通されたのは本堂ではなく、その奥にある大きな日本家屋だった。
ここで光明さんや江流くん、お弟子さんたちは生活しているのだという。
「まずはお部屋に荷物を下ろして、それからお茶にしましょう」
「僕たちは例年通りのお部屋を使わせていただいていいんでしょうか」
「ええ勿論。 光織さんのお部屋も隣に用意しましたから、江流、案内をお願いしますね」
「はい、お師匠様」
「おっれ今年こそ窓際ー!!」
「いつだったかみてェに寝ぼけて落っこちてもしらねぇぞ猿」
「そんなこともありましたねぇ、去年は悟浄、あなた酔って部屋が分からなくなって廊下で寝てたじゃないですか」
やはり自分以外の面々は慣れた様子ですたすたと解散してしまう。
江流くんが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるものの、なんだろうか、この胸に引っかかるもやもやとした感情は。
「江流くん、お手洗いってどこでしょうか」
「廊下の突き当りを右行って、次の角を左」
「お借りします」
「迷子になったら叫んで」
「大丈夫」
――分かった、これ疎外感だ!
薄暗く、ひんやりとした手洗い所で盛大に溜め息が漏れた。
アウェイなのは当たり前なのだから、ここは自分から積極的に行かねばなるまい。
それを皆からのフォローを期待して動かずに一人でもやもやしているとはどういう事だ。子供か。
『じーっと座ってても友達はできない!』
そう李厘にも言われたではないか。
がんばれ光織! やるんだ光織!
なぜ三蔵が私まで連れてきてくれたのかは分からないが、ここは養っていただいている身として三蔵に恥をかかせない身の振り方が要求されているはずだ。
がんばれ光織。
まずは部屋に戻って江流くんと共に階下に降りたら、先程の光明さんに積極的にいこう。
よし、大丈夫。できる。やれる。
――日本における寺社仏閣の建築様式とか仏教についてとか予習しておけばよかった!
一通り自分を心の中で叱咤激励したところで手洗い所を出る。
突き当りを右に折れ、さらに右に曲がって――
「江流くん、あのね」
開けた先には。
「――誰だ」
3人目の三蔵がいた。
「さ、ん」
思わず出かかった言葉と一緒に口を押える。三蔵じゃ、ない。
カラーリングというか色彩配列はほとんど同じではあるが、三蔵ではない。
窓の桟に浅く腰掛けたその人は、訝しげに、というよりは呆気に取られたようにこちらを見ていた。
「っごめんなさい! 部屋を間違えました!」
長い、金の髪。光の川のような、神々しいまでの。
前髪の隙間から覗くのは、藤の花の色をした瞳。
見慣れた三蔵のそれより、眼差しが穏やかに見える。
「構わんが」
あぁ、声まで似ている。
怒っていないときの三蔵の声をもう少し落ち着かせたような。
基準が全て三蔵になってしまうのはこの際仕方がない。だってこんなに似ている。
「お前が江流の言っていた客か?」
「え」
「悟空や三蔵と生活しているという」
「え、あ、はい! あの、海瀬光織といいます」
「俺は――」
「どうしたんですか? 金蝉」
背後からの声にびくりと肩が跳ねる。
何だか今日は予期せぬタイミングで声をかけられ続けている。
しかしこの声は、
「はっか――」
い。と、振り返ればまた口を押える羽目になって。
部屋に入ってきたのは、
「あれ? ああ、もしかして江流の言ってた女子高生さんですか?」
八戒によく似た人、と。
「金蝉に負けず劣らずカタブツの三蔵と一緒に住んでるって?」
悟浄に雰囲気の似た、二人だった。
「――なるほど、突然の共同生活にはそんな経緯が」
「観世音菩薩の考えそうなこった」
金蝉さん、の部屋で、捲簾さんがコーヒーを淹れてくれる。
咥え煙草で眼鏡を拭いている天蓬さんは、まるで八戒が煙草を吸っているような強い違和感を残す。
なぜ私たちが一緒に生活をすることになったのかという事について、捲簾さんと天蓬さんは興味があったそうで、説明を――所々つっかえながらも――した所で今に至る。
「女の子一人では大変でしょう。ましてあの三蔵の所では」
「仏頂面で愛想のねーところまで他人の空似たぁなぁ」
「殺されてぇか捲簾」
あ、三蔵っぽい。
天蓬さんは大学時代の八戒の先輩で、今はその有名な大学で教授をしているらしい。
捲簾さんはいくつもお店を持っているオーナーさんで、悟浄を雇った縁で知り合って、
金蝉さんは(生粋のボンボンよこいつ、と捲簾さんが言っていたけれど)三蔵と八戒のいるあの会社の偉い人、という事だった。
……偉い人、で何かごまかされた気がしないでもないけれど。
淹れてもらったコーヒーを飲むと、肩に入っていた余計な力が抜けていくようだった。
今、何時だろう。よく考えたらお昼食べてないもんな、ちょっとお茶したい――
「お茶!」
「うおびびったぁ!」
「あああすみません捲簾さん……!ごめんなさい、荷物置いたらお茶にしましょうって光明さんに言われてたんでした!」
「おや、そうでしたか。じゃあ一旦部屋に戻らないと」
「……部屋、分かるのか?」
「そうでした! 分かりません!」
「なぁに、こうすりゃ一発だろ」
からから笑って捲簾さんがドアを開ける。
「江流! 三蔵! どっちでもいいけどよ、光織が迷子になってんぞ!」
「け、けけ捲簾さんすみませんせめて八戒か悟浄を呼んでいただけると……!」
時すでに遅し。
廊下の端のドアが開いたと思ったら、そこから顔を出したのは三蔵と江流くんで。
「「何してやがる馬鹿娘!」」
「ほらな」
「江流くんにまで馬鹿娘って言われた……!!」
「あはは、じゃあ僕らも一緒に怒られに行きますか」
「勝手にしろ」
胸のもやもやは、消えていた。
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