ぼんやりとした時のなかを漂う。

気持ちが良くて、このまま目覚めたくない。


(ただいまー)


誰……?


(あれ?さんぞー?……いないのかな)


さん、ぞう……。


(って……うわあぁぁ!!なっ、誰だお前!)


私……?だれ……?





「だ、れ……?」


重い瞼を開けると、視界が変に滲んだ。


「あ、気が付いた?」


いきなり目の前に人の頭らしきモノが飛び出して、声こそ出なかったがそれなりに驚く。


「俺、悟空。孫悟空な。そっちは?」
「私……は……海瀬光織……ここは……」


上半身を起こすと、それだけで軽くふらつく。


「大丈夫か?」
「ここ……どこ……?」
「三蔵と俺の家。あ、もしかして三蔵の知り合い?」
「さんぞう―――」


どこかで聞いた名のような気もするが、光織はそれと思い当たる人物の見当が付かず、首を横に振った。


「え、違う?
んじゃあ八戒か悟浄の知り合い?」


はっかい。
その名には聞き覚えがある。


「はっ、かい――?」
「そうそう。翠色のキレイな目ぇしててさ。って……よく見るとお前、三蔵と同じ色の目なんだな」
「え……」
「三蔵はキレるとめっちゃくちゃ恐ぇの。でもさ、キレイな金髪で、目がお前と同じ紫なんだよな」



―――金髪
―――紫の目
―――キレるとめっちゃくちゃ恐ぇ



『さっさと決めろこの馬鹿娘!!!』



あの、人だ。

よく思い出してみればあの恐い人は八戒という人に『三蔵』と呼ばれていた気がする。


(どうしてあんな恐い人の家に?!)


真っ青になる光織を尻目に、玄関でガチャリと物音がした。


「あ、三蔵かな」
「!!」


ぱたぱたと玄関へ走っていく悟空という少年。
光織はどうしたものかと慌てて周囲を見回し、仕方なく寝かされていたソファーに再び寝転び、目の辺りまでタオルケットを引き上げた。


「あいつは起きたか」
「あ、あの子?アレってやっぱ三蔵の知り合い?」
「いや―――」


玄関から光織のいる場所へ向かっているのだろう、二人分の足音と話し声が扉とタオルケットの所為でくぐもって微かに聞こえる。



間もなく、ガチャリと光織のいる部屋の扉が開けられた。


「、おい」


不機嫌そうな声に身が竦み、返事をするタイミングを失った光織は目を固く瞑り、寝たふりをした。


「―――寝てんのか」


近づいてくる、気配。

どさりと床に何かを投げ出すような音がした後、カチリという音と共に、瞼を透かしていたルームライトが消される。
再び扉を閉める音と、扉の向こうで悟空と三蔵の声が微かに聞こえ、光織は息をついた。


ゆっくりと体を起こすと、少しは揺らぐものの、さっきのような酷いものではない。
辺りはすっかり夜に染まり、カーテンが閉められていない窓から入り込む光を頼りに部屋を見回すと、そこは誰かの部屋のようだった。

シックな色で整えられた、落ち着いた室内には微かに煙草の香りがして。


(取り敢えず……挨拶をして状況を確認しないと)


意を決してソファーから降りた光織の爪先に、何かがぶつかり、その拍子に薄いビニール製のファイルがフローリングを滑る。


(あ、さっき置いていった……鞄……)


『三蔵』の荷物かもしれない。


(よいしょ、と……っ…!)


ファイルを拾おうとしゃがむと、またあの激しい目眩に襲われて、思わず手を突いて座り込む。

ほんの、偶然だったのかもしれない。

悟空と三蔵の話し声は、気配もろとも消えていた。

いつの間にか降りだした雨の音が響く室内で、窓を透かして外からの灯りがそのファイルだけを薄く照らして。

光織は咄嗟に部屋から飛びだした。

靴も履かずに、制服姿で。


何故か三蔵と悟空の姿はなく、光織は誰に見咎められる事無くドアに体当たりし、


マンションの外へと消えた。




室内に転がる書類には、『売家』と書かれた光織の家が写っていた。




end.


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