「さて諸君! 諸君はこれからA級を目指す! そのためには……もうB級になってる修くんを除く、千佳ちゃんと遊真くん、御琴ちゃんの二人に、B級に上がってもらわなければならない!」


C級は基本的に、訓練以外でのトリガーの使用は禁止されている。そのため防衛任務に出られるのはB級以上となり、A級に昇格する権利も与えられないのだ。

そしてそのランクは、おなじランクのボーダー隊員同士で行う模擬戦、「ランク戦」に勝つことでポイントがたまり、一定以上たまると昇格となる。


「ふむ、つまり、おれがB級に上がるには、C級のやつらを蹴散らしてくればいいわけだな」
「お、なんだそれ! 面白そうじゃねーか!」
「それいつからやるの? 今から?」
「誰を殺せばいい? 強い奴がいたらいいなあ!」
「まあまあ落ち着きたまえよ」


模擬戦。その言葉に、遊真と御琴が食らいつく。御琴は幼い頃から迷宮という世界で最も危険な場所に足を踏み入れていたせいか、どこか戦闘をゲームのように楽しんでいる節があった。遊真はにやりと、御琴はその瞳をギラギラと輝かせ、前のめりになって宇佐美の話を聞いていた。


「ボーダー本部せ"正式入隊日"ってのが年3回あって、新入隊員が一斉にデビューする日なんだけど、その日までは遊真くんも御琴ちゃんもまだランク戦できないんだよね」


宇佐美のその一言に、遊真と御琴は見違えるほどに落胆した。戦えない。それがどんなに悲しいことか。


「慌てんなよ遊真、御琴。おまえらはうちのトリガーに慣れる時間がいるだろ。ランク戦には遊真の黒トリガーや御琴の特殊なトリガーは使えないぞ」
「え、マジ!? あたし、こっちのトリガー使わねーといけねーの!? なんで!?」


二人がそれぞれのトリガーを使えないのには、二つの理由があった。一つは、ボーダーに、ボーダー以外の反応を感知され、居場所が特定されてしまうこと。もう一つは、黒トリガーはその性能故自動的にS級扱いをされ、ランク戦から外されてしまうこと。

御琴の《脳内魔導起機》はトリガーではないが、おそらく同じ扱いだろう。そうなった場合、修と千佳とはチームが組めない。御琴は元の世界へ帰ることが出来ず、最悪のバッドエンドだ。


「なーんだ、残念。やる気失せたぜ」
「ま、戦うだけなら玉狛の訓練室でもできるけどな」
「お、いいなそれ! なあ宇佐美栞サン! 今度使わせてくれよ!」


迅の一言に御琴は再び目を輝かせると、宇佐美は「いいよ〜」と快く返事をしてくれた。

ちなみに同時進行で千佳のポジションが決められており、修の助言で狙撃手になることが決まった。ポジションは、戦う距離によって分けられた戦闘スタイルのこと。それぞれで使うトリガーが違っていて、最初に必ず隊員が決めることらしい。


「それじゃあ、御琴ちゃんのポジションも決めちゃおっか!」
「え、あたし?」
「そう。御琴ちゃんは、目の前に短剣と魔法を使える杖があったら、どっち使う?」
「杖!」
「ふむふむ……どうしてか聞いていい?」
「普通に、戦うなら広範囲で高威力の魔法がいいだろ。どうせならド派手なほうが楽しいし」


攻撃は最大の防御だ。元の世界では、御琴は基本的に雑魚掃討係だった。加速スイッチで敵の群がる場所へ移動し、百花繚乱風切スイッチで広範囲をまとめて片づける。他の仲間たちは御琴の防御を担当したり、主に支援に徹していた。

広い範囲をまとめて相手にするパワーファイター。それが、今の倉花御琴だ。


「……なら、御琴は銃手だな」
「え、でもそれって、中距離タイプだろ? 敵をガンガン倒せねーじゃねーか」
「戦い方や作戦にもよるよ。アタッカーが敵を引きつけてスナイパーが狙撃、最後にガンナーがドカンと一発、なんてよくある手だし」


「それに」と迅が続ける。


「ガンナーには"メテオラ"がある」


メテオラ。炸裂弾。爆発の規模で攻撃範囲を調節できる、射撃専用トリガー。そのぶんトリオンの消費も激しいが、広範囲を攻撃するならば全トリガーの中でもトップクラスだ。


「メテオラ……いいかもしれねーな」


そのトリガーで敵をまとめて撃ったら、どんな感じになるのだろうか。「はは」と口元に手をあて、笑う。その瞳は酷く狂気をまとっていて、ギラギラと輝いていた。

するとそのとき、


「あたしのどら焼きがない!!!」


と叫んで部屋のドアをバン、と開けたのは、丁度御琴や宇佐美と同じくらいの年齢の少女だった。

少しピンクがかった小麦色の髪は腰のあたりまでおろし、透明感のある綺麗なエメラルドグリーンの瞳はうっすら涙を浮かべながらキッとつり上がっている。陽太郎を逆さにつり上げて泣き喚いている彼女に続き、二人の男性が部屋に足を踏み入れた。

