「お帰りなさい。随分遅かったですね」


マンションに戻った時、既に時計は12時を少し過ぎていた。


「遅くなってごめんなさい、」


今度はパタパタと悟空の所へ駆けていく光織の右手首に見慣れないブレスレットを目聡く見つけた八戒は、遅れて入ってきた悟浄に目を向ける。


「……プレゼント、ですか」
「んだよ」
「いえ、僕としたことが迂濶でした。絶対にプレゼントにするような物がない問屋に行ってもらえればよかったんですけど、」


本気か冗談か、そんなことを言い出す八戒に悟浄は最早引き攣った笑みを浮かべる他なかった。





「あ、光織ー!おっせぇ!」
「ごめんなさい!遅れました!」


そもそも何時から、と決めていた訳ではないのだが、律儀な光織はぺこぺこと頭を下げた。


「もう俺一人で掃除終わっちゃったんだかんなっ!」
「……反省してます。」


深く頭を下げた光織だが、悟空が装着しているピンクのエプロンと三角巾を見て、思わず微笑む。


「あんまエバんなよ子猿ちゃーん。光織が普段からあんだけキレイにしてんだから掃除するトコなんかあるわけねーだろ」
「ばっ……俺頑張ったんだぞ!?」
「はいはい。掃除が終わったなら次は飾り付けですよ」


努力を認めて貰えない、と嘆く悟空に、光織も苦笑しながら向き合う。


「自分の誕生日の飾り付けを自分でやるって、相当違和感があるんですが……」


何気無く漏らした言葉に、悟空が伏せていた顔を勢いよく上げた。


「光織!ふたりですっげぇ飾り付けにしようぜ!!」


悟空の何かに火をつけてしまったらしい。






「光織ー、終わったー?」
「あ、もうちょっとで」


二時間後には、リビングは相当賑やかなことになっていた。
正に悟空らしさの爆発で、光織はリングチェーン用に折り紙を細長く切りながら、明日に待ち受ける掃除のことは考えないようにしていた。

切り終われば、後は繋げていくだけ。
そういった細かい作業が苦手な悟空は悟浄と激しい腕相撲を繰り広げていて、八戒はキッチンで下拵えを始めている。
三蔵は今頃、まだ会社だろうか。

そんなことを考えながらも、鎖は確実に長くなっていった。


「悟空?出来ました!」
「マジ!?じゃあさ、天井に貼ろうぜ!」


わしゃわしゃとかさばる鎖を引きずって、光織は悟空が指差した天井を見上げる。


「あぁ、じゃあ椅子か何か持ってきま、すっ?!」


ぐん、と急に体が浮く。
思わず掴んだのは足の間に現れた、ふわふわした茶色の髪だった。


「っ、悟空!」
「うわっ、暴れんなよ光織!落ちるぞ!」


いわゆる肩車状態。
これには流石の光織も慌てたが、悟空の言葉にぐっと堪える。
あれだけ遠かった天井が、手を伸ばせば届く位置にあって、何だか奇妙だった。


「悟空……もう少し、右…」


光織も不安定な悟空に多少驚いてはいたが、何より気が気でないのは悟空自身であった。
勢いで光織を担いではみたものの、ふと冷静になればそれは間違いなく彼の思い人。

今更ながら顔に熱が上がった。


「み、右?」
「それ左です」


顔の両側で、光織の脚がぷらぷらと揺れる。
しっかり抑えねばとは思うものの、どこを掴めば良いのかも分からない。
恐る恐る、といったように触れたふくらはぎは頼りなく細く、白くて柔らかくて。

ふと、気づいた。


(スカート……!!)


