ああまた言い逃げか
「死柄木という名前……触れたモノを粉々にする"個性"……20代~30代の個性登録を洗ってみましたが、該当なしです。"ワープゲート"の方、黒霧という者も同様です」
USJでの事件から数日後。雄英の会議室にはプロヒーロー数名と警察の人間が集められ、敵に関しての情報共有が行われていた。USJ襲撃はニュースでも取り出されており、多くのプローヒーローを輩出する遊泳としては、生徒達の安全も然り、教育機関としての信用を落とさぬためにも早急に事態の解決に進まなければならなかった。
「両刃さんから見て、死柄木弔という男は一体どういう人物だい?」
敵へのスパイとして動いている私も、当然のように召集がかかった。本来授業に出席しなければならない時間だが、USJでの怪我の経過を見に病院へ行ったということになっているらしい。
まるで尋問のようだ、と密かに思いながらも、私は口を開いた。
「性格に関して言えば、彼の精神年齢はかなり幼い方かと。けど、人員の配置など……大雑把に言って、戦術に関しての機転はかなり効きます。おそらく……彼の"先生"によるものでしょう」
「"先生"……?」
「彼には、先生と呼んで慕う人がいます。けど、故意的でしょうが、彼はその"先生"と私を接触させないようにしている節があって、残念ながら先生に関しての情報は、まだ……」
いつだっただろうか。まだ私が雄英に入学する前に、死柄木が「先生に相談する」と呟いていたのを思い出した。当時から私の知らない協力者か誰かだろうと思っていたが、今思えば、今回の雄英襲撃もその先生の指導の元だったのかもしれない。
「私も両刃少女の見解には概ね同意見だ。"もっともらしい稚拙な暴論""自分の所有物を自慢する"。思い通りになると思っている単純な思考。襲撃決行も相まって見えてくる死柄木弔という人物像は……」
幼児的万能感の抜けきらない、"子ども大人"。あり大抵に言えば、"大人になりきれなかった子ども"。オールマイトは死柄木をそう評価した。ヒーロー活動ではなく、プロヒーローとしての見解、対策を共有するだけの場であるためか、オールマイトはいつものように
逞しい姿ではなく、少し握ったら折れてしまうのではと思うほど細い元の姿に戻っている。(本人はこちらの姿のことを"トゥルーフォーム"と呼んでいたが)
死柄木のような人物が現れた事自体も充分危ういが、最も危惧するべきは、そのような人物に惹かれ、付き従う人物が増えてきているという社会全体の空気だ。超常社会の陰に巣食う悪意は肥大化し、やがて目指できないほどまでに膨れ上がる。そうなる前に対処し、ひとつひとつの種を摘み取っていくのが、ヒーローと警察の役目なのだ。
「なら……両刃少女の諜報活動についてはどうでしょう?」
死柄木や敵連合についての話がひと段落ついたところで、オールマイトがそう投げかけた。
「オールマイト……?」
「両刃少女。君はとても心が強い。けれど、いくらそうは言えど、やはり君はまだ15歳だ。ひとりの子供に重圧を背負わせるようなことは、ヒーローとしてではなく、大人としても見過ごすことはできない」
ここに集まった人物の中で最も私と付き合いの長いのはオールマイトで、最も私の身を案じているもオールマイトだ。彼は元々、私の諜報活動には反対派の人間であった。敵が動き、この先も活発化すると見込める以上、危険な場所に私一人を放り込むわけにはいかないと、彼が言い出すのは予想できていた。
「……オールマイト。私の目的は、私の弟を取り返すこと。未だに何の情報も掴めていない以上、ここで引き下がることはしたくありません」
「だが……」
「ここでスパイをやめさせられても、私は一人でも敵に近づきます。それが私の目標で、悲願で……」
「……」
「生きる、意味です」
***
結局、私のスパイの件は現状保留ということで話はつき、会議は終わった。つまりは、この先スパイとして警察がサポートを続けるかどうかはわたし次第という訳だ。
教室に戻ると丁度HRを行っているようで、何やら騒がしかった。非常に明るいクラスではあるのだが、同じ階に来ただけで聞こえる歓声とは一体どのような内容なのだろうか。私は後ろのドアからそろりと入るが、ドアを開けた瞬間にクラスの視線が注目して、どこかむず痒さを感じた。
「両刃! 病院は終わったのか!?」
「病院……? ……ああ、そうね。ええ、一応」
上鳴君にそう声をかけられ、一瞬疑問符が浮かんでしまった。が、そういえば病院へ行ったことになっていたなと思い出し、多少ぎこちなさはあるが肯定しておく。
教壇を見ると、相澤先生が立っていた。全身包帯だらけで、なぜ教壇に立っているのかが不思議でならない。相澤先生はそんな私を見て「何してる、早く座れ」と声をかけてきたので、大人しく従っておいた。
正直に言って、まともに相澤先生の顔が見られない。彼がここまで包帯を巻かなければならなくなった責任の一端は、私にあるのだ。私が彼を助けなかった。だから彼は大怪我を負った。
なんとなく、気が引けた。
「……で、今はどういう状況なの?」
「今、相澤先生から雄英体育祭のお話を伺っていたところですわ」
「体育祭……そういえば、雄英の体育祭は全国的に有名なんだっけ」
「有名なんてもんじゃねーよ! なんたって、プロヒーローもスカウト目的で注目するんだからな!」
「ふーん……」
八百万さん、切島君が説明をしてくれたため、大体の内容は掴めた。雄英体育祭。かつてのオリンピックに代わる年に一度の催しが迫っているとのことだ。しかもそれはプロヒーローを含むヒーロー業界関係者も注目しており、そこで優秀な動きを見せた者は後日プロヒーロー直々にスカウトが来ることもある。ヒーローを目指す者としては、自分の能力をヒーローにアピールするビッグチャンスなのだ。
