「さて、自己紹介しようぜ。あたしは倉花御琴。空閑遊真と同じ近界民だ」
「あっ雨取千佳です……! よろしくおねがいします」


にっこりと笑って挨拶する御琴に、千佳はやはり緊張した様子だ。遊真はというと、呑気に近くのファストフード店で買ったハンバーガーを美味しそうに頬張っている。御琴はそんな遊真を横目で見ながら、遊真の頼んだセットについていたつまんではひょいと口に運んでいた。


「……あのね、遊真くんと御琴さんに訊きたいことがあるんだけど……」
「ふむ?」
「近界民にさらわれた人は近界民の戦争に使われるって言ってたでしょ? それって……どんなふうに使われるの?」


遊真が考え出す隣で、御琴は千佳に何一つ答えることが出来なかった。御琴はこの世界から見ると、近界民だということに変わりはない。だが、御琴のいた世界では、近界というものの存在さえ知らないのだ。近界民やトリオンなど、初めて聞く言葉だらけ。それらを感知する技術が無かったのか、はたまた政府が隠蔽していたのか。


「ふーむ。それは、さらわれた"国"によるかな」
「"国"……!?」
「そう。あっちの世界にもたくさんの国があって、それぞれの国でスタイルがちがうんだよ」


こちらの世界に来る近界民ーートリオン兵は、全ての個体が同じ姿をしている。だが、それらを送る国はそれぞれ違うことが多く、調べればどの国のトリオン兵なのかを特定することも可能らしい。

そして近界の国がこちらへトリオン兵を送ってくる頻度も、国の状況によって違うらしい。国の状況というのは、戦争の状態、司令官や政治問題などにも左右される。こちらの世界からさらった捕虜も、国によって扱いが違っていた。


「トリオン能力が高い人間はむこうでも貴重だから、ほとんどの場合は戦力としてけっこう大事にされると思うよ」


「チカとか超大事にされるかも」という遊真の話を、チカは夢中になって聞いていた。

ちなみに千佳のトリオン量は普通の人間の数倍はあるらしく、ボーダー内でもこれほどのトリオン量の人間はいない。天才と謳われた本部の人間、出水公平を越えるほどだ。だがしかしそれ故にトリオン兵に狙われやすいらしく、門が開いた際には一人で警戒区域内に逃げ込むことも多かった。遊真とはその時に出会ったらしい。


「じゃ……じゃあ、さらわれた人がむこうで生きてるってことも……」
「ふつうにあると思うよ」
「そっか……そうなんだ……」


遊真の話を聞いて、千佳は安堵の表情を浮かべる。何か悩みでもあったのだろうか。


「なら、御琴さんの国は、どんな国でした?」
「あ、あたし?」


千佳がこんなにも安心しきっているなか、「毎日人が大量に死んでいるような国でした」なんて言えるはずもない。言ったところで、その後御琴がどうなるかは隣にいる遊真の突き刺さるような視線が物語っている。多小遊真は修と千佳に過保護すぎる気はするが。

だからといって、適当なことも言えない。何せ御琴の隣には、御琴なんかよりももっぽど近界について詳しい大先輩がいるのだ。もしも間違ったことを言ってしまったら、そもそもの本当に近界民なんかという点で怪しまれる可能性がある。


「あたし、自分の国のこと、よく知らないんだよな。それに、他の国を気にしてる余裕なんて無かったし」
「余裕?」
「そ。自分の国の問題で手一杯だったんだよ」
「あー……まあ、そういう国もあるよ。勝手に内戦始めたりな」


頷く遊真に、御琴は苦笑いをして返す。良かった、間違ったことは言っていない。遊真の言った"内戦"というワードも、案外外れては以内いないのだ。少女が出した迷宮を巡って対立している国が、山のようにある。遊真の言う"国"が星単位の"国"ならば、逆に遊真の言っていることが正解だ。

例えば、アメリカが世界最大で最悪の迷宮、黙示録アリスを求めてミサイルを撃つと予告をしてきたり。黙示録アリスは日本にあるというだけで、日本が黙示録アリスを管理しているというわけではない。だが、アメリカの出した条件は「黙示録アリスを差し出さなければミサイルを撃つ」ということ。管理していないものは、さすがの日本でも差し出すことが出来ない。

日本は終わった、と誰かが言った。それが誰かなのかは覚えていないし、興味も無い。ただ、アメリカがミサイルを撃つ前に御琴はこちらの世界に来てしまったため、どうなったのかはよくわからないが。御琴がこちらへ来てから、すでに数時間が経過している。そろそろ日本が壊滅していてもおかしくはない時間だ。


「なんだ? だれか知り合いがさらわれたのか?」
「……ううん、ちがうの。ちょっと気になっただけ」
「……おまえ、つまんないウソつくね」


遊真の問いをはぐらかそうとする千佳に、遊真は少しスねたように言った。慌てて「待って待って!」と千佳が謝る。御琴がもうひとつフライドポテトを口に運ぼうとして遊真に阻止されたとき、「ほんとはそうなの」と千佳はぽつりぽつりと話し始めた。


「小学校のときなかよくしてくれた友達と、わたしの……兄さん」


千佳は、二人がさらわれたのは自分のせいだと思っているらしい。自分が近界民のことを相談して、巻き込んだ。中途半端に騒いで、事を大きくした。だから二人はさらわれた。

御琴からすると、あり得ない話だ。油断した瞬間に殺される。現に一度油断をして殺された御琴は、千佳とは全く別の考えを持っていた。千佳の考えは、確かに分かる。この幸せな世界では、そう考えるのも無理はない。

だが、御琴は違った。自分の身を守れなかった方が悪い。巻き込まれると分かっていたのに、縁を切らなかった方が悪い。まるで、もう駄目だとわかっているのに迷宮に残り、脚を失いかけたあいつみたいじゃないか。なんて、この酷く平和な世界で言ったところであまり意味の無いことなのだが。


「まあキモチはわからんでもないけどなー。おれも今回オサムをチカ、それにミコトまで巻き込んだし……おれといっしょにいたせいで、オサムの出世をふいにしたかもしれん。だとしたらもうしわけない」


ハンバーガーを食べ終わった遊真が、「それに」と続ける。


「おれといっしょにミコトもボーダーと戦っちゃったから、ミコトもボーダーに追われるハメになるかもしれんしな」


結構考えているんだな、と思う。姿は11才で、実年齢は15才だと言っていた。もしかしたら、精神年齢は15才よりも上をいっているかもしれない。


「それは大丈夫だよ。修くんはたぶんそんなこと気にしてない。"自分の意思でやったことだ。おまえが気にすることじゃない"……って言うよ、たぶん」
「あたしも別に気にしてないからな? 第一、あれは全部迅悠一に頼まれてやったことだから、何かあっても"迅悠一にやれって言われました"で済むしな」


それに、あたしが行っても何も出来なかったし。

千佳が隣でメガネをかけるポーズをして、修の声真似をする。御琴は辺りに生えている雑草をいじりながら言った。


「あいつは他人の心配と自分の心配のバランスがおかしいからな。そもそもおれを心配する理由なんかないのに」
「え、でも、ボーダーの人が遊真くんを狙って来るんでしょ?」
「ボーダーが何人で来ようと、本気でやればおれとレプリカが負けるような相手はいないよ」


ハンバーガーを先程までくるんでいた紙をくしゃくしゃに丸めながら、遊真は言う。だが、「いや」とその手を止めた。


「一人だけいるか」
「……それってもしかして、迅悠一の事かよ?」
「そう。迅さんは、たぶん相当強い。勝てるかどうかはやってみなきゃわかんないな。それにミコトの新型トリガーも追加されたら、それはちょっとやばい」


何度も言うが、これはトリガーではなく《脳内魔導起機》だ。


「じゃあ、あの人が追っ手になったら……!」
「……いいや」


遊真は否定した。


「そうはならないよ」

曖昧な惑星たち



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