くだらぬ思念に体温は上がる






 スタートと同時に、全員がスタジアムの外へと飛び出す……はずだったが、そうは問屋が卸さない。先頭組は次々と進んでいくが、後方の生徒にとっての第一関門はまさにここ、スタート地点と言ってもいい。

 この出入口は、とにかく造りが狭い。雄英がこんな設計ミスを犯すはずはないので、最初からこのゲートをふるい・・・として使う予定だったと考えるのが妥当だ。みるみるうちに増加する人口密度に、動けなくなる生徒が続出する。

 そんな中、足元にひやりと冷気を感じた。それは一瞬のことでほぼ直感だったが、咄嗟に個性で自身の体を浮かす。刹那、地面全体を氷が覆った。こんな芸当をやってのけるのは、一人しかいない。


「甘いわ轟さん!」

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!」


 轟君の個性で足を凍らされ、それを間一髪で逃れても摩擦の無い氷のリンクで転倒する生徒が多い中、A組の生徒の多くは自らの個性でそれを防ぎ、轟君の後に続く。やはり、彼の個性を知っており、尚且つ初回のヒーロー基礎学での彼の功績を目の当たりにしたA組の生徒は、同じ手に二度も引っかからないと何らかの対策は練ったあった。

 爆豪、八百万さん、切島君、麗日さん、そして緑谷君……と、次々と集団から抜け出す背中を見送って、私も移動を開始する。勝つつもりはないが、明らかに意欲無しと分かるような行動をすれば、相澤先生辺りに強制退場させられてしまう。それはそれで、最も不名誉な目立ち方だ。できれば避けたい。

 個性で地震を浮かせて移動すると、ふと真下いた紫色の髪の男子生徒と目が合った。誰かと思えば、わざわざA組に宣戦布告しに来た普通科の彼だ。彼は私の姿を見るなり眉を寄せ、そしてふいと前を向いた。気がかりではあったが、いちいち彼に構っているのは面倒だ。そのまま私も前を向いて、生徒たちの頭上を飛び先へ進む。

 が、生徒たちの集団を抜けると、少し先の生徒達が足を止めているのが見えた。


『さあいきなり障害物だ! まずは手始め……第一関門、ロボ・インフェルノ!』




***




 人間の身長など優に越す程の巨大な機械が、生徒たちの行く手を阻んでいる。ざっと数を数えるが、20は下らないだろう。「入試ん時の0P(ポイント)敵じゃねえか!」と誰かが叫んだのが聞こえた。


「入試ん時のって……そんなの私知らないわよ……」


 私の入学は、雄英にとって少々特殊なものだ。雄英の入試が"推薦枠""一般枠"に分かれているとすれば、私は言わば"特別枠"。今年のヒーロー科入学者数が41名と中途半端な数になってしまったのは、その為である。二重スパイの話が決まった段階で、他の生徒とは一線を有していたのだ。勿論、この話は私と雄英関係者だけの機密事項となっている。

 そして枠が違えば、入試の内容もまるで違う。今年の推薦入試は筆記と3kmマラソン、一般入試は筆記と仮想敵との戦闘。そして私の場合は、プロヒーロー3人を相手にする鬼ごっこであった。

 二重スパイの取引がなければ、私は裏口入学も同然だった。実を言うと、私の入試を行った段階で既に、私の合格は決まっていたのだ。それを何とか入学試験としての体裁を保ち、尚且つ私が敵に潜り込むに相応しい人物かどうかを見る──今思えば、入試と言うよりは私のスパイとしての適性を見るテストだったのではないだろうか。

 やや話が逸れたが要は私は、あの巨大な仮想敵は完全に初見だと言うことだ。

 けれど、見るからに動きは遅い。私の個性があれば攻撃は余裕で避けられる速度で、移動もほぼ無い。初めは少し警戒したが、本物の敵を相手にする程の緊張感はなかった。

 前方で、轟君がロボごと凍らせるのが見えた。それを好機だと次々と生徒が続いたが、轟君が後続の生徒たちにわざわざ道を作ってやるような真似をするとは思えない。予想通り、直後にロボは崩壊した。

 崩壊したロボに生徒達が逃げ惑っている間に、ロボの上空を爆豪、瀬呂君、常闇君が通り抜ける。てっきり爆豪は正面から爆破して切り抜けると思っていたのだが、戦闘を避けるのは少々意外だった。


