踊るか殺すか






 霧が晴れたと思えば、次の瞬間には落下の感覚が全身を襲っていた。下を見れば瓦礫の山で、叩き落とされては一溜りもない。すぐ近くで共にワープゲートに飲みまれた影響で、私の隣では切島君が落下している。私は切島君に手のひらを向け、個性を使った。

 私の体と切島君の体が、落下を止め宙に浮遊する。本当に、この「サイコキネシス」の個性は便利だ。


「おぉ!? サンキュー両刃!」

「ハァ……個性解除するわよ。ちゃんと着地してよね」


 一度落下を停止させ勢いにブレーキをかけることができれば、着地は容易い。私も切島君も、再びの落下に特に驚くことも無く、トン、と地面に足をつけた。


「ここは……倒壊ゾーン? かしら」

「みてぇだけど……あっ、あそこで戦ってるのって……!」


 周囲は瓦礫の山で、非常に足場は悪いが視界は良い。あまり移動しなくとも遠くの様子が確認でき、目をやった先で派手な爆発が怒った。この爆発には、見覚えしかない。


「爆豪……!」


 爆豪君が、敵に囲まれて交戦をしていた。どちらかと言えば爆豪君の方が優勢で、敵側が敗れるのは時間の問題に見える。しかし、それでも同級生を放っておかないのが切島君だった。

 切島君が飛び出して爆豪君に迫る攻撃を防ぎ、横に並び立つ。爆豪君が文句を言っているようだったが、「スマン!」と一言言って笑った。


「! 狙撃手……!」


 二人が交戦している場所から遠く離れた場所で、敵の一人が彼らに向けて氷を生成しているのが見えた。私は個性で体を二人の元まで移動させ、そして腕を掴んだ。


「ぅお!?」

「ぁあ!?」


 反発する声が聞こえたが、お構い無しにまた個性を使い、偶然近くにあった屋内へ退避した。私が腕を掴んでいるため、私の体につられて二人の体も屋内に入れられる。直後に氷の矢が飛んできて、数刻前まで私達が立っていた場所に突き刺さった。

 個性を解除すると、勢いを止められなかった二人がゴロゴロと床を転がり、壁にぶつかって止まった。私は何とか壁にぶつかる前に床に足をつき勢いを殺せたが。


「………………テメェ…………何しやがるこのサイコ女!」

「助けてあげたのにその言い草はないでしょ……!? むしろ感謝して欲しいくらい……っていうか、そのサイコ女って何よ!」

「テメーなんざサイコ女で十分だ! あの程度の矢、俺一人で防げたんだよ……!」


 起き上がった爆豪君が、両手を爆発させた。その爆発は感情の起伏によって自動的に出る仕組みになっているんだろうか。

 とはいえ、せっかく助けてあげたのに文句を言われるのは、いくら私といえども気に触る。頬がピク、と痙攣するのがわかった。


「爆発しか脳のない奴がよく言うじゃない……! まあ、わんちゃんが線香花火咥えてキャンキャン吠えたところで、別にどうってこともないけど」

「両刃、爆豪も、それくらいで……」

「誰が犬っコロだ……! テメーこそ個性防御にばっか使いやがって、一体何にビビってんだ、ァア!?」


 爆豪がそう口を開いた瞬間、彼の足元に鉄柱が突き刺さった。動かしたのは、紛れもなく、私。



「ビビってなんかない……ッ!!」



 私の叫びに、切島君も爆豪も、言葉を失ったように動きを止めた。

 そう、ビビってなんかいない。怖くなんてない。全て、爆豪の妄言だ。

 私はくるりと振り返り、出入口へ向かう。


「おい両刃、どこに……!」

「広場。敵のボスを押さえる」


 切島君が呼び止める声が背後から聞こえたが、無視して建物を飛び出した。

 当然建物を囲むように敵が待ち伏せていたので、手を構える。見える中で一番図体の大きい者を探し、手のひらをそいつに向けた。そして空を切るように、手を横にスライドさせる。サイコキネシスを向けられた敵はまるで私の手から見えない糸で繋がれたように、全身を味方の敵に次々と打ち付け、薙ぎ払う。

 開いた隙間を、個性を使って突き進む。段差を飛び降り、斜面を滑り降り、真っ直ぐに、死柄木の場所へ。


「死、柄木ッ!!」


 周辺は戦闘の跡だらけで崩壊した瓦礫も多く、攻撃の手段には困らなかった。適当な瓦礫を個性で浮かせ、死柄木目掛けて飛ばす。生憎寸前で死柄木が避け、瓦礫が当たることはなかったが。


「……は? ……ああ、そうか。お前、このクラスにいたんだったな」


 ボソボソと喋りながら服に着いた塵を払うが、その視線はずっと私に注がれていた。


「…………で? 今の攻撃……まさか、寝返るとでも言うのかよ?」


 ギン、と睨まれ、足が竦む。爆豪の言葉が私の頭に呼び起こされ、必死に払った。


「今の私は、ヒーロー科よ!!」


 ワープゲートから現れた死柄木の姿を見た時、好機だと思った。今の私なら──ヒーロー科である私ならば、ここで死柄木に攻撃をしたとしても何の問題もない。ヒーローが敵を倒すのは至極当然のことである。何の心配もすることなく、ただ私の中に燃える復讐に身を任せれば良い。まさか、こんなにも早くオール・フォー・ワンに近づく機会が訪れるとは!

