物心ついた時には既に、私の眼は紫色に光っていた。
どうして皆と違うのか、訊いてみた事はある。
途端にスッと両親の顔から笑顔が消え、あぁ、またやってしまったんだと。

―――翌日のマラソン大会では、1位をとった。





    Hello.





父は純粋な日本人。母も例外なく日本人。
そう、あの資料には書いてあったはずだ。

しかし今、自分の前に座る少女はその双眼に異色の光を宿している。


(まぁ三蔵も僕も、人のことは言えませんが)


そう思い八戒が微かに苦笑を漏らすと、二対の紫暗がこちらを向く。
一方は戸惑ったように。もう一方は『早く進めろ』と言わんばかりに。


「この度はご愁傷様でした」
「恐れ入ります」


年の割には随分としっかりしている娘だ。


「……お二人は真面目で勤勉、社内でも人望が厚く、我々としても大変惜しい方を亡くされたと、非常に残念な事で……心からお悔やみ申し上げます」


長い前髪に隠れた目に浮かんでいるはずの表情までは読み取れない。
小さな手をついて深く頭を下げる様は丁寧で、どこか作り物のようだった。
さらりと流れる黒い髪でさえも。


「光織さん、で宜しかったですよね?」
「はい」
「まだ気持ちの整理もつかないとは思いますが、これからはお一人で……?」
「、そう、ですね」


親戚のお世話になろうと思います、と続いた言葉は消え入りそうなほど小さなものだった。
あぁ、と八戒は軽く辺りを見回すと、たった今気が付いた、とでも言うように眉を顰める。


「そう言えば―――他の方のお姿が見えないようですが、皆さんどちらへ?」
「皆は―――帰りました」
「帰った?光織さんを残してですか?」
「えぇ、いきなりの事だったので、皆都合があるようで……法要も一通り終わりましたし」
「それにしても……」


八戒と当たり障りのない会話を続ける光織を、三蔵は八戒の隣から見ていた。
先程、初めて対面した時。
光織は三蔵を見て一言だけ言葉を発していた。
思わず零れてしまった、と言うような儚さで、一言。

『―――同じ?』

と。
一瞬だけ見せた、縋りつくようなその視線が―――酷く、気になった。


「実は、我々の会社の観世音菩薩が、宜しければ光織さんを―――」


そこまでで八戒は一度言葉を切る。
正面に座る光織が、もぞもぞと居心地が悪そうに身体を動かしているのが目に入ったのだ。


「三蔵?」


隣を見れば、これから大事な話になるというのに当の三蔵は光織をじっと見据えていて。
その射抜くような強い眼光に光織が畏縮するのも無理はない。


「三蔵? どうかしたんですか?」
「、いや―――何でもない。続けろ」


住職夫人に出された薄い煎茶を啜る三蔵に、八戒は珍しい事もあるものだと内心驚いていた。


(興味が湧いたんですかね)


「もし宜しければ、光織さんの今後の生活を我々の方で保障させていただければと」
「私を、?」
「光織さんがどうしても親戚の方々の所へ行きたいと仰られるなら話は別ですが、少なくとも一人暮らしができるようになる年齢まで、私共のところで」


よく考えていただけませんか、という八戒の言葉に、光織は再び俯いてしまう。
何せ、つい先ほど初めて会った人なのだ。
はいわかりましたお願いしますと言える程、光織は肝が据わっているわけではない。
引き取る。私を。この―――会ったばかりの綺麗な男の人達が。


「八戒」
「『社長命令』ですからね」
「やっぱりお前、楽しんでるだろ」





『―――親戚に疎まれている?』
『あぁ。何でもその娘の眼に問題があるらしい。
夫妻は純粋な日本人。黒い髪に黒い目だったろ?』
『えぇ、』
『それが生まれてきた娘がなんか違ったらしくてな、一度夫妻は離婚の寸前までいったそうだ』
『離婚……』
『その外見と性格で親戚達の鼻摘み者になっている、と。』
『そうですか……』
『だから親戚関係は期待するだけ無駄だぞ。三蔵にも言っとけ』



観音の情報が正しければ、彼女は必ず―――……



それはまったく想像もしていなかった展開で、でも、と、だって、が光織の脳内を飛び交う。
でも、だって、有り得るのだろうかそんな話が。
小公女やポリアンナじゃあるまいし、両親を亡くした少女を引き取るだなんて。
血の繋がった身内でさえ多額の遺産と引き換えに嫌々引き取るものを。
あぁ、そうか。


「あ、の」


情けないほど声は震えた。
まるで喉が「言ってはいけない」と制止しているようで、でも言わなければ。
遺産に関しては先客がいるのだと、そう言えばがっかりした顔でそそくさと帰ってしまうに違いない。
ぐ、と膝の上の拳に力を込めた。


「私―――」


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