しかし何度も言うが、私自身、プロヒーローになる気は微塵もない。負けるのは嫌だが、変に注目を集めて敵連合との繋がりを暴かれても困る。
適当なところで負けて、退場するか……。
体育祭での立ち振る舞いと、敵連合。頭を占めるのは死柄木の事ばかりで、HRの内容はさっぱり入ってこなかった。
気づけば放課後で、わいのわいのと体育祭についてを話しながら下校準備をしている。ふと、ポケットに入っている携帯電話が震えたのが伝わった。取り出して画面を開くと、着信に「死体男」の文字が飛び込んできた。はあ、とため息をついて、画面を消す。放課後は家に直帰しようと思ったのだが、予定変更だ。スクールバッグを雑に掴み、教室の外へ出ようとする。が、
「何ごとだあ!?」
教室の出入口付近を、他クラスの生徒がわらわらと束になって塞いでいた。
「出れねーじゃん! 何しにきたんだよ」
「敵情視察だろザコ。敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。
体育祭の前に見ときてえんだろ。意味ねェからどけろモブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!」
明らかな敵意を向ける他クラスの生徒たちに、爆豪がヅカヅカと寄ってそう吐き捨てた。飯田君が後ろの方で爆豪を注意しているが、当の本人はガン無視を決め込んでいる。
「どんなもんかと見に来たがずいぶん偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は皆んなこんななのかい?」
「ああ!?」
「爆豪と一緒にされるのは納得行かないわね……」
「両刃さん、今は押さえて……!」
つい口からこぼれてしまった私の言葉を、緑谷君がなだめる。爆豪に聞こえては大変だが、幸いなことに彼の耳には届かなかったらしい。
集団の中から一人がズイ、と出てきて、「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅しちゃうなぁ」と爆豪を煽るようにそう言い放った。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴けっこういるんだ。知ってた?」
「?」
「体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって」
紫色の髪を逆立てた彼がそう言ったことで、彼の目的はなんとなくだが察した。
おそらく彼は雄英のヒーロー科試験を受け、落ちたのだろう。一般入試は巨大ロボを相手にする戦闘形式の入試だった。彼の個性が何なのかは知らないが、個性によっては不利になる試験だ。私の場合はサイコキネシスが万能タイプの個性であったから難なくクリア出来たものの、例えば治癒等の人間にしか作用しない個性の場合、ロボットの前ではただの無個性と何ら変わりはない。
「敵情視察? 少なくとも
普通科は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつー──宣戦布告しに来たつもり」
彼の瞳は、明らかに敵意を孕んでいた。
普通科の彼に続くように、「隣のB組のモンだがよう!」と、全身が金属で覆われた人物が声を上げる。
「敵と戦ったっつうから話聞こうと思ったんだがよう! エラく調子づいちゃってんなオイ! 本番で恥ずかしい事んなっぞ!」
A組全体の空気が、ビシリと固まった。まさか、同じヒーロー科のB組からもこうしてヘイトが集まっているとは。
そのヘイトを集めている中心人物はてっきり怒りが頂点に来て爆発でも起こすかと思われたが、やけに静かだった。何も言わずに、集団を押しやって一人で帰ろうとするのを、切島君が呼び止めた。
「待てコラどうしてくれんだ! おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!」
「関係ねえよ……」
「はあーー!?」
「上に上がりゃ、関係ねえ」
爆豪はそれだけ言って、スタスタと立ち去ってしまう。堂々とそう述べる姿にはどこか貫禄のようなものが感じられた。
攻撃したら爆破、助けても爆破、何をしてもまるでコミュニケーションのように爆破をしてくるのが"爆豪勝己"という人物であった気がする。少なくとも、USJで私と口論をした彼や、そのもっと前、戦闘訓練で緑谷君と戦った彼はそうであったはずだ。
爆豪に対してのブーイングが多く聞こえたが、A組からは賞賛の声も聞こえていた。とりあえず、ここにいても何の意味もないため、私も帰ろうと集団の中に割って入る。
「私帰りたいんだけど。どいて」
「あっ、お前両刃要だろ! USJで敵のボスと戦ったっていう!」
「そうだけど、それが何?」
死柄木と戦ったことが他クラスの噂になっているらしく、非常に不快だ。
「あのねえ……私は
雄英に、競争しに来た訳じゃないの。宣戦布告だろうが下克上だろうが、どうだっていい」
「へえ……まるで、自分は絶対にヒーロー科から落ちないとでも言うような言いっぷりだね。……そんなに自信があるんだ」
「……好きに受け取ったら」
普通科の彼の挑発的な態度に腹の底がフツフツと煮えたてかけたが、なんとか鎮めた。怒りを解放して良い事は無いと、USJで嫌という程理解している。
それ以降は私も何も言わずに、足早に正門へと向かった。
ああ全く、気分が悪い。