 事態の収束に当たるならば、唯一の出入口である黒霧を捕らえることが最善であることなど分かっていた。けれどそれでは、私は何のためにヒーロー科ここに来たのか。

 全てはオール・フォー・ワンのためだ。死柄木を捕え、オール・フォー・ワンの居場所を聞き出し、そして殺すために。

 あの男オール・フォー・ワンを殺すために、ヒーローになる。


「はは、ははははは……そうだよなぁ……お前は今はヒーローの卵だ……なら、俺らを捕まえるのは当然だよなぁ……」


 死柄木がガリガリと首筋をかく。


「でもなぁ……お前、後ろに気づかないのはヒーローとしてどうかと思うぜ」

「後ろ……?」


 後ろから何かが近づいてくる様子はない。攻撃が飛んでくる気配もない。ただただ不思議に思い、後ろを振り返り、そして目を見開いた。



「困ってる人を助けるのがヒーローなら……そこで倒れてるイレイザーに目もくれずに俺に向かって飛び出してきたお前は、一体何なんだ?」



 私の背後で、相澤先生が異形の敵に組み伏せられていた。


「せん、せ……」


 全身に冷水を浴びせられた気分だ。そこで初めて、自分がこれまでにない程に正気を失っていたことに気づいた。

 相澤先生は全身傷だらけで、見るからに重傷だ。所々皮膚が崩壊している箇所があるため、死柄木と異形の敵との連戦だったのだろう。そんな相澤先生を無視して、私は。

 私は。


「両刃さん!」


 ふと緑谷君の声が耳につんざき、相澤先生から目を離し死柄木を確認する。しかし私が前を向いた時にはもう死柄木は距離を詰め、私に向かって手を伸ばしていた。

 腹に衝撃が叩き込まれ、私の体は数メートル程吹っ飛ぶ。壁に打ち付けられ、身体中が悲鳴をあげた。酸素を求めて咳き込む私の顔スレスレに、ダン、と死柄木の足が置かれる。


「ヒーローの巣窟にいて、自分までヒーローの卵だと勘違いしたか? 少なくとも、あそこでイレイザーを庇わなかったお前はヒーローじゃねえよ」

「………………」

「ヒーローのフリはそこそこ上手かったが、お前の根幹にあるものは敵だよ。雄英ここにお前の居場所はない。お前が帰ってくる場所は、俺だ」


 死柄木の言葉のひとつひとつが私の胸に突き刺さって、心臓を貫く。ビビってなんかない、と大口を叩いたのは誰だったか。

 ああ、やっぱり、ビビってたんじゃんか。

 始まりは、一体何だっただろうか。クソみたいな両親がヒーローの殺され、弟が敵に連れ去られ、敵とヒーローの二重スパイをし。私は、どこへ向かっているんだろう。その考えは、きっと、ずっと昔からあったのだ。そこにあった疑問の答えを見つけられないから、疑問自体をなかったことにして、引き出しの中に隠した。

 視界が揺れる。鞭打てば動く四肢も、なんだか動かす気力が無くなってしまって。ああ、このままずっと、眠っていられたらいいのに、と。そう思った。

 ──火花が見えた。その線香花火は徐々に大きくなり、轟音と共に私の目の前までやってきて──大きな爆発を生んだ。


「何寝てやがるサイコ女!」


 思いがけぬ爆発に、死柄木は怯んだ。一歩下がり、防御をするために距離をとる。

 赤い瞳に睨まれ、私の視界がパッと開かれた。爆豪勝己。天上天下唯我独尊を体現したような、向上心とプライドだけで作ったような男。本当に、気に食わない。馬が合わないとでも言えばいいのだろうか。たとえ世界が終わろうと、この男と仲良くする未来なんてないだろうな、とそう思う。


「……偉そうなこと、言わないでよね!」


 けれど、何故だろうか。体に鞭を打つ気なんてまるでなかったのに、今は体が軽い。負けたくない。そんな気持ちが、今は頭の中を占めていた。


「お返しよ」


 震える手を死柄木に伸ばし、個性を発動させる。彼の体はサイコキネシスで奥の壁へと引っ張られ、私と同じように打ち付けられた。

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