一人は背が高く、がっちりとした筋肉が特徴的な人。もう一人は、黒髪で妙に大人びた顔つきの人。おそらく、御琴と同じ位の年齢。


「おっ、その4人。迅さんが言ってた新人すか?」
「新人……!? あたしそんな話聞いてないわよ!? なんでウチに新人なんか来るわけ!? 迅!!」


今度は迅に噛みつく少女に迅は含みのある笑みを浮かべると、御琴たちが座っているソファの背もたれに手をついた。


「まだ言ってなかったけど、実は……この4人、おれの弟と妹なんだ」


……!? おかしい。全くもって何を考えているのだろうか、この男は。修と後から入ってきた男性はわけがわからないといった顔で迅を見る。宇佐美は、相変わらずにこにこと微笑んでいた。


「……迅悠一。何であたしがあんたの妹に……っ!」


じろりと睨みながら御琴は言うが、迅はアイコンタクトで「まあまあちょっと見てて」なんて返してくる。しかも悪戯っぽい笑みとウインクつきで。全く腹立たしい。

まあいい、こんなにもわかりやすい嘘で騙されるわけが……


「えっ、そうなの?」


マジか。


「迅に兄弟なんかいたんだ……! とりまるあんた知ってた!?」
「もちろんですよ。小南先輩知らなかったんですか?」


おい黒髪! なんてことしやがる!

真顔で迅のジョークに乗る男性に、彼女は「言われてみれば迅に似てるような……」と遊真を見つめた。遊真は遊真で状況が理解できたのか、 わざと迅に似たへらりとした雰囲気をつくり出していた。駄目だ、ノリのいい奴らが多すぎる。


「でも、この子は!? この子はあんまり迅に似てないじゃない!」
「ああ、その子は妹だけど、義理の妹なんだ。だから血は繋がってな……」
「はああああ!?」


彼女は遊真をじっくりと観察し終わったあと、今度は御琴をターゲットにした。明らかに迅と御琴が似ていないことに気づいたようで、迅に尋ねる。……が、返ってきたのが上記だ。変な設定付け足しやがった。


「だから、何であたしがあんたの妹に……っ!」
「そうそう、この子ツンデレさんだからさ、最近は恥ずかしくてつい反抗的になっちゃうんだよね。まあ、たまに甘えてくれるときもあるんだけど」
「えっ、そうなの?」
「なわけねーよ!」
「はいはいツンデレ」
「人の話を聞けええ! ってか、ツンデレって何だよ!?」


なんかもう、疲れた。迷宮で戦ったときよりも遥かに、御琴は疲労感を感じていた。主に精神的な意味で。


「レイジさんも知ってたの!?」
「よく知ってるよ」


また悪ノリが……


「迅が一人っ子だってことを」


……ありがとうございます!


「……!?」
「このすぐダマされちゃう子が小南桐絵、17歳」
「だましたの!?」


「いやまさか信じるとは」と笑う迅に、御琴の怒りは頂点に達していた。あんたのせいで余計に体力使っちまっただろーが!


「こっちのもさもさした男前が烏丸京介、16歳」
「もさもさした男前です、よろしく」
「こっちの落ち着いた筋肉が木崎レイジ、21歳」
「落ち着いた筋肉……? それ人間か?」


ぎゃあぎゃあわいわいと騒ぐ御琴、迅、小南をガン無視し、宇佐美は残り二人の紹介を始めた。こちらもこちらですごく個性的だ。


「さて、全員そろったところで本題だ」


ボーダーの正式入隊日は、約3週間後の1月8日。そこで初めて訓練生として、C級ランク戦に参加が可能となる。

そこで迅が出したのはこうだ。現在いる玉狛支部A級隊員の小南、烏丸、レイジがそれぞれ御琴たちの師匠となり、指導をする。正式入隊日からトリガーの訓練を始めても、すぐにB級に上がって隊を組むというのは難しいからだ。特に、戦闘経験ゼロの千佳は。修はすでにB級だがまだまだ実力不足ということでこの対象になる。


「……わかったわ、やればいいんでしょ。でもそのかわり、こいつはあたしがもらうから」


そう言って小南が選んだのは、遊真だった。理由は簡単、この中で一番強そうだから。その後千佳はレイジ、修は烏丸と次々と決まってゆき……ん?


「そういえば、迅さんはコーチやらないの?」
「ん? おれ? おれは今回は抜けさせてもらうよ。いろいろやることがあるからな」
「待てよ」


ビシッとへらへらした笑顔で敬礼する迅の肩を、御琴はがっしりとつかんでいた。


「あんたがいなくなったら、あたしは一体誰に教えてもらうんだろーなあ……?」


ゴゴゴゴという似合うような真っ黒な笑顔。こうなる未来が見えたから早めに退散しようとしたが、失敗したか。迅の頬を、冷や汗が伝う。


「残念だが、こっちはもうマンツーマンで手一杯だ」
「そうそう、あんたが責任とって面倒見なさいよ」
「自分が連れてきたんすから、責任とるのは当然すよね」
「うんうん、責任とろう。迅さん」
「……あのさあ、"責任とって"は表現がアウトな気がするんだけど……」


さらにレイジ、小南、烏丸、宇佐美という玉狛メンバーの追撃で、迅はもう逃げられない。ざまあみやがれ。


「……わかったよ。ただ、おれ攻撃手だからさ、射手は本当に基礎の基礎しか教えられないけど……」
「いーぜ、別に基礎の基礎で。応用とかは本部にいけば自然と覚えられるだろ」


満足したように、御琴は笑った。ああ、どうしよう。いろいろと準備があるんだけどなあ。でも、この笑顔を見たら、なんかもうこれでいいかな、なんて。


「よろしく、御琴」
「よろしく、迅せんせー」


その日、迅は未来を見た。
威風堂々な昼下がり



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