02

とある日の放課後。
立海大附属中学からやや離れた場所にあるショッピングモール。お店を廻ってのんびり過ごしており、いまはコスメショップで暇を持て余していた。学生服の女の子達や仕事終わりの女性達が買い物を楽しんでいる店内で、ふとひとりの男子生徒が会計を済ませている姿が目に留まった。強い癖っ毛をひと目見て、そうかもしれないと思い、店を後にしようとする横顔を見れば、的中だった。
慌てて駆け寄って声をかける。

「切原君」

「あれ、苗字先輩じゃないすか」

切原君の目が丸くなったが、彼がこういう場所を訪れていることのほうが貴重な光景に思う。

「···お買い物? 切原君がこういうところに来るの、あんまり想像できなかったけど···」

「姉ちゃんに期間限定かなんかのリップ買ってこいってパシられたんすよ。それくらい自分で買えってのに」

「それ、私も最近買ったよっ。人気すぎて全然手に入らないんだよね」

切原君がやれやれといった表情で鞄へしまい込む。お姉さんにとっては大切な戦利品だろう。
かわいらしい様相の店を出て、ふたりで歩いていく。夕方の時間ということもあり、あたりは自分達のような学生連れが多くなりつつあった。

「苗字先輩もなんか買い物っすか?」

「お父さんがはやく仕事終わるみたいで、せっかくだからここで一緒に晩ご飯済ませちゃおうって話になったの。あともうちょっとで待ち合わせる予定なんだけどね」

「あー、そういうことっすね。···ん?」

「?」

ふと、ゲームセンターの前で切原君が足を止める。新作の格ゲーでもあったのだろうかと思ったが、視線の先を同じく辿ると物々しい看板が置かれていた。

『最恐!学校の怪談−終わらない夏休み−』

もう少し奥へ視線を寄越した先に簡易的な、しかしそれなりにスペースを占領している背の高い黒い仕切りが構えていた。

「···へぇー、お化け屋敷とかあったっけ? あ、期間限定か、これ」

「お化け屋敷!?」

「テンション高!な、なんすか? そんなに興味あるんすか?(目ェきらきらさせすぎ···)」

「だってお化け屋敷なんて珍しくない? 大きいテーマパークにでも行かないとそう見かけないから···」

「苗字先輩ってこういう系いけるんすか?」

「こう見えてもホラー映画とか恐怖映像特集みたいなのは好きなんだよねっ」

「意外っすね!イメージ、全然受け付けねぇタイプって思ってたんで」

「···ねぇ、切原君」

「ん?」

「せっかくだから行ってみない?」

「えぇっ?これって···千円か。まぁんなに高くはねぇけど」

「でしょっ?最短でも十五分で終わるみたいだから、切原君が予定ないなら、ね?」

「まぁ俺も特にこれから用事とかはないっすけど···いや、それこそお父さんと行けばよくないすか?」

「お父さんはこんなのめっきりだめだし、それに友達とお化け屋敷行くのとか、夢、だったから···」

「夢っていうほど、んなたいしたことないっしょ」

「そんなことないよ。いまだって切原君とたまたま居合わせたのだって運命かもしれないし」

「丸井先輩とかとまた来たらいいじゃないすか」

「ブン太と行く頃には終わってるだろうし、それに切原君と行くことに意味があるんだよ。一生に一回かもしれないのに···そんなの···」

「いやー、つってもねぇ···」

「ほんとのほんとに行かない?」

「···いちいち泣くのうぜぇんだけど!」

「だ、だって···うぅ···切原君とふたりで遊ぶこと自体珍しいのに···そんな···っ」

「あんた泣かせたらあの三人に怒られるの俺なんすけど!」

「わ、私だって泣いたら真田君に怒られるもん」

「知るかよ!じゃあ泣くなし!」

「ほら、切原君も怖いかもしれないけど、なんでもチャレンジしたほうがいいよ」

「·········はぁ?」

「へっ?」

カチン。切原君の近くで嫌な音が鳴ったような気がしなくもない。ギロリと睨みあげる彼のようすに肩を強ばらせる。

「切原君···?」

「怖いってなんすか」

「え?」

「俺がこっち系無理そうとかそういうこと言いたいんすか?」

「そ、その。切原君が頑なに入らないのってやっぱり怖いからじゃ、」

「んなわけねぇし!!」

「へっ!?」

「あんた舐めすぎてません? つーかあんたが入れて俺が入れねぇとかありえなくないすか」

「······き、切原君、やっぱり無理に行かなくても、」

「無理じゃねぇし!!」