「両刃、何やってんの! 早く行かないと!」


 そんな考えにふけっていたが、耳郎さんの声で意識が浮上する。轟君と爆豪達の様子を見て対策が思いついたのが、徐々にロボの集団を突破する者が増えてきていた。


「でもなあ……」


 死柄木との会話が思い起こされる。私は体育祭で、早々に敗退する予定だ。それならば、ここでロボに足止めを食らっていて辿り着けなかったというシナリオでも良いはずだ。──ただし、それは確実に相澤先生の反感を買うだろうが。

 死柄木との約束を反故にするつもりはない。テレビで取り上げられるのは御免だ。が、相澤先生に目をつけられてヒーロー科を除籍にされても困る。彼は見込みなしと判断すれば、たとえ二重スパイという事情があったとしても除籍処分にするだろう。

 どうしたものか、と唸っていると、地上から声が聞こえた。


「あっれー!? 君、A組の人だよねー!?」

「…………」

「あの敵の襲撃を乗りきったA組が、こんな所で足止めを食らってるのかい!? あの優秀なA組が!? おっかしいなー!」


 わちゃわちゃと、雑音が聞こえた。そのお喋りな口を今すぐ黙らせてやりたい。私を見上げ次から次へと言葉を吐き出す顔には、見覚えがあった。物間寧人。同じヒーロー科で、隣のB組の人物だ。




「………………………………はぁ……!?」




 取り敢えず、言い返したい言葉は沢山あった。けれどその全てが上手く出てこず、代わりに私は言葉にもならない声を吐き出す。

 私が言葉を発した瞬間、緑谷君の喉がひゅ、と鳴る。物間の顔が一瞬凍りつき、私は自分にかけた個性を解除、自由落下する身体を両足で着地した。


「ちょ、ま、両刃、落ち着けってなぁ……?」

「ここまで煽られて引き下がるなんてできる訳ないでしょ黙っててよ!!」

「沸点ひっく!! 爆豪並の速度でキレてんじゃん!!」


 落ち着けと上鳴君が私の肩を掴んでくるが、落ち着いていられるかという話だ。彼の手を振り払い、すたすたとロボの前に歩み出る。途中で上鳴君と同じように止めに入る者がいたが、ギン、と睨むと皆手を引っ込めた。

 ロボが私の姿を検知し、巨大な腕を振り上げて私に向けて下ろす。「危ない!」と誰かが叫ぶが、私はお構い無しに左手を向けた。


「邪、魔」


 個性を発動すると、ロボは簡単に動きを止める。そしてそのままロボを宙に浮かせ──他のロボの集団に向かって放り投げた。

 轟音と共に、2体のロボがぶつかり合い大破する。さらに別のロボ2体を個性で浮かせると、今度は空高く放り投げた。私はその間に自身に個性を使い、宙を滑る。


「……なんだかよく分かんねえけど、道が開けた! 今のうちに……」

「そこ、通らない方が良いわよ。丁度その辺……」


 多分、落ちてくると思うから。そういう暇もなく、私の後に続こうとしていた男子生徒は足を止めた。やっと上空の状況に気がついたらしい。


「!? なんだこれ……ロボのパーツが、落ちてくる……!!!」


 最初の攻撃で、ロボ同士をぶつけたらどうなるのかは確認した。次の攻撃で放り投げた2体ははるか上空で追突し、そのまま大破した。ロボを通り抜けるのは簡単だが、後続への妨害を……特に、私を煽ってきた金髪クソ野郎へのお礼は忘れてはいけない。時間差で大破したロボの部品が雨のように降り注ぎ、暫くは通れないだろう。


『降り注ぐロボパーツの雨! なんだあれハンパねぇ!!』


 プレゼント・マイクの実況をBGMに、私は空を飛ぶ。まずは先頭に追いつくのが先だ。

 死柄木の約束など知ったものか。どうせ第二、第三種目もあるのだから、次で敗退すれば問題はない。

 今はただひたすらに、勝ちたかった。


「…………見えた!」


 先頭は轟君、次点で爆豪。二人の距離はまだ開いているが、上空から見ると爆豪の方が速い。追いつくのは時間の問題だろう。


『オイオイ第一関門チョロいってよ! んじゃ第二はどうさ!? 落ちればアウト! それが嫌なら這いずりな! ザ・フォール!!』


 ロボの集団を抜けると、崖と崖が綱1本で繋がっているエリアに出た。落ちれば当然失格、生徒は己のバランス感覚のみで綱渡りをし、先へ進めというものだった。が。


「そんなの……私には関係ない!」


 落ちたくないのなら綱を渡れ。しかし、必ずしも綱を通らないといけないとは言われていない。私はスピードを緩めることなく個性で空を飛び、ゴールを目指す。


『1-A両刃! 断崖絶壁なんて関係ねえ! 当然のように空を飛んで突き進む!』


 轟君は既に第二関門をクリア、爆豪ももう時期このエリアを抜ける。あと少し加速をしたいが、余りにも速度を上げると空気抵抗で上手くコントロールができず、最悪場外へコースアウトしてしまう可能性もある。加速は我慢し、とにかく進むしかない。


