「迅悠一。あたし、元の場所に戻る方法を知ってるって言うからついてきたんだけど」
「うん、教える教える」
「じゃあなんであたしは今呑気にトリガー使い同士の観戦なんてしてるんだよ!」


御琴と迅は、相変わらず人のいない駅のホームを遠くから眺めていた。駅のホームでは、御琴と同じ年齢くらいの青年二人と、御琴よりも年下の少年が戦っている。御琴には目視できないが、別の場所から二人が少年を狙っていると迅は言う。

ここに来るまでの間に、迅にある程度のことは教わった。先程迅が出したものや青年二人と少年が使って戦っているものは「トリガー」といい、「近界」というこことはまた別の世界から来る侵略者「近界民」用に分析、量産されたものだ。トリガーを使うには「トリオン」というエネルギーが必要不可欠であり、そのトリオンは「トリオン器官」という見えない内蔵で生み出される。

この世界ではトリガーこそが最先端の技術であり、同時に最大の武器だ。御琴の世界での《脳内魔導起機》と同じ立ち位置なのだろう。


「迅悠一。あのチビ、首切られてたけどなんで死なないの?」
「トリガーを使うときは基本、トリオン体っていう戦闘用のボディと入れ替えられるんだよ。痛覚もオフになってることが多いから、あの程度だったらほぼダメージゼロだろ」
「ふーん……安心して死ねるってこと? こちいの武器はいいもん作ってるよね」
「ただ、首を完全に切られたりあまりにも攻撃を受けすぎると、トリオン体も解ける。普通のボーダーのトリガーなら緊急脱出できるけど、遊真は無理だろうな」


界境防衛機関「ボーダー」。近界民相手に、最前線で戦う組織。迅やあの青年二人、さらに遠くで遊真という少年を狙っている人物も、ボーダーの所属だ。


「ああでも、少しまずいか……? 御琴、ちょっくら行って加勢してきてくれ」
「え、戦っていいの?」
「ああ。ただ、全員トリオン体になってる。攻撃は効かないぞ?」
「戦えるに越したことはないね!」


目をギラギラと輝かせ、御琴は指をパチンと鳴らした。ヘッドホンから流れる呪いで、脳漿がダブダブになる。


「加速スイッチ」


肉体が加速されるのは、ほんの一秒だけ。そのほんの一秒だけで、駅のホームへとたどり着く。あの少年はすでに、片腕を失っていた。


「九ノ重スイッチ」


御琴は日本刀を生み出し、握る。その手に力を込めると、少年の背後に忍び寄っていた青年の間に割って入った。

青年の槍を、日本刀で受け止める。九ノ重スイッチは、日本刀で受けた攻撃の威力を相殺できる魔法だ。それは、物理だろうがトリオンだろうが関係ない。全てを打ち消す。


「初めまして、白チビ。迅悠一の依頼で、加勢に来てやったぜ。問答無用で感謝しろよ?」
「ふむ、迅さんの」


少年は、近くで見るとなおさら小さかった。白いふわふわの髪に、紅い瞳。まるで兎のようだ。兎と聞くと、嫌な思い出しかないが。

だが、外見の幼さの割にはすごく冷静だ。本当に御琴よりも年下なのかと疑いたくなる程には。


「退け、女。俺たちはそこの近界民に用がある。邪魔をするというのなら、武力行使をする他ない」
「はあ? あたしがあんたごときにやられるかっての」


御琴が黒髪の青年を鼻で笑うと、青年はいきなり銃で発砲してきた。あの銃が、彼のトリガーか。

今の御琴は、相手がトリオン体なため、トリガーを持っていない御琴は攻撃できない。唯一できるのは、防御のみ。だが、もし防御に失敗でもしたら、御琴はトリオンでの攻撃を生身で受けることになる。正直、この状況はかなり厳しい。

それに加え、


「ボーダーのものではないトリガー……やはりおまえも近界民か……!」


元々濃かった眉間の皺をさらに濃くして、青年が御琴を睨んだ。目付きが悪いということもあってか、威圧感がすさまじい。


「いや、これは《脳内魔導起機》っつって……って、あぶねっ!?」


青年が撃った弾丸を、御琴は間一髪で避ける。

どうやら相手は、御琴の《脳内魔導起機》を近界のトリガーだと勘違いしているらしい。誤解を解こうと訂正したが、聞く耳を持たない。御琴を近界民だと思い込んでから、妙に動きが速くなった気がする。今までは一般人だと思って手加減していたのか。


「手古摺らせるな近界民。そろそろ観念して、おとなしく死ね」


目付きの悪い青年がそう言うと、青年は二人同時に襲いかかってきた。一人は銃で。もう一人は槍で。


「『盾』印」


遊真が青年の弾丸をトリガーで防ごうとする。だが、その弾は遊真の出した防除壁をあっさりと通過した。弾丸が遊真の身体に突き刺さった直後、弾丸は形を変え、大きな黒い重りとなった。 遊真の腕に三ヶ所、胸に一ヶ所重りが貫いており、動くのは困難だ。

もし当たったら、自分もああなるのか、と御琴は思う。確かに嫌だが、こういうスリルもまた、戦いを楽しくするスパイスだ。


「これで終わりだ近界民!!」
「あたしを忘れんなあああああ!」


動けない遊真に、二人が襲いかかる。その前に、御琴が立ちふさがった。手には、日本刀が握られている。その日本刀で、青年二人の攻撃の威力を相殺する。彼女は、笑っていた。


「いっけ白チビ!」
「OK。『錨』印+『射』印四重」


遊真がそう言うと同時に、御琴は空高くジャンプをした。加速スイッチの呪い歌は、もう聞いてある。遠くから狙撃手が射撃を行ってきたが、それは九ノ重スイッチで相殺した。

地上では、遊真の手から無数の弾丸が飛び出し、青年二人の身体を貫いていた。それは、目付きの悪い青年が撃ったものと、全く同じもの。それを、倍以上の威力にして返したのだ。


「やるなあ、あの白チビ」


御琴が楽しそうに呟く。


「おつかれ、白チビ」
「? おれは空閑遊真だよ」
「そ、空閑遊真」


地面に着地した御琴は遊真とハイタッチを交わそうとしたが、遊真の腕は青年が撃った重りで重く、上がらないらしい。

遊真が倒れている青年を見て、言い放った。


「さて、じゃあ話し合いしようか」
切り離された世界、突き抜ける青



ALICE+