「ごごごごめんなさい!!」

「俺はあんたがどーっっしても行きたいっつーからしかたなしで行ってやるんすよ!?価格とか見る感じどーせ子ども騙しっしょ。ほら、ちゃっちゃっと行きますよ?」

変なスイッチを押してしまったかもしれない。口答えせするといまにも噛みつかれそうな勢いだ。私のほうから強引に進めていたつもりが、いまや彼の後ろをとぼとぼついていく構図になっている。私から誘っておいてなんだが、そんなに嫌々なら行かなくてもいいのでは···と思い、しかしこれも言ったら怒られてしまいそうだから控えておこう。
一悶着はあったものの、なにはともあれ友達とお化け屋敷に行く夢は叶いそうだ。

「でも、ほら! きっと一生の思い出になるんじゃないかな」

「こんなんで一生レベルの思い出とかお粗末にも程がありますよ」

「でも、お化け屋敷って夏感満載だし、いまの季節にぴったりでしょう? それに私がついてるし、万が一怖くても大丈「だーから!俺はビビってるとかそんなんじゃねぇし!」

きゃんきゃん鳴いてる彼をなだめて、いざお化け屋敷に参る。


















「ぎゃあああああああああ!!!怖い助けてもう無理ですお願いしますううううう!!」

「うっせぇ!!!」

懐中電灯を持つ彼の背中に隠れて、じりじり前へ進めていく。ほんとうはもっとゆっくり行ってほしいけど、彼は物怖じせず順調に歩いていく。というより、最早呆れてどうとでもなれといったところだろうか。最初こそは慎重にお化け屋敷らしく怖がりつつ楽しんでいたと思う。
けれど、

「あんたホラー得意って言ってたじゃないすか!なんでそんなビビってんすか!」

「好きと得意は全然違うんです!」

「はぁ!? 『私がいるから大丈夫』的な下りマジでなんなんだったんすか! つーか歩きにくいんでもっと離れてくれません?」

「そんな無慈悲な···! 切原君にくっつかないとほんとに帰れなくなっちゃうよ···!」

「苗字先輩が離れた途端俺はソッコー帰れるんで楽なんすけどね」

「ひ、ひどい」

「だってこの狭さでいうと絶対はやく終わるのに、」

「ぎゃあああああああああ!!」

「あんたがいちいち喚くから全っっ然進まないんすよ!!」

「だってあんなの無理だよ!!存在そのものがコンプライアンス違反だよ···っっ!!切原君は怖くないのっ?」

「クソデカい叫び声でなんかもうどうでもよくなりましたよ」

私が極度にビビり過ぎるのを見て、お化けの演出に遭遇しても呆れてため息を吐くばかり。おまけに仕掛けがある度いちいち足がすくんで動けなくなるのも彼の苛立ちを助長させている。彼も身体を多少ビクりとさせているのでまったく怖がっていないわけでもないみたいだが、私の喚きのおかげで恐怖心が紛れているらしい。私もある意味役に立てていると信じたい。

そうして歩いていると、とある場所で二手の通路に別れていた。

「ここ、分かれ道みたいっすよ。見た目ちっちゃそうだったのに結構中広いんすね」

「どっちのほうが怖くないのかな···」

「ま、テキトーでいいっしょ」

左手の道に進むことになった。
ときどきギシリ、と床の軋む音がする。さっきまではこんな音、鳴らなかったはずなのに。
足元からはひんやりとした空気がただよっている。ぞわ、と腕に鳥肌が立つのがわかった。

「なんか···さっきと雰囲気全然違いません?」

掃除用具、委員会の貼り紙、靴箱、教室の窓。簡易的ではあるが、ついさきほどまでは学校風を模したセットや壁には緻密な絵が施されていた。いまの私たちは学校の老化を歩いているという設定だ。
しかしいま歩いている通路には、なにもない。物の気配もなければ、きっとおそらく壁にもいっさいの飾りもないはずだ。
おそらく、というのも、あまりにも暗くてまるで視認できないからだ。進めば進むほど真っ暗な道へと吸い込まれていく。確かにお化け屋敷と謳っているだけあって外より当然暗がりではあるけれど、さきほどまではセットはもちろん、場所によってはお化けや仕掛け自体はしっかりと見える程度の照明はついていた。切原君の持つ懐中電灯がなくとも歩けるくらいで物々しい演出を楽しませる少しの小道具でしかなかったのだが、いまに至ってはこの灯りなしでは前に進めないほどの暗闇に閉ざされていた。
おまけに効きすぎているほどの冷気。切原君の片手を、両手でぎゅっと握りしめる。嫌な汗が手からも滲みはじめている。申し訳ないと思いつつも、彼の握り返す力もまた強まってきた。

