「そういや光織って誕生日、いつ?」

「えっと……あ、明日ですね」

「「「………え?」」」





birthday








「うそ、マジで!?」


夏休み、ある土曜の昼下がり。
いつものように八戒・悟浄宅にあがりこんでいた悟空・三蔵・光織は些か暇を持て余し気味だった。

とりあえず近くに落ちていた雑誌を拾いあげ、巻末に載っていた『生年月日占い』なるものを始めたのが起因。
誕生日や記念日等、そういったものにとことん興味がない上に、どこまでもドライな光織に一行(三蔵を除く)は呆れとも諦めともつかない溜め息をついた。


「あれ、言いませんでしたっけ」
「全っ然!」
「そういえば訊いたこともなかったですねぇ」
「……で?今回も三蔵サマはご存知だったわけ?」


テーブルを囲む4人から、一人離れたソファーに腰かけ新聞を広げていた三蔵は、どこか見下したように言い切る。


「当たり前だろうが。色々と手続きに必要な情報は頭に入ってる」


それは、“保護者”の名目を背負う彼には当たり前のこと、なのだが、
何故なのだろうか、


「………なんかそれってずるくねぇ?」


自分の知らない彼女の話。
そこにどうしても、壁を感じてしまう。


「ずるい?」
「……や、なんでもないっ!やっぱ今のナシ!!」


心の中の思いを打ち消すかのように、ぶんぶんと悟空が頭を振って言った。
ずるい、ずるくないの問題ではない。
きっとスタートラインは皆一緒なのだから。


「…なら、明日はお祝いですね」


幸いみんなお休みですし、と八戒が言い。


「やった!俺焼き肉がいい!」
「なぁんで光織の誕生日だっつのにお前の希望に合わせなきゃいけないのよ」


いつものやりとりに、光織が微笑む。
三ヶ月前とはまるで別人のように人間らしく―――年相応の少女らしく―――なった光織を、三蔵は黙って見つめていた。


「それでは明日、悟浄は買い出し、悟空は部屋の掃除と飾りつけ、三蔵は」
「ババァに用事がある」
「さっさと済ませて悟空の手伝いをお願いします」
「あの、私は…」


みんな(特に三蔵)が忙しく動き回っているというのに、自分だけがゆったりしているわけにはいかないはずだ。


「あぁ、それなら光織は僕を手伝ってくれますか?沢山ご馳走つくりますから



八戒が笑顔のままさらりと言ったその提案に、それなら、と安易に頷きそうになった光織の後頭部を三蔵の手が持ち上げる。


「八戒ソレずるくねっ!?」
「何言ってるんですか?光織は料理を覚えられて、僕は助かるんですから一石二鳥でしょう」
「違ェだろ絶対!」
「光織、俺と一緒に掃除しねぇ?」
「光織ちゃん、悟浄さんとお買い物行こうぜ」
「馬鹿かお前ら」


前からは三人に迫られ、背後からは三蔵の呆れたような声が聞こえる。
あまりにも『日常』らしい『日常』に、光織はくすくす笑いが止まらない。

明日もまたみんなが揃って、こんな風に楽しい一日になるのだと思えば、それだけで心が浮き立った。







『光織!お誕生日おめでとう!』

「ありがとう、李厘。でもまだ日本は夜の9時なんだ」

『ありゃ?おっかしーな……オイラ計算したハズなのに』

「あはは、でも、お陰で李厘が一番だよ」


夏休みが始まってすぐに海外へ旅行に発った李厘からは、頻繁に電話があった。


『コッチちょー寒くってさぁ!オイラ早く日本に帰りたいよー』

「そっか、そっちは四季が逆なんだもんね」

『あ、でもでも!光織にすっごいおみやげ買ったからね!楽しみにしてて!』

「本当?うん、楽しみにしてる」


『ハイレベルなお土産』なのか、『大量のお土産』なのかの区別がつかなかったが、とりあえずは前者であろうと納得させる。
本人に自覚はないのだろうが、一応お嬢様の李厘だ。金銭感覚が麻痺しているのであろうことは、転入してからの三ヶ月あまりで十分理解していた。
大量のお土産、だった場合、どれ程の量なのかなど、想像も出来ない。


(あ、でもそうするとハイレベルなお土産も怖いな……カンガルーとコアラのセットとかだったらどうしよう……)

『光織!もしもし?』

「あ、ごめん。なに?」


もしカンガルーだった場合どうするか、という想像に励んでいた光織は、ふと我に返った。


『だから、誕生日プレゼントはお兄ちゃんに任せてあるから!明日届けに行くと思うよ!』

「…………………紅孩児さん?」

『うん!お兄ちゃんは仕事あるから、来週コッチに来るんだ』

「あ、そうなんだ」


わざわざ持ってきてもらうのも申し訳ないから、今度受け取りにいくよ。
そう提案しようと思った矢先に、耳に当てた携帯が僅かに振動した。


「ごめん李厘、ちょっと待って」


断ってから画面を見れば、そこには江流からのメッセージを示すアイコンが浮かんでいて。
『明日、遊びに行く』。それだけが簡潔に書かれたそれに、光織はぼんやりと呟くほかなかった。


「……なんだか明日、忙しいことになりそう……」


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