犬とカフェオレ(悟空)


「悟空ってさ、1年の海瀬光織と一緒に住んでるってマジ?」
「うん」

3-Aは絶叫、外は晴れ。
少しだけ陽射しに夏を感じ始めた、眩しい昼休みの事である。

口いっぱいに詰め込んだクラブサンドを飲み下して、悟空は目をぱちぱちさせた。
よく一緒に昼食を食べるクラスメイト3人があまりにも険しい目つきをして身を乗り出してきたからだ。

「え、光織が何かした?」
「いや名前で呼んでんのかよ」
「え待ってそもそもなんで一緒に暮らしてんの?ラノベ?」
「親戚でしたってオチでしょ」
「えっと、光織の親が死んだから」
「ラノベの方だったわ」
「絶許」

転校してきた当初こそ三蔵の親類という事になっていた彼女だが、そもそも三蔵と悟空が血縁関係にないのだ。
説明はいつも難しいし、長くなる。
光織の許可の元、経緯を聞かれたときにはいつも簡潔に答えるようにしていた。
大抵の大人はそれを知れば深入りしてくることはない。

しかし高校3年生。
思春期の少年たちにはそれこそ食パンくわえた美少女が曲がり角を走ってくるような話だった。
興味が湧かないわけがない。

「俺もある日いきなり妹ほしい」
「リアル妹いる身としては地雷発言」
「でも海瀬光織が妹なら?」
「よろこんでー!」
「どっこいしょー!」

よく分からない居酒屋テンションで弁当だのパンだのを口に運ぶクラスメイトに、なんだそれ、と悟空は笑う。

「だいたい何で光織のこと知ってんの」

普段なら他学年の生徒の事などほとんど話題になることはないのに。
また大きな一口で具だくさんのサンドイッチを頬張ると、1人がコンビニの牛丼から顔を上げた。

「え、逆に今海瀬さんのこと知らないやつとか存在する?」
「しないしない」

反対側ではメロンパンを齧りながら、ぶんぶんと手が振られる。

「季節外れの秀才転校生」
「容姿端麗、眉目秀麗」
「眉目秀麗はイケメンって意味なのでバツです!」
「えっそんな風に海瀬さんが勉強教えてくれたら俺今から東大目指すけど」
「ちょっと珍しいレベルの清楚系」
「若手アイドルが逃げ出す透明感」
「お嫁さんにしたいタイプ」
「ジェンダー観が古いのでバツです!」
「は?結婚して」

好き勝手言うものだ。
近くの席でお弁当を広げている女子たちの冷たい視線をものともせずきゃっきゃとはしゃぐ3人に、
悟空はよほど勉強で疲れてるのだろうなぁと哀れにすら思う。

それにしても—―そうか。
悟空の日常に突然現れた光織は、学校内でも注目されているらしい。
随分と神格化されているような気もするが。

「結構普通だけどな」

悟空から見た光織は、普通の女の子だ。
勉強ができるのだって相応以上の努力をしているからだし、身だしなみもいつも気をつかっている。
最近はよく笑うようになって、思いつめたような顔をすることも少なくなった。

「普通ぅ?」
「いや本当そういう『俺だけが知ってるあいつの素顔……』みたいなやついらないんで」
「やれやれ系主人公は帰ってもろて」
「マジだって!」

食べ終わったサンドイッチを包んでいたペーパーをくしゃくしゃに丸めて、悟空も少しだけむきになる。

「よく買い物行ってもう忘れたのねーなって2人で確認してもぜってぇ家帰ると『あ、忘れた』って言うし、ソファーで寝落ちするから俺が部屋まで運ぶのだってしょっちゅうだし、今朝だって炊飯器のタイマーかけ忘れてお弁当どうしようって言うから光織が支度してる間に俺がパン切って一緒にサンドイッチ作ったんだからな!」

言い切った途端、訪れる静寂。
教室に残った全員が何とも言えない表情で悟空を見ていた。
彼ら、彼女らの思いはひとつ。

「いや、ラノベかよ」
「それか夢小説」
「あーっ俺も海瀬さんとなろう系小説みてぇな生活してぇなー!」





カフェオレと犬

(本っ当に光織はただの光織なんだって!)
(じゃあ紹介してくれよ)
(……それはなんかやだ!)



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