床の軋む音と、ふたりの呼吸だけが聴こえる。
微かな気配も物音も、一瞬の空気の揺れさえも絶対に逃さないような、全神経が研ぎ澄まされている感覚だった。気のせいでなければこちらの道を選んでからずいぶんと歩いている。あれほど怖がっていておかしな話だが、なんの仕掛けも襲ってこないことが不安を煽った。あてのない目的地に、私たちは辿りつけるのだろうか。

瞬間、首筋にひどくつめたいなにかが触れた。
「ひゃあっ!?」
なりふり構わず、ぐっと切原君の腕にしがみつく。

「ちょ、いきなりなんすか!?」

「く、首に誰か触ってきたから、」

「誰かって···誰が?」

「わからないけど、すごくつめたくて、ひとの指みたいな」

「ひとっつっても、こんな狭いとこで隠れられるような場所なくないすか?」

切原君が背後を懐中電灯で照らしてみても、なにもない。無機質な廊下が伸びているだけだ。そのうえ人間ふたりが並んで通れる狭さの通路なのだから、彼が疑問に思っても無理はない。一歩足を出す度に鳴る廊下では音もなく近づくのは限界があるだろう。
しかしさっきのは、ひとの肌、だったと思う。四本の指さきが当たったような感触。首筋の、さらにいうとちょうど喉仏のあたりに触れられた。後ろから首に手を回されて、そうっと確かめるような触れかた。あと少しで、首を絞められる一歩手前の感覚。確かに人肌とは思えないほどひえきっていたが、無機物が当たったといった表現も当てはまらなかった。僅かにかさついた肌の特有の感触がしたのだ。

「やたら冷えてるし、たまたま風とか通ったんじゃ···ってか、くっつきすぎですよ!」

「だって怖すぎて···!お願いだからここを抜け切るまでは···!」

「いや、その、違う意味で無理っつーか、当たってるっつーか···!」

「な、なにっ? 切原君もなにか感じたの!?」

「·······〜っ!言えるわけないじゃないすか!」

「どどどどういうこと!?」

途端、切原君が足をぐっと止め、ならって私も足を止める。
懐中電灯で照らされた先に、扉があった。
教室にある引き扉を模したものではなく、銀色のノブが取り付けられただけのいわゆる普通の扉だ。扉の質感はおそらく木製だろうか、かなり古びていそうだ。

「開けたら、なんかいるんすかね」

「お化け屋敷、だからね」

ごく自然であたりまえの問答だった。でも、こういう些細なやり取りひとつでも心持ちはうんと変わる。
両手の自由を奪われている彼の代わりに、私がドアノブへ手を伸ばす。ゆっくりと、慎重に、ふるえながら。自分の唾を飲み込む音までもが空間に響きそうなほど、気持ち悪い静寂さだった。
ギィィ、と金具の軋む音が鳴る。
灯りが足元を照らす。

「これって、」彼がちいさく呟いた。
私はひとつとして声を出せずにいた。

長方形のうすい紙に読めない筆記体で書かれた紙。床の隙間を埋めるように敷き詰められている。きっとこれは、御札だ。しかも大量の。異様な光景だった。
この通路をえらぶ前に歩いた廊下の壁には学校内のようすが描かれていた。それに似た壁絵かとも疑ってみたかったが、目を凝らせば凝らすほど、実物だと分かる。所々が剥がれかけているものもあれば、汚れのこびりついた御札もある。嫌な考えが頭を過ぎる。まさか、ほんとうにずっと前からこの部屋は存在していたんじゃないか。そう思わせるほどのやけにリアルな年季が感じられた。ただの演出だと信じたいのに、胸騒ぎがやまない。
床だけではない。辺りを確かめるべく横へ逸らされた灯りは、壁にも際限なく御札が貼られている様を如実に見せつけていた。六畳ほどのちいさな部屋。このぶんだときっと天井にも貼られているのではないか。少しの隙間も許してしまえば、なにかがうまれてしまうと、恐れているかのように。
私たちは息を呑んで、立ち尽くしていた。

