廃残






「はぁっ……はっ……」


 結局、1位は緑谷君。2位3位は轟君と爆豪で、私はその二人に続いて4位だ。スタジアムの熱気が緑谷君に注目する中、私は一人頭が冷やされるようだった。


「両刃さん!」


 緑谷君がそう私に呼びかけた。正直息が切れて言葉を返すどころじゃない私は、返事代わりに一瞥する。


「ごめん! 両刃さんの真下に地雷があるって分かってたんだけど、それ以外に方法がある思いつかなくて……!」

「……別に、気にしてないわよ。思いついたもん勝ちでしょ、こういうのって。私だって、個性で轟君と爆豪足止めしてたんだし」

「両刃さん……?」

「残りの体育祭、頑張ってね。爆豪(あいつ)が勝つよりは、君が勝った方が私も気分良いし」


 それじゃ、と告げて緑谷君に背を向ける。なるべく一人になれる場所に行こうと足を動かすが、「待って!」と呼び止められた。


「両刃さん……あのさ、……何か、あった?」

「…………ないわよ。なんにも」


 それだけ返すと、今度は緑谷君も何も言ってこなかった。

 何を熱心になっているのだろう、私は。簡単に煽られて、簡単にキレて、最初に決めた事すら守れず、必死になってやった結果がこのザマ。何一つ貫けず、中途半端に空中浮遊。

 なんて、なんて。


「……超かっこ悪いじゃない、私」




***




「予選通過は上位42名! 残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい! まだ見せ場は用意されてるわ!」


 障害物競走が終わり、次の種目の説明に移る。私の順位は4位なので、問答無用で次の種目も出場だ。


「そして次からいよいよ本戦よ! ここからは取材陣も白熱してくるよ! キバりなさい!」


 再びステージ中央のスクリーンに注目が集まる。「コレよ!」とミッドナイト先生が叫んだ瞬間、スクリーンの文字は"騎馬戦"を映し出していた。

 この種目は、先程の障害物競走と違いチーム戦だ。上位42名の参加者は2~4人のチームを組み、騎馬を作る。正し、参加者にはそれぞれ、第一種目の順位に応じてポイントが振られており、その合計点がその騎馬の初期の保持ポイントとなる。つまりは、組み合わせにより騎馬のポイントに差があるのだ。参加者はそれを考慮しつつ、自分の個性と相性の良い人物を探さなければならない。


「そして与えられるポイントは下から5ずつ! 42位が5P、41位が10P……といった具合よ。そして……1位に与えられるポイントは、1000万!」


 周囲に戦慄が走る。1000万Pなど、そのハチマキ1本保持すれば余裕で1位に躍り出ることが出来る。その爆弾を抱える事となった本人、緑谷君は汗をダラダラと流して「……1000万?」と掠れた声を絞り出した。

 上位の者ほど狙われる、下克上サバイバル。全生徒、否、このスタジアムにいる全員の視線が、緑谷君に注がれる。


「うわ……かわいそ……」

「両刃がそう言うのは相当だな……」

「何よ。文句ある?」

「アッ、イエ、何でもないデス」


 じろ、と上鳴君を睨めば、彼は身を縮こませて息を吐いた。隣の切島君とも目が合うが、彼は苦笑いをしつつ目を背けた。瀬呂君も同様だ。爆豪派閥の皆は私の事を何だと思っているのだろうか。


「それじゃ今から15分! チーム決めの交渉タイムスタートよ!」


 ミッドナイト先生の一言により、ざわざわと皆が動き出す。

 当然障害物競走の成績が良い者同士で組んだ方が有利な状態からスタートできるが、第一種目のトップ3、緑谷君、轟君、爆豪の三人は互いに闘志を燃やしており、共闘などという言葉は頭にない。人気なのは轟君と爆豪。緑谷君は1000万Pという爆弾を抱えているため、声をかける勇気のある者はあまり見受けられなかった。

 私もそろそろチームを組まなければ。理想としてはここで負けるのが一番なため、私よりもポイントの高い3人と組むことはまずありえない。

 なるべく目立たず、この種目に有利ではなく、最終種目にまで届かなそうな人物を──


「ねえ」

「何よ──」


 ──記憶は、そこで途切れた。




***




「ご苦労様」


 ぽん、と肩に手を置かれて、意識が浮上する。

 周囲を見渡すと、私はスタジアムのほぼ中心に、他の生徒たちと同じく立っている。しかし不思議なことに、ついさっきまで私が立っていた位置とは反対方向に移動していた。この一瞬でここまで移動するのは流石に困難だ。私の個性で移動はできなくもないが、だとすれば周囲の生徒が余りにも無反応すぎる。

 私の方を叩いたのは、一体誰だったのだろう。姿を見ていないため、生徒を見渡しても検討がつかない。スタジアム中に視線を泳がせているうちに、ある一点に目が釘付けになった。


「なん、で……」


 ステージ中央のスクリーン。そこには、まだチーム決めの最中であったはずの騎馬戦の結果が表示されており──最終種目出場者の欄に・・・・・・・・・・私の名前があった・・・・・・・・

