「あっつ…」


宵闇が迫り、漸く出歩けるまでの気温に落ち着いた。
それでもアスファルトからは未だむあむあとした熱が立ち昇っていて、首筋を緩い汗が伝う。
スニーカーにジーンズ、ポロシャツにキャップというラフな格好で街を歩く江流の頭の中には、一刻も早く光織に会って涼みたいという想いが渦巻いていた。

ふと、道端の露店に目がいく。
今しがたそこに座り込んでいたカップルが、隣を通り過ぎた。


「やだぁ、ありがとー」
「誕生日プレゼントな」
「うそ、冗談でしょー?」


そんな会話が耳を掠める。
誕生日。
そういえば光織の誕生日はいつなのか。訊いたことがなかった。
あのおっとりしたところは春っぽいし、
物静かなところは秋な気もする。
冬だと言われても違和感はない。


(夏じゃないことは確かだな)


立っているだけで体力を削り取られるようなこの季節は、らしくない。
しかし彼女にだって誕生日はある。もう過ぎたか、未だかは別として。
それに会いに行くときはいつも手ぶらで、たまには何かしらあっても悪くはないだろう。

そんな言い訳染みた理由をいくつもつけて、江流は露店に立ち寄った。













「後は三蔵の帰りを待つだけですね、」


部屋を飾り付けて何皿も料理を並べ、主役もいるというのに未だ三蔵の姿はなかった。


「あー、腹減ったー」
「三蔵サマなんてほっといて始めちゃわね?遅刻した奴が悪ぃんだし」


時刻はもうすぐ7時になる。
連絡ひとつ入らない現状に、光織は些か不安を覚えていた。


「もう一度、連絡してみます?」


八戒が言い終わらないうちに、インターフォンが鳴り響く。


「っ!」
「あ、光織?」


モニターで相手を確かめもしないうちに飛び出して行く光織に、八戒が続き、やれやれと悟空、悟浄が続いた。


「さんぞっ、あ、れっ?」


それこそ蹴破る勢いで開けたドアの外に立っていたのは、


「江……流、くん」


驚いたような表情の江流だった。
あぁ、そういえば遊びに来ると言っていた。
忘れていた訳ではなく、ただ三蔵の安否が気になってしまっていた光織は、慌てて江流を招き入れるスペースをドアとの間に確保する。


「ごめんね、上がって?」
「靴……」


江流の紫暗の瞳が玄関に置かれた三足の靴を見る。


「誰かいんの?」
「えっと、」

「光織?どうかしました?」
「三蔵サマのお帰りーってか?」
「あー、もう腹へってめまいしてきた」


八戒、悟浄、悟空が顔を出す。


「あっれ?江流じゃん。」
「お、久しぶりー。相変わらず生意気なツラしてんな」
「江流君、遊びに来たんです」
「あぁ、そうなんですか。丁度よかった。パーティーの準備は出来てるんで、どうぞ参加してって下さい」
「パーティー?」


いぶかしげな江流に、おや、と八戒が言葉を足す。


「今日は光織の誕生日なんですよ」
「!」


その言葉ですべてに合点がいく。じわりじわりと耳から頬が熱を持った。
あぁ、そうか。だから光織は。


「で、三蔵がまだ帰ってこない、って?」
「うん、連絡がつかなくて……」
「それで俺と三蔵、間違えたわけ?」
「間違えたっていうか、ごめんね江流君、」
「っ俺は……!」


言葉は続かなかった。
代わりにジーンズのポケットに突っ込んであった小さな袋を取り出し、光織に押し付けてその場を走り去る。


「あ、ちょっ、江流君!?」



「あいつもか?」
「でしょうねぇ」
「なんつーか……青春?青くせぇっつうか」
「光織は意外と母性本能豊かなタイプですからね、」
「え、それって危険ってこと?」
「何とも言えませんけど……」


一部始終を見ていた八戒と悟浄は、静かに溜め息を吐いた。










マンションの駐車場、指定スペースに愛車を停めて、三蔵は降り立った。
携帯の画面は、時刻が7時を過ぎたことを示している。
予想以上に遅くなった。
不在着信が時間をおいて3件も入っているのを見ると、連絡を入れるべきだったかと軽く後悔する。
片手には仕事用の鞄、片手には観世音菩薩達からの光織へのプレゼントを持ってエレベーターを待つ。
上から下りてきた箱が開くと同時に、中から何かが飛び出してきた。


「っ、」
「危なっ、て、お前、三蔵!」


飛び出してきたのは生意気な自分に気味が悪いほど似ている年下の従兄弟だった。


「誰に向かって口きいてんだ糞餓鬼。お前こんなところで何してやがる」
「何してたっていいだろ糞ハゲ」
「てめぇ……両手塞がってるからって甘く見んな。まだ足が残ってんだよ」
「トシなんだから無理すんな、よ…」


顔を付き合わせれば恒例の軽口を叩きあっていたのに、江流は三蔵の片手を見るなり黙り込んだ。
観世音菩薩達からのプレゼントを抱えた方の手を。


「何だ?大人しく負けを認める気にでもなったか」
「……けねぇ」


俯いて、何事かを囁く。


「あ?」
「っぜってぇ負けねぇ!お前にだけは渡さねぇ!さっさと肺癌でくたばれ糞ジジイ!!」


そう言い残して小さな従兄弟は夏の夜に消えていった。


「何なんだ…?」













「お帰りなさい!」
「お、今度こそ本物登場だな」
「もうだめ、俺しぬかも……」
「今度から連絡くらい入れてくださいね」


色紙を散らしたように飾られた室内に、所狭しと並べられた料理の数々。汗をかいて今か今かと手に取られるのを待っているかのようなドリンク類。
餓死しかけている悟空に妙にテンションの高い悟浄、いつも以上に口煩い八戒、そして楽しそうな光織。

観世音菩薩の言葉が今一度頭の中を駆け巡ったが、それは流れて消えていった。
現物はやはり想像に勝る。


「では、漸く全員揃った事ですし」
「おし、始めっか!」
「え、もう食っていいの!?」
「行儀が悪ぃぞ猿」
「あれ?これ……」


観世音菩薩達からのプレゼントを開けていた光織が思わず口にした声は、都合良く掻き消された。


「それでは、光織の16歳を祝って、」
「「かんっぱーい!!」」


慌てて光織も立ち上がり、皆とグラスをあわせる。


机の上、観世音菩薩からのプレゼントである革表紙の楽譜と二郎神からのプレゼントであるボトルシップ、それと一緒に何の包装もされずに詰め込まれていた指輪が、きらりと光を跳ね返していた。



end.


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