ふと前方から、かさっ、と音がした。
紙の擦れる音だ。
灯りが床を伝い、音のするほうへとゆっくり照らしていく。

脚が見えた。
御札の敷かれた床のうえに立つ、ひとの脚。
細いヒールを履いた華奢な脚だった。後ろを向いている。
かさっ。地面と紙の擦れる音が鳴る。引き摺るように、脚がひとつ動く。
このまま灯りを上へずらせば、正体が解る。しかし、できなかった。脳内でけたたましく警報が鳴っている。きっと隣の彼も解っている。
決して見てはいけないものが、あそこにいる。

かさっ。音が鳴る。
脚が動く。ゆっくりと、こちらを振り向いた。



















「あの、大丈夫ですか···?」

スタッフが心配そうに息を切らした私たちふたりを覗き込む。いまふたりの顔はとんでもなく青ざめているのだろう。
あれから私たちは凄まじい勢いで後ろへ引き返した。とにかくここから出ようとひたすら走っていたが、最後のほうはもうどんな幽霊がいたのかもまったく覚えていない。多分演出でいえば山場だったのだろうけど、それどころではなかった。

「最後のあれ、凝りすぎっしょ···」

「わたし、あれで百年寿命縮んだよ···」

「それ、とっくに死んでません?···って、はやく離れてくださいよ!」

「ま、まだ怖いからこのままじゃだめ?」

「い···いろいろ無理なんすよ!」

落ち着くまでは切原君の腕にしがみつきたかったが、強引に剥がされてしまう。

「ご、ごめんね。暑いよね、汗もいっぱいかいちゃったし」

「そういうんじゃなくて·········あんたって結構···」

「?」

「いや、なんでもないっす」

目を逸らす彼の顔はほのかに赤らんでいた。恐怖と暑さが混じってやや興奮気味なのだろうか。

「最後の女のひとのところ、凄かったよね···ほかと違って怖さが桁違いだった」

「······え?」

「? 切原君、怖くなかったの?」

「いや、そうじゃなくて···ラストはあれ、男っぽくなかったっすか?」

「え? だって、ヒール履いてたよ?」

「はぁ? いやいや、あれ多分スニーカー的な、普通の靴じゃないっすか」

「···そんな、あれはヒールだったよ。男のひとが履いてるにしてもすごく細い脚だったし、」

「細いって···つーかそもそもズボン履いてましたって」

沈黙が流れる。なにかがおかしい。
私が見たのは確実に女性の脚だった。私と彼が目撃した人物の姿はまるで正反対だ。しかし彼が嘘をついているとも思えなかった。
切原君がすかさずスタッフへ尋ねる。

「最後のあれ、男でしたよね!?」

「えぇと、幽霊のネタ明かしというのはお化け屋敷ではあんまりといいますか、なんとも···」

「いいんすよ、そんなのは!」

スタッフの言いたいことも非常にわかる。が、彼の勢いに押されて答えざるを得ないようだ。

「分かれ道になってて、左に曲がったほうの部屋にいたのって男っすよね?」

「分かれ道?」

「最後のほうにあった···御札みたいなのがすげぇ貼られた部屋みたいなの、あったじゃないすか」

スタッフが首をひねる動作をした。
瞬間、嫌な予感がした。得体の知れない不気味な空気がふたりのあいだをただよっていた。

「ここのセットはすべて一方通行ですし、そのような御札?の部屋は、そもそもありませんよ」

辿りついた部屋にいた、ひとのようなもの。
ときどき考えてしまう。
足もとだけではなく、もっと上へと灯りを逸らせば、正体がわかったのだろうか。
あれが振り向いたあと。私たちがあのままあそこに留まったままなら、なにが待ち受けていたのか。


























「あそこマジでヤバいんで絶対近づかないほうがいいっすよ!」
「にわかに信じ難いお話ですが···そこまで言われますとむしろ気になりますね」
「ほんとうに行っちゃだめだよ···!」
「つっても苗字先輩、俺に抱きついてただけじゃないすか」
「それは言わないで!」
「そりゃあ羨ましいぜよ」
「え?」
「仁王君、あなた良からぬことを考えてますね?」
「赤也も満更でもないんじゃろ」
「な、なに言ってるか意味不明なんすけど!」
「下心がバレバレですよ」
「?···?」

  

神さまの通り道

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