「おーなんだ遊真。けっこうやられてるじゃんか」
「おっ迅さん」
「げっ迅悠一」


青年二人との戦闘が終わると、見計らったかのように迅が現れた。後ろには二人の男性を連れている。先程遊真と御琴を狙った狙撃手だ。


「……? 迅悠一。何だよ、それ? 新種のペット?」


迅は狙撃手の他に、黒くてフヨフヨ漂う謎の生き物を連れていた。妙に機械っぽいので生き物と呼んで正解なのかどうかはわからないが、目と口らしきものがあるし、とりあえずは生き物と呼ぶことにする。

御琴が迅に話しかけると、黒い生き物はフヨフヨとこちらへ向かってきた。


「はじめましてミコト。私はレプリカ。ユーマのお目付け役だ」
「わっ喋った! は、はじめまして」


丁寧な言葉遣いで話すレプリカに、御琴は驚きを隠せない。

何だろう、これは? 炊飯器? 兎? う、また兎……。


「よ、御琴。おまえも遊真のサポートしてくれたんだろ? ありがとさん」


迅が御琴の横を通るついでに、頭を二、三回ぽんぽんと撫でていく。そういえば真之介が、チームメイトである夕闇陽見の頭を同じように撫でたことがある。たった数時間前の出来事なのに、酷く懐かしく感じられる。

帰らないと。絶対に。あたしは、この世界の人間じゃないんだから。


「な? 秀次。だからやめとけって言ったろ?」


迅は御琴の横を通りすぎると、ツカツカと秀次と呼ばれた倒れている目付きの悪い青年の元へ歩み寄った。青年はそんな迅を忌々しく睨む。過去に何かあったのか、青年の中での迅は、あまり良い印象はないらしい。


「わざわざ俺たちを馬鹿にしに来たのか」
「ちがうよ。お前らがやられるのも無理はない。なにしろ遊真のトリガーは、黒トリガーだからな」
「……!?」


迅がそう言った瞬間、駅一帯にピリッとした空気が流れる。この場においてよく状況が掴めていないのが、数時間ほど前に初めてこの世界に来た御琴と、遊真の友人であろうメガネの少年、その友人の少女の三人。メガネの少年が質問をすると、レプリカは真摯に答えてくれた。

黒トリガーは通常のトリガーとは違い、トリガー使いが自分の命と全トリオンを注ぎ込んで作られた特別なトリガーだ。使用者との相性が良くなければ使えないという欠点こそあるが、その性能は通常のトリガーの何倍にも達する。


「"こいつを追いまわしても何の得もない"。おまえらは帰ってそう城戸さんに伝えろ」
「待て、ならばその女はどうなる。そちらの女も、ボーダーのものではないトリガーを使っていた」
「ああ、御琴? この子は、さっきこっちに来たばかりの近界民。立場的には遊真と同じだな」
「近界民……あたしが」


考えてみれば、そうだ。この世界では、異世界からの侵略者のことを近界民と呼ぶ。侵略者ではないにしろ、御琴は立派に異世界の人間、近界民なのだ。だが、まさか遊真まで近界民だったとは。


「この子は黒トリガーを持っていないけど、代わりに全く別の特殊なトリガーを持っている。御琴も同じく、追いかけまわしても何も得はないよ」


いや、これはトリガーじゃなくて《脳内魔導起機》で……なんて、この空気で絶対に言えない。


「…………その黒トリガーと女の近界民が街を襲う近界民の仲間じゃないっていう保証は?」
「おれが保証するよ。クビでも全財産でも賭けてやる」


……わからない。なぜ、そこまでするのか。御琴の世界では、他人を蹴落とすのが普通の世界では、全く意味のないことだ。仲間が、自分一人だけを置いて逃げ出す世界。自分の知らない間に、仲間に情報を売られる世界。信じた瞬間に、裏切られる世界。唯一の武器である《脳内魔導起機》ですら、他人の作ったものだから信じられない。信じられるものは、自分と、金だけだった。


「……"何の得もない"……? 損か得かなど関係ない……!」


すべて敵だ……!


「緊急脱出!!」


目付きの悪い青年がそう叫んだ瞬間、青年の身体はトリオンの光となって飛んでいった。方角的に、恐らくボーダーの基地だろう。


「あー負けた負けたー! しかも手加減されてたとかもー。さあ好きにしろ! 殺そうとしたんだ。殺されても文句は言えねー」
「そうかよ、じゃあ遠慮なくぶっ殺……」
「まあまあ待ちなされ」


ごろりと駅のホームに寝転がる青年に御琴は《脳内魔導起機》を起動しようとするが、遊真に止められる。

なんだかこの青年は、先程の青年と違ってとても軽い。カチューシャに学ラン姿の彼は、寝転がって「殺せ」と言いながらあくびをしているくらいだ。殺されても文句は言えない。全くもってその通りなのだが、どうにも緊張感がない。


「べつにいいよ。あんたじゃたぶんおれは殺せないし。いいよな?」
「……ま、あんた程度だったら何人も相手にしたことあるしな」
「マジか! それはそれでショック!」


まあ、どうせまた来たところで、御琴は防御しかできないのだが。今度は仕事関係なしで勝負しようぜと言う青年に、近界民に恨みはないのかと遊真が聞く。


「おれは近界民の被害受けてねーもん。正直別に恨みとかはないね。けど、あっちの二人は近界民に家壊されてるからそこそこ恨みはあるだろうし、今飛んでった秀次なんかは」


姉さんを近界民に殺されてるから、一生近界民をゆるさねーだろーな。


「……なるほどね」


近界民はすべて敵だ。あの言葉は、そうやって生まれたのか。

狙撃手二人が青年に声をかけると、青年は狙撃手二人と共に帰っていった。三人の姿が見えなくなるのを確認すると、遊真はトリガー起動状態を解く。


「なあ、空閑遊真。あんたのトリガーが黒トリガーって、本当かよ?」
「うん、そうだよ。えっと……」
「倉花御琴。あんたと同じ、近界民だよ」
「そうか、ミコトか。おれは空閑遊真。背は低いけど、15才だよ」


遊真が手を差し出すと、御琴はけらけら笑いながら「知ってる」と言って応えた。年下だとは思っていたが、まさか15才だったとは。御琴とたった二つしか変わらない。


「さてと、三輪隊だけじゃ報告が偏るだろうから、おれも基地に行かなきゃな。メガネくんはどうする? どっちにしろ呼び出しはかかるだろうけど」
「……じゃあぼくも行きます。空閑と千佳はどこかで待っててくれ」
「らしいけど、御琴はどうする?」
「また、あたしとの約束は先延ばしになるのかよ……あたしも待ってる。戦闘以外で動きまわるとかマジだりーし」


ふいに、メガネの少年と目があった。


「あ、えっと……三雲修です。あなたは……」
「倉花御琴。よろしく」


とても礼儀正しい、メガネの少年。ただ、強そうには見えない。なぜ遊真ほどの実力者が、この少年と行動を共にしているのかがよくわからなかった。わりーな、弱い奴には興味はねえんだ。


「じゃあ、倉花さん。空閑と千佳を、よろしくお願いします」
残酷こそ人の特権でしょう



ALICE+