その、事実に。


「っ光織!降りて!!」
「え?」
「頼む!!」


ゆっくりと彼女がフローリングに降りたって、やっとの思いで悟空は深く息を吐く。


「あの、悟空?大丈夫ですか?」


顔真っ赤ですけど、という光織の言葉に、肩で息をしながら悟空は頷いてみせる。


「ごめんなさい私……重かったでしょう?」
「やっ、そうじゃなく、て!」


まさか言えない。
顔が今まで体験したことがないほど熱く、ドッドッという鼓動が脳内で大きく響いた。
まともに顔が、見られない。


「悟空?」


心配そうに覗き込む、濃いアメジストの瞳から逃れようとするがそれも叶わず。


「光織チャンの生足に興奮してんじゃねぇよ。この童貞猿」
「ばっ!!!なに言ってんだかぜんっぜんわっかんねぇよエロゴキブリ河童!!」
「あはは、顔真っ赤ですよ悟空」
「なま…?」
「あぁ、光織は気にしなくていいですからね」
「はぁ」


まぁいつものことか、と糊やカッター、はさみを片付け始めた。
そろそろ料理に取り掛からねば。
インターフォンが和やかに響いたのは、その時だった。


「三蔵かな、」


そろそろ仕事を片付けて帰ってきてもいいころだ。


「あ、私が出ますね、」


相変わらずぎゃいぎゃいと賑やかな悟空、悟浄、料理で手の離せない八戒にそう告げ、玄関へと飛び出す。


「はぁい、って、ぅあ」
「……誕生日だと聞いたが」


そこに立っていたのは三蔵ではなく、


「紅孩児………さん?」


きらびやかに包装された大量の箱と、色とりどりの花達の山―――そしてその中に佇む、紅孩児だった。








「どうぞ、」
「あぁ、すまん」


悟空・八戒・悟浄の力を借りつつ大量の贈り物を部屋に運び入れた光織は、自室で紅孩児にコーヒーを差し出した。


「あの…わざわざすみません、こんなにたくさん」
「いや、李厘の頼みだからな」


光織の部屋の大半はプレゼントと花に埋もれている。


「これと……これが八百鼡と独角児からだ」
「え、八百鼡さんと独角さんまでくださったんですか、」


指差されたふたつの贈り物。
ひとつは光織の好きなブランドの名前が入った包装紙にくるまれた大きめの箱、
もうひとつは特大サイズのトイショップの袋。茶色の毛並みがはみ出していた。


「わ、可愛い!」


八百鼡からは水着やタオルのセット、独角児からは大きなテディ・ベア。
座っていながらにして、立つ光織の胸ほどまである熊のぬいぐるみを抱き上げる光織に、紅孩児は口許を緩ませた。


「後は李厘からだな。あぁ、花はいくつかうちの使用人からだ」


ありがとうございますほんとにすみませんありがとうございます、と何度も丁寧に頭を下げる光織に、これだけ喜ばれるなら花も本望なのでは、と思う。

あの屋敷では花なんてなんの意味も持たないから。
きっと大切にしてくれるだろう。この少女なら。


「―――李厘が、」


ふと思い出した。


「李厘が買い物に付き合って欲しいと言い出して、俺と独角児と八百鼡で同行し丸一日かけて選んだんだが、李厘は行く店行く店全てで何かしら買っていた」


それこそ手当たり次第に。
この話は彼女にはしないつもりだったのに、何故か口は淀みなく動く。


「そんなに買ってどうするつもりだ、と訊いたら、」


そう。あの妹は満面の笑みでこう言ったのだ。


「『“友達”のプレゼントを買うのは初めてだから何を買ったらいいか分からない。でも喜んで欲しいから』と。」

「っ……!」


光織の紫玉の瞳が見開かれる。
それからゆっくりと視線が下がり、そして目を閉じて、微笑んだ。


「私、いまどうしようもなく李厘に会いたいです」
「旅行から帰ってきたら、泊まりにでも来るといい……じゃあな、」
「あ、本当にありがとうございました」


光織に見送られてマンションを出て、駐車場へ向かう。
まだ仕事が残っているというのに、随分と時間をとってしまった。
しかし、無駄な時間ではなかった。

そう、感じた。



- 38 -

*前次#


ページ: