諸刃の剣で護る未来






 立ち上がったはいいが、先程死柄木に吹き飛ばされた際に左肩を脱臼したようで、ズキズキと痛んだ。

 私のサイコキネシスの個性は、無制限の万能な個性ではない。自分以外の物体を動かす場合、自分の手を向けなければならず、その動きは向けた手の動きと連動するという制限がある。倒壊ゾーンで敵の一人が私の手と見えない糸で繋がったように引き摺られたのはそのためだ。個性は同時に2つまで使えるというのは、元々そういう仕様に決まっていたのではなく、私の腕が2本しかないからだ。その腕が片方しか使えないのであれば、当然サイコキネシスも1つの物体しか持ち上げられない。

 その状態でできることと言えば、負傷した相澤先生を個性で運び、自分も前線から離脱することだけ。自分勝手に行動した結果がこれでは、笑いも起きない。

 私と同じように壁に叩きつけられた死柄木がぴくりと起き上がる。それと同時に、死柄木の隣に黒霧がワープしてきた。二人は一言二言言葉を交わすと、突然死柄木の機嫌が急降下し、私を睨んだ気がした。

 刹那、隣接するプールから顔を出す蛙吹さんに手を伸ばした。

 そして瞬時に、彼の個性が頭をよぎった。五指全てで触れた万物を壊す、破壊の個性。崩壊。その手で体を触られたらどうなるか、私が一番よく知っている。

 動こうとした。しかし、出遅れた私が今更個性を向けたとして、十中八九死柄木の方が先に蛙吹さんに触れるだろう。


「あ──」

「……本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」


 結果から言うと、蛙吹さんに死柄木が触れても、崩壊の個性は発動しなかった。死柄木が「脳無」と呼んだ異形の敵が組み伏せていたはずの相澤先生が、最後の力を振り絞って死柄木を睨みつけ、その個性を打ち消していた。個性を打ち消す個性「抹消」を持つ彼は、発動型個性の天敵と言っても過言ではない。

 しかし、足りない。それだけでは、圧倒的に足りない。

 驚異となる敵は死柄木、脳無、黒霧の3名。対して私たちは、重傷の相澤先生と生徒たち。圧倒的に不利なのは変わらない。なりふり構っていられず、私は飛び出した。


「おい、待てや!」


 爆豪の制止は、今は聞かないことにする。

 さっきは私が私じゃないみたいに血が沸騰して、何も見えていなかった。相澤先生を、救えなかった。

 緑谷君が死柄木に向けて腕を構える。彼の個性は、パワー増強系。まともに食らえば一溜りもない威力だが、私の役目は保険をかけることだ。


SMASHスマッシュ!!!」


 彼の一撃は、脳無の腹に直撃した。が、脳無には傷一つついていない。嫌な予感が的中したが、やはり保険をかけておいて正解だった。


「止、まれぇぇッ!!」


 緑谷君を突き飛ばし、脳無との間に割って入る。そしてまだ無事な右手を脳無に掲げ、個性を発動した。

 相澤先生が発動型個性の天敵であるならば、私は異形型個性の天敵だ。相手に実体がある限り、サイコキネシスはそいつを捉える。最初に黒霧のワープゲートを防いだように、脳無のパンチをサイコキネシスで静止させる。完全には動きを止められないが、逃げるだけの時間の確保はできる。


「要……お前、そろそろしつこいぞ」


 死柄木が、がら空きになった私の腕を掴む。皮膚が、ボロボロと砕けて崩壊する。想像していたよりも数倍鋭い痛みだ。……これに、相澤先生は耐えたのだろうか。痛みに耐え、強靭な精神力と忍耐力だけで立ち向かった。勝ち目がないことはとっくに分かっていただろうに。それでも、生徒たちを不安にさせまいと、たった一人で先陣を切り立ち向かった。

 私は、そんな先生の姿も目に入らずに、見捨てた。ただただ、死柄木に抱く憎しみだけのために。


「……ッ、それでも、私は……!」


 脳無に押し切られるのが先か、私の腕が完全に消えるのが先か、はたまた私が力尽きるのが先か。勝てるビジョンなんて、見えていない。けれど、それでも、その不可能に立ち向かうのがヒーローであるなら。




「もう大丈夫。私が来た」




 時が止まったように、この空間にいた全ての人物が、開かれた扉を見た。ある者は安堵の表情を浮かべ、ある者は落胆し、ある者は愉快そうに顔を歪める。

 現れた、平和の象徴。


「オール、マイト……」


 誰かが呟いた。それは緑谷君の口かもしれないし、死柄木かもしれないし、もしかしたら私の口かもしれない。オールマイトが駆け出すと、瞬きの合間に私の体はオールマイトの腕に収まっていた。一緒に、相澤先生、緑谷君、蛙吹さん、峰田君もだ。5人もの人間を抱えながらも、彼のスピードは衰えない。あっという間に死柄木たちから距離を取り、私たちをそっと降ろす。


「皆、入口へ。相澤くんを頼んだ。意識がない、早く!」

「……私が運ぶわ」

「両刃さん、君も、腕が……!」

「私が運ぶの! いいわよね、オールマイト!」

「……ああ、君が言うのなら、止めはしないさ。ただし、無茶はするんじゃないぞ!」


 頼んだ、とオールマイトに肩を叩かれ、キュッ、と口元が引き締まる。左は脱臼、右は皮膚が崩壊。痛みはあるが、右はまだ動かせられる。

 右手で相澤先生の体に個性を使用し、なるべく怪我に障らないように浮かせた。私の体は緑谷君と蛙吹さん、峰田君が支えてくれ、どうにかオールマイトから離れる。


「返せよ……オールマイト……それ・・は、俺のだろ……」


 死柄木の言葉は聞こえないふりをした。それ・・が何を指しているのかは、とっくに分かっている。これは、後日敵側としての私になった時に大目玉を食らうやつだ。……大目玉で済めば良いが。




***




 人形が、手元から離れていく。

 俺、意外と人形遊びも好きなほうなんだぜ。最も、着せ替えだなんてそんなくだらないことはしない。首輪を付けて、鎖で繋いで、放し飼いにして。何も知らない呑気な奴が餌を与えた瞬間、思いっきり鎖を引っ張ってやる。

 だってお前、餌を撒かれて尻尾振ってるよりも、俺の足元で番犬やってる方が、ずっといい眼をしてる。お前は気づいてないだろうけどな。

 なあ、両刃要。お前は俺の……俺の?

 ──お前は俺の、一体何なんだろうな。




***




 目が覚めると、随分と綺麗な天井が目に入った。しかしそれは、あまり見慣れたものではない。


「目が覚めたかい?」

「リカバリーガール……」


 雄英の保健医であるリカバリーガールがいるのなら、ここは医務室だろうか。


「リカバリーガール、敵は……」

「とりあえずは追い返したよ。そこで寝てるオールマイトがね」

「オールマイト……?」


 隣を見ると、1箇所だけカーテンで仕切られているベッドがあった。中は見えないが、「起きたかい、両刃少女」とカーテンの向こう側から声が聞こえたので、そこにオールマイトが寝ているのだろう。ちなみに私とオールマイトのベッドの間には緑谷君が寝ていて、彼はまだ目を覚ましてはいないようだ。


「……相澤先生、は」

「……相澤くんは特に怪我が酷くてね。保健室ここではなくて、病院の方で治療を受けているよ」

「……………………」

「リカバリーガールの治癒のおかげで、左肩の脱臼は明日にでも完治するそうだ。ただ、右腕の方は……」

「痕が、残るかもしれないねえ……」


 リカバリーガールがやれやれと口を開いた。オールマイトの声はいつもよりも若干弱々しく、姿こそ見えないがきっと激しい戦闘で消耗しきっているのだろう。


「痕は、別に構いません。戒めとして刻めるのなら、丁度いい」

「……両刃少女」

「はい」

「後悔、しているかい。雄英に来たことを」


 確かめるように、彼はそう尋ねた。答えは決まっていた。私は首を横に振る。


「ここに来たことを、後悔はしていません。……全て、私のおごりだった」


 今ならば、死柄木を倒せると思っていた。ヒーロー側として戦う正当な理由。それがある今であれば、一人で死柄木に抗えると。けれど、全て間違いだった。死柄木一人でさえも私は倒せず、それに。


「私は、本当は相澤先生を助けられる筈だった。助けられる場所にいた」


 サイコキネシスを万全に使え、体力にも余裕があるうちであれば、脳無を撃破できずとも、相澤先生を後退させるだけの時間は稼げた筈だった。けれど私は、死柄木に夢中になって、今にも息絶えそうな相澤先生に気づくことすらできなかった。


「私は、ヒーローにはなれない」


 オールマイトの背中は遠い。オールマイトどころか、爆豪にも、緑谷君にも。

 みんなよりも先を走っていたつもりだった。敵と雄英の両方を経験し、二重スパイという大役を買っている私は、みんなよりも一歩さきにいるのだと。ずっと、逆走をしているだけだったのに。


「両刃少女、それは……」

「それは違うよ、両刃さん……」

「! 緑谷少年」


 いつから起きていたのだろう。寝ていたはずの緑谷君が目を開き、ゆっくりと上体を起こす。そして私の目を真っ直ぐに見つめ、苦しそうに、にかりと笑った。どこか、オールマイトに似ている笑顔だった。


「僕が敵に向かって個性を使おうとした時……君は先を見越して飛び出してきてくれた。僕の力が敵に通用しなかったと分かった瞬間、僕を庇って間に入ってくれた……! これが……」

「………………」


「これが、ヒーローじゃなかったら、何だって言うんだ……!」



 ぱちり、と光が見えた。それは彗星の如く視界の端を流れて、どこかへ消えた。

 ──そこで倒れてるイレイザーに目もくれずに俺に向かって飛び出してきたお前は、一体何なんだ?

 ──これが、ヒーローじゃなかったら、何だって言うんだ……!

 本当に、好き勝手に言ってくれる。敵も、ヒーローも。

 顔を見られたくなくて、緑谷君とは反対方向を向いた。寝心地が良いとは言えない枕に顔を埋める。


「……本当に、自分勝手ね。敵も、ヒーローも。自己中な奴らばっかり。都合のいい方にばっかり解釈して」

「うっ……それは、えっと、否定できないかも……」

「……良いとか悪いとか、ヒーローとか敵とか、よく分からないけど」


 私をヒーローではないと言った彼の顔が思い浮かんだ。彼に対する憎しみは、まだ消えない。弟が帰ってくるその日まで、消えることはないだろう。

 けれど、もうこれ以上、怒り炎に飲み込まれないように。私が、私であれるように。


「もうちょっとだけ……考えてみる」


 顔は見えないけど、オールマイトも緑谷君も微笑んだ気がする。本当に、気がするだけ。それだけ言うとなんだか眠くなってしまって、私の意識は降下し始めた。

 ああ、でも、今日は少しだけ、ゆったり眠れそうだ。

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