『そして早くも最終巻門! かくしてその実態は──一面地雷原! 怒りのアフガンだ!』


 どうにか第二関門を突破すると、一面何も無い、開けた場所に出る。が、プレゼント・マイクの説明を聞く限りただのグラウンドではないらしい。

 このエリアのあちこちに、威力を抑えた地雷が埋められている。その地雷を避けながら進むといった内容だった。


「……雄英、来年の種目は練り直した方がいいわよ」


 地雷を踏みたくないのなら、最初から地面等踏まなければいい。第二の時と同じく、個性を上空を飛ぶ。第一第二、そして最終。どれもが私の独壇場な種目だ。もっと早くに動き出していれば、今頃轟君の前を飛んでいたかもしれない。


『ここで先頭が変わったー!! 喜べマスメディア! お前ら好みの展開だぁぁ!!』


 前方で、爆豪が轟君に追いつくのが見えた。こうなっては、もう出し惜しみなどしていられない。死柄木のことなど完全に頭から抜け落ちている私は、コースアウトする可能性も無視して加速させ……二人に追いついた。


「やっと、追いついた……!」

「チッ、クソサイコ女ァ……!!」


 私が追いつくことは予想していなかったのか轟君は目を開き、爆豪は笑う余裕もなく私を睨みつける。私は自身の個性を解除し、二人の肩を掴む。そして同時に、個性を発動させた。


「!?」

「んだ、これ……最後の最後でムカつくことしやがるなぁオイ!?」

「うっさいわね! 個性の扱い方はそれぞれ、でしょ!」

『またしても急展開! 両刃が轟爆豪を足止めしてトップに躍り出る!! なんだコレ! 展開が全く読めねえ!』


 ゴール目前という所で二人に個性を使い、動きを静止させる。残りの数十メートルは自分の足で走らなければならないが、ここで確実に距離を引き離して起きたい。個性を二人に使い続けるために手はずっと後方へ向け、目は足元の地雷を見分け、足はグラウンドを駆け抜ける。こんなにも忙しない動きは初めてだ。

 が、後方で一際大きな爆発音が聞こえた。最初は爆豪かと思ったが、彼は私の個性で動けないはずだ。ならば他の生徒が地雷を踏み抜いたのか、と思った瞬間、私を照らしていた日光が突然遮られた。


『A組緑谷、爆発で猛追──っつーか! 抜いたあああああー!!』


 爆風に乗って飛んできた緑谷君と、目が合った。そんな、どうして。彼はかなり後方に居た筈じゃ。


「デクぁ!!」

「!」

「俺の前を、行くんじゃねえ!!」


 爆風で体制を崩し、轟君と爆豪に向けていた両手が逸れてしまう。それの好きに爆豪が個性で大爆発を起こし、あっという間に私を抜いた。その目はひたすらに、緑谷君に注がれている。

 拘束から解かれた轟君も緑谷君に抜かれた今、後続を気にしている余裕はないと氷で地面を覆い地雷を凍てつかせ、緑谷君を追う。ああ、いけない。私ももう妨害をする事など頭に無く、個性で自信を浮かせて空を飛び、緑谷君を追った。

 緑谷君、轟君、爆豪、私が並ぶ。緑谷君だけが唯一空中で体制を崩し舷側し始め、先頭は3人の内の誰かになる、と思われたが。


「ごめん、両刃さん!」

「!? っ、きゃ!?」


 緑谷君が空中でぐるんと身体を回し、爆風で飛ばされてきた時からずっと掴んでいたロボのパーツを、私の真下の地面に叩きつける。そしてその場所を見て、私はサッと血の気が引いた。

 そこは。その場所には・・・・・・地雷が埋まっている・・・・・・・・・


『緑谷、間髪入れず後続妨害! なんと地雷原即クリア!』


 真下で爆発が起こり、咄嗟に両手で身構えて爆風から身を守った。しかし緑谷君はさらにその爆発に乗って前へ進み、あっという間に私と距離を引き離す。真下で爆発させられた私とは違い爆豪と轟君は振り返ることなく前へ進む。私も再度個性を使い3人を追いかけるが、彼らに追いつくことは、終ぞ叶わなかった。


『さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!? 今一番にスタジアムに還ってきたその男──緑谷出久の存在を!』

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