

「『どこにいる』って訊かれたら?」

「…………『皆の知らないとこ』」

「電話、逆探知されるかも」

「自分の携帯持ってないの?」

「忘れてきた」

「じゃあ、私の携帯使っていいから」

「番号から調べれば身元なんてすぐにばれるけど」

「えー……」







「……ったく……あの馬鹿は」


広いオフィスにいるのは、もう三蔵だけだ。
禁煙化の叫ばれるこの会社でも、『三蔵が苛ついているときのみ無効』という暗黙のルールがある。

机に足を乗せ、愛飲しているマルボロを唇に挟んで火を点け……やめた。


『お仕事……頑張ってください。
あ、いや、あの…これ以上頑張れっていうんじゃなくて、程々にというか、お体に気を付けてというか、はい』


恐らく電話の向こうでペコペコと頭を下げているのだろう。
思わず笑みが込み上げる。


「どうかしちまったんじゃねぇのか……」


己に向けての皮肉。

まさかここまで。
こんなに短い間で。

雑念を振り払うように軽く頭を振ると、三蔵はパソコンに向き直った。



声を聞く前よりも、格段に肩が軽くなっていた。









「光織、腹減ったんだけど」

「え?って……もうこんな時間?早く連絡しなきゃ11時になっちゃう」

「飯が先」

「じゃあ江流君は考えておいて。如何に相手の追求を逃れつつ自分は安全だということを伝えるか、ね」


慌ただしくキッチンへ消えていく。


「母親みてぇ……」


実際、施設から引き取られた身である江流は、実の母親を見たことなどないのだけれど。


でももし母親が選べたら、


「ああいう母親がいいよな…」

「何か言った?」



15分と経たないうちに、両手に料理の乗った皿を掲げて光織が戻ってくる。


「……別に」

「?さっさとごはん食べちゃって、早く連絡しなきゃね」

「光織」


温かい料理の湯気が、心地好かった。


「今日は家出だから明日帰る。けど、今度は普通に遊びに来るから、そしたら」

「うん、また泊まりにおいで」


にこりと、光織が微笑んだ。





その後、満腹になった二人が暖かい部屋で『言い訳』を考えながら眠ってしまうまでは、1時間とかからなかった。


end.


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