大きなあくびをした青年は、眠気覚ましにでもなればと机の上に肘をつき、適当なペンをペンケースから取り出してくるくると回した。青年、出水公平のクラスは朝のHR中で、教壇の前に立った担任教師が長々と言葉を紡いでいるが、正直何を言っているのかわからない。視界が霞み、声が遠くなっていく。それほどまでに、出水の脳内を睡魔が支配していた。ヤバイ、寝ると思ったそのとき、


「今日からこの学校に転校してきた、倉花御琴です。よろしく」


その鈴が転がるような声色に、出水は盛大にペンを落とした。









「……なあ、倉花。おまえ、何でここにいんの?」
「迅悠一と林藤支部長に放り込まれた。嫌だって言ったんだけどな」


出水と御琴が出会ったのは、一週間ほど前のことだった。黒トリガー及び特殊トリガー争奪戦。秘密裏に行われたその作戦終了直後に、御琴が現場に出くわしたのである。


「……で、あんたは何しにあたしの机まで来たんだよ、出水公平」
「え、いや」


特に何の意味もなく、ふらっと寄っただけなのだが。けれど、「特に何の意味もなくふらっと寄っただけです」なんて言ったら最後、クラス中の女子という女子から「あの二人ってそんな関係だったの!?」と言われ、最終的には「あの二人って付き合ってるらしいよ」と噂が学校中に広まるのが目に見えてわかる。女子の情報拡散能力と恋バナ察知能力ほど恐ろしいものはないのだ。

尚、以上のことは全て出水の体験談である。


「よー弾バカ。倉花も久しぶり」
「! 槍バカ」
「あ、カチューシャ野郎」


救世主とばかりに現れたのは、出水の友人でもある米屋陽介だった。先程のHRでは爆睡していたように見えたが、いつの間に起きたのだろうか。とりあえず出水は、今度ジュースでも奢ってやろうと心に決めた。


「ひどっ、倉花ひっで〜」
「いやあたしあんたの名前知らねーし」


御琴が机に肘をつきながら言う。すると米屋は今までの砕けた態度とは違い、「ボーダー本部所属、A級7位三輪隊の攻撃手、米屋陽介です。好きなものは戦闘とリリエンタールです」とビシッと敬礼をした。ちなみに返ってきた反応が「うわっ、気持ちわりー」である。


「リリエンタールって何だよ、リリエンタールって。あとその敬礼が迅悠一みたいでイラつく。やり直し」


ズバッと言い返す御琴に、米屋は「マジ低評価、つめてー」とゲラゲラと笑い出した。その姿が、街中でよく見かける迷惑女子高生であることに気づいているのか気づいていないのか。


「そういえば太刀川さんから聞いたけど、おまえボーダー入るんだってな?」
「おー。よく知ってんな」
「太刀川さんから聞いたっつったろ。で、ポジションとかはどうすんだ?」


その出水の問いに御琴は短く「攻撃手」と答えると、出水の表情はみるみるうちに不機嫌なそれへと変わっていった。そんなことは米屋は知らず、「お、俺と一緒じゃん」と楽しく会話を弾ませている。


「最初は射手にしようと思ったんだけど、途中でやめたんだよなー。でも、射手のメテオラは使いたかった」


その一言で、不機嫌から一気に上機嫌へと変わった。


「なら入れりゃいいだろうが」
「それはB級になってからだろーが。それに、あたしのせんせーが攻撃手なんだよ」
「は、せんせー?」


せんせー。先生。師匠。御琴に、トリガーの扱い方を教えている人物がいるということだ。御琴の所属は玉狛になるだろうから、レイジか、烏丸か、迅か。小南という可能性もある。というか、小南が一番怪しい。


「……なら、しょうがねえからB級に上がったら俺が」


出水の言葉は、そこで遮られた。突如鳴った携帯電話の着信音。出水の米屋同時に鳴ったことから、恐らくボーダー関連だろう。


「げっ、30分後に任務入った。……しゃーね、行くか」
「ドンマイ弾バカ」
「うるせー槍バカ」


仲が良い、というのが御琴の雑感だった。見ていて飽きない。じゃれあう二人の男子高校生の姿が、元の世界の仲間と重なった。皮肉屋で性格の悪いあいつと、明るく陽気に笑うあいつ。懐かしい思いが込み上げてくる。するとそのとき、


「米屋、出水、行くぞ」


と、教室のドアが開いた。目付きの悪い赤く光る瞳に、艶のある黒髪。首元から垂れた白いマフラーが揺れている。三輪秀次は御琴を見るなり「チッ」と舌打ちをすると、憎しみを孕んだ目で見つめた。さすがに教室内で騒げないというのはわかっているのだろう。「早くしろ」とくるりと向きを変えて教室を出ようとする彼に米屋と出水はほっとするが、


「あ、三輪秀次」


という御琴の一言で、消えかけていた火に油が注がれた。


「気安く名前を呼ぶな、近界っ……」
「はいはいストップ。場所を考えてみろよ、秀次」


近界民。そう言おうとした三輪の口を、米屋が塞いだ。ここは教室で、多くの生徒がいる。そんななか「近界民」等と呼ぼうものなら、どうなるかはわかっているはずだ。米屋が手を放すと三輪は再度舌打ちをし、何も言わずに教室を出た。御琴は少し気になって、しばらくしてから三輪が出ていった廊下にひょこっと顔を覗かせてみる。


「……あいつ、いつもああなのかよ」


ポケットに手を入れて歩く三輪を、廊下にいる誰もが避けて通っていた。広い廊下の真ん中を、三輪は誰とも目を合わせずにスタスタと歩いていく。彼を奇怪な目で見る者、なかにはヒソヒソと話しながら彼を見る者までいる始末だ。


「あいつがガチで怒ってるときは、いつもこんなんだぜ。みんな怖いからな〜」


明るく振る舞いつつも、米屋の顔は浮かないものだった。彼自身も、この状況が良いものだとは思っていないらしい。出水も同じくだ。それに御琴は「ふーん」と返す。


「で、任務だろ? 行かなくていいのか?」
「あ、やべっ」


御琴がそう言うと、二人は急いで教室を出た。全く慌ただしい。「ふう」とやっと静かになった御琴を次に待っていたのは、転校初日あるあるの質問攻めだった。
休戦のドラ



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