「お帰りなさい」

「あぁ」



玄関で出迎えると、光織はいつものように鞄を受け取って、そして―――三蔵がリビングへ行けるように道を譲らなかった。



「? なんだ」

「あ、あの、ですね」



仕事と猛暑で相当体力を削られているのだろう三蔵は、疲れた表情で光織を見、
そんな三蔵に光織も言葉が詰まってしまう。



「きょ、うは随分お帰りが早いんですね」



そう言葉をすり替えると、三蔵はあぁ、と短く返した。



「明日は早いからな。色々と準備しなきゃならんこともある」

「あ…悟空から聞きました。ご実家に帰られるんですよ、ね」

「……お前も連れていくぞ」



ぐ、と、光織は腹部に力をいれて、
切りだした。



「三蔵、私、明日はどうしても行きたい所があって、なので…私は一緒には行けません」



言ってから、僅かな罪悪感が生まれる。
三蔵のことだ。怒りはしないだろうが、どう思うか。

少しの間をおいて、三蔵が口を開いた。



「そうか。―――構わん。お前の予定を聞かなかったこちらも悪いしな」

「、三蔵」

「どこに行きたいのかは知らんが、午前中は空けておけ」

「午前中?」



がさり、と、それまで光織が気づくことのなかったビニール袋を三蔵は持ち上げてみせる。
それからは透明なセロファンで包まれた菊や百合の花束が顔を出していて。



「忘れたのか?お前の両親の、新盆だろうが」

「………え、…あ……覚えていてくれたんですか」



思わず漏れた言葉に、三蔵が怪訝そうに眉根を寄せる。

なんだかとても恥ずかしくなり、光織は事のあらましをぽつりぽつりと話した。
今日、両親の新盆であることに気づいたこと。
どうしても墓参りがしたくなった所に悟空から里帰りの話を聞いたこと。
三蔵は忘れてしまったのかと思い、ひとりでも行こうと思ったこと。


話しきると、光織は居た堪れなさそうに俯き、
それを見た三蔵は小さく息を吐いて、手にしていたビニール袋を彼女に渡す。



「…明日は午前中に墓参りして、それから行くつもりだ」



未だ玄関に立っていた三蔵は靴を脱ぎ、一段上がり―――それまで同じ目線だった三蔵が、また頭一つ分高くなる―――項垂れた光織の頭にそっと手を乗せた。



「…墓参りの後なら、お前も来られるか?」



こくりと頷く光織の、僅かに覗く赤くなった鼻に、三蔵は僅かに口元を歪ませた。



「……飯にするぞ」












「ま、こんなもんだろ!」

「大人数でやると早いですねぇ」



翌日も、相変わらず夏らしい晴天に恵まれた。
椿台の寺院には、そこここに“お迎え”らしい家族連れの姿が見え、
その中にもちろん光織達の姿もあった。


白い、光織の両親の眠る墓。

未だ4ヵ月程しか経っていないはずなのに、好き勝手に伸びた雑草たちは悟浄と悟空が。
薄らと汚れていた墓石は八戒と光織の手で、以前の清冽さを取り戻していた。


水をかけ、花を飾り、果物を供える。



「ありがとうございます、こんなにきれいにしてもらって」

「いえ、光織のご両親の御墓ですからね」



八戒はそうにこやかに言い、花を整える。
抜いた雑草を捨てに行っていた悟浄と悟空が戻り、光織以外の三人は軽く手を合わせて、



「それでは、我々は先に車に戻っていますね」

「三蔵も坊さんと話してて戻ってこねぇし、ゆっくり親御さんに顔見せしときなって」

「はい、」



三人の姿が遠ざかってから、光織は改めて墓と向かい合う。

じんわりと浮かぶ汗も蝉の声も違うのに、こうしてひとりで向かい合っていると、まるであの、葬式の時に戻ったかのようだった。



(お父さん、お母さん―――)



あの時に感じた絶望や焦燥感、不安、後悔、悲しみや理由の分からない痛み。
そういったものものが再び押し寄せて来そうで、目を閉じる。



(あぁ、あの時もこうして)



気分が悪くなり、境内の木に手をついてしゃがみこんでいた。
そこに聞こえたのは、敷き詰められた玉砂利を踏みしめる足音。


―――ジャ、リッ



「!」



『再び』聞こえたその音に、弾かれるように光織は顔を上げ、
そして、そこに立っていた悟空を見上げた。



「悟空?」



朝から口数の少なかった悟空は苦しそうな表情で、無言のまま光織の隣にしゃがむ。



「悟空、どうし―――」

「俺、さぁ」



抱えた膝に埋まった顔で、もごもごとくぐもった声は聞き取りにくい。



「俺、光織に逢えてほんとによかったんだ」

「今までも三蔵とか八戒とか悟浄とかがいれば毎日楽しかったけど、…でも光織が来て毎日がもっと楽しくなって、」

「俺だけじゃなくてみんなも、光織が来てから楽しそうで、ほんとに……ほんとに光織にあえて嬉しかったんだ」



でも、と、ゆっくり顔を上げながら悟空は続ける。



「俺たちと光織が逢えたのは、光織の……父さんと母さんがいなくなったから、なんだよな」

「悟空…」



夏の昼下がり、遠くで幼子の笑う声。それを呼ぶ、柔らかな母親の声。



「それ、考えたら、俺、よくわかんなくなってきてっ」



自分の膝を見つめる悟空の眉間には皺が寄り、苦しそうなその声に光織は鼻の奥が熱くなるのを感じる。



「悟空、も、いいよ」

「だって、光織は辛い思いしてんのに俺、」

「私、も幸せなの」



夏の日差しは強く、すっかり墓石は乾いている。
どこかの親子の声は、もう、聞こえない。



「私、変だよね、自分のお父さんとお母さんが死んだのに、なのに、
あの頃より今の方が、幸せだと思えるの」


喉が、焼けたガラス玉でも詰められているかのように熱く、重苦しくて言葉が紡げない。

しかしそれは光織の素直な気持ち。



「だから、悟空がそう、言ってくれるのが、嬉しくて」



涙は落ちない。
けれど、どうしようもなく泣きそうだった。



「光織、」



悟空はしばらく視線を彷徨わせた後、不意に墓に向かって手を合わせた。



「光織の、とーさんとかーさん!」



急に上がった声に、驚いて光織が見ると、悟空は目を閉じて力強く拝んでいた。



「光織に逢わせてくれてありがとう」

(あぁ、)


「光織は必ず俺たちが守るし、絶対に寂しい思いとか、やな思いとかさせねぇから」

(お父さんお母さん聞こえますか)


「だから、安心してください」

(私はこんなに幸せだよ)
(あなた達の子供で、良かったです)



「ほら、光織も」

「……うんっ」



二人は並んで手を合わせ続け、そしてそれは漸く住職と話をつけた三蔵が戻ってくるまで終わらなかった。


end.


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