じわじわじわじわ。


ミーンミーンミーンミーン。



「暑いなぁ…」




雲が流れる音を聞いてみたかった。





    summer








夏休みも8月に入り、留まるところを知らないかのように気温は日々ぐんぐんと上がり続ける。


例のごとく三蔵と悟空は出かけていて、悟浄と八戒も今日はいない。

うだるような天気の中、近くのスーパーまで買い物に行ってきた光織は窓を閉め切った空気がこもる室内で、ぺたりと腰を下ろした。




すっかり忘れていた。

スーパーに行かなければ、忘れたままだったかもしれない。



世間は明日からお盆で。
そして今年は、光織にとって新盆であることを。



「何もしない、訳にはいかないよね」



両親の事を嫌っているわけではない。どちらかといえば両親は怖かった。
いつも優しく、そして何を考えているのか分らなかった両親。
物心ついた時から、気づけば両親の顔色を窺うようになっていた。

光織の成績や素行に対する執着心も、大切な娘のためを思っての事だったのだろうと納得することも、今なら出来る。


それでもやはり、今でも両親のことを考えると胸に重石を乗せられたように息苦しくなった。



「もう4ヵ月か…」



ここに来てから、驚くほどの速さで月日が過ぎていく。

悟空や悟浄、八戒はもちろん、李厘や紅孩児、八百鼡、独角児、それに観世音菩薩や二郎神や江流と知り合い、仲良くなり、大切な人がどんどん増える。

そして何より、三蔵。


光織はふと窓に目をやり、ベランダの手摺りに反射する、目が眩む夏の日射しに三蔵を想った。

三蔵に出会わなければ、三蔵が受け入れてくれなかったら、
こんな毎日は送れなかったのだろう。



「帰ってきたら…話、してみよう」



花と供物を買って、あの街に一度帰ろう。

葬式以来、一度も墓を(あの夜を除けば街にすら)訪れていない。

きちんと墓参りをしたかった。
新盆の特別な供養等、分からないことは皆に訊こう。きっと教えてくれる。


なんだか気分が落ち着いて、光織は漸く窓を開ける。
途端に押し寄せる熱気を纏いながらベランダへ足を踏み出すと、蝉の声。
眼下の公園の木にでもいるのだろうか。焼けそうな手摺に素肌で触れないように身を乗り出すと、誰かが園内を走っている。

遠くてよく見えないが、あの赤いメッセンジャーバッグに明るい茶色の髪は―――



「悟空?」







「たっだいま!」



それから3分と経たないうちに、玄関で悟空の声がする。

それを待ち構えていた光織は、冷蔵庫で冷やしてあったおしぼりと麦茶を渡した。
この炎天下のなか、学校から走って帰って来たのだろうか。

滝のように汗をかいた悟空は麦茶を一気に飲み干し、おしぼりで豪快に顔や首の汗を拭ってからバッグを下ろした。



「部活、もう終わったんですか?」


時計の針は未だ2時で、そして悟空の所属しているバスケット部は大抵日が暮れるまで練習しているのに。



「早退して、走って帰ってきた!三蔵から電話きてさ、俺すっかり忘れてて―――」



あの部活命な悟空が早退するとは余程の事でもあったのだろうか。

あー、体べったべた。と声を上げ、風呂場へと向かう悟空について光織は声をかける。



「何か、あったんですか」

「え?光織、聞いてねぇの?」



きょとんとした大きな金色の瞳に、光織の方がきょとんとしてしまう。



「明日からお盆だろ?」


だから、と。



「毎年お盆は4日くらい金蝉達のトコ行くんだ。悟浄と八戒も一緒に」

「こん、ぜん?」

「あ。そっか、光織は会うの初めてだよな。えっと―――」



『金蝉は三蔵の従兄弟で三蔵にちょう似てて、ケン兄は悟浄のヤトイヌシで、天兄は八戒の先輩。で、光明のじっちゃんは三蔵のギリの父さん』


(毎年、か…)



夕飯の支度も終盤にさしかかる頃、ぼんやりと光織は先程の悟空の言葉を思い返していた。



(なんか凄そうな所だなぁ…そんな所に私なんかが行ってもいいのかな)



義理の父親と従兄弟と雇い主と先輩。
そんな面子の中に入っていけるのかと。



(それに、お墓参り)



三蔵は覚えていないのかもしれない。
同居人の新盆なんて、そこまで重要なモノでもないだろう。

悟空の話だと例年早い時間に出発するらしいその“里帰り”にわざわざ連れて行ってくれるというのに、自分の予定を切りだすなんて出来ない。

どうしたものか、と考えながら今夜のメニューである冷しゃぶを大皿に盛っていると、インターフォンが思考を引っ張り返した。
カメラを覗けばドアの前に立っているのは三蔵で、普段よりもだいぶ早い帰宅に、そんなに重要なイベントなのかと少しだけ胸の内をぬるい感情が滑り落ちていく。


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