 まだチーム決めの時間だったはずだ。それがいつの間にか終わり、その間の記憶はなく、最終種目まで押し上げられた。敗退するはずだった筈なのに、何故か第3ラウンドまでの切符を手にしてしまっている。

 一体何故、どうやって。ぐるぐると思考が回り、やがてひとつの仮説に辿り着いた。私は、誰かの個性に利用されたのでは、と。


「…………やってくれるじゃない……」


 利用されるなど、冗談ではない。ましてや、私の意思とは反する行為をさせられるとは。拳を握ると、爪がくい込んで痛みが走った。

 どうして上手くいかない。なんで、私の邪魔をするの。どうして、どうして、どうして。


『一時間程昼休憩挟んでから午後の部だぜ! じゃあな!』


 プレゼント・マイクのアナウンスが、やけに遠くに聞こえた。皆食事をとるためにスタジアムから食堂へ移動するが、私は一人その列から抜けて校舎裏に座り込む。

 散々だ。また怒りに任せて突っ走って、結果は中途半端。最初に敗退するという決まりを破り、第二種目ではよく知らない奴に利用され、最終種目前に敗退するという死柄木との約束も破り。

 頭の中がぐしゃぐしゃだ。今この場で、誰にも知られずに消えてしまえるのならばそうしてしまいたい。ポケットの中の携帯が震え、画面をつける。そこには、「まぬけ」と書かれたメールが1通のみ送られており、差出人は見るまでもなく「死体男」だ。

 死柄木も、私のこの惨状をテレビを通して見ているはずだ。彼は私を嘲ら笑っているだろうか。それとも、いっそ笑うこともせずに見下しているだろうか。


「私だって、本当は……」


 つい口から零れた言葉に、はっと口を押さえる。今、私は何を言おうとした? 本当は、の続きは一体何だった?

 ぐるぐると回る思考をかき消すように、私は立ち上がった。考えるのは、もう放棄しよう。次の最終種目で、負けてしまえば済むことだ。私はなるべく目立たずに、轟君か爆豪の後ろでひっそりと消えてしまえばいい。

 もうおそらく手遅れだろうが、食堂が混む前にささっと食事を済ませてしまおう。そう思って敷地内を進むと、爆豪が壁に背を向けて棒立ちしているのが見えた。


「……何してんのよ、爆……んぐっ!?」

「るせェ、黙っとけ」


 声をかけた途端、爆豪の手が私に伸びて引き寄せられた。背中が爆豪の胴とピッタリと密着し、口を押えつけられているため言葉を発することができない。何事かと爆豪の腕を掴んでどかそうとするが、私よりも実力が上の男の筋力に勝てる理由はない。

 上を向いて爆豪を睨みつけるが、爆豪の赤い瞳は私とかち合うことは無い。ただずっと床を見下ろしている彼が腹立たしくて、私を押さえつける腕に爪を立てようとしたその時。


「個性婚、知ってるよな」


 轟君の声が、すぐ横の通路からここまで届いた。爆豪が私に黙れと言ったのは、もしかして轟君の話をずっとここで立ち聞きしていたからだろうか。

 個性婚というワードは、最新の現代史の教科書ならば取り扱っているものもある程、社会問題となった事象だ。個性の多様化、超常社会が進むに従って、人はより優れた個性を求め、それを自分の子に授けようとした。それ故に、自分の個性と相性の良い配偶者を選び結婚を強いる、倫理観の欠如した思想が生まれるようになった。

 話題となり世間から批判を受けたせいか現在はそれほど多くは行われていないが、それでも個性婚で生まれた子供の数は少なくない。

 轟君は、その個性婚で生まれた子供達の一人だった。聞けば、彼の父親はあのNo.2ヒーローエンデヴァーだと言う。対して、母親は一般家庭の出身。エンデヴァーは地震の実績、金、コネの全てを使って親族を丸め込み、轟君の母を手に入れた。そうして結婚をした両者の間に生まれたのが、轟君だ。

  全ては、己の子を。轟君を、オールマイトを越えるNo.1ヒーローに育て上げるために。


「記憶の中の母はいつも泣いている……"お前の左側が醜い"と、母は俺に煮え湯を浴びせた」


 轟君の顔に残る火傷痕は、彼の実母によるものだ、と。そう聞いて、血の気が引く感覚を覚えた。父と母。思い起こされるのは、かつてヒーローに殺された両親だった。

 両刃家は、暴力によって支配された国だった。国王王妃は常に力を求め、来る日も来る日も人を殺した。その暴力は時に使用人私と弟へと向けられたが、たかが子供が大人に勝てる力など持てるはずもない。痛みに耐え、苦痛に泣き……いつしか、ぷつりと糸は切れた。

 そして数年後、暴力の国を壊したのはさらなる暴力だった。


「クソ親父の"個性"なんざなくたって……いや……使わず"一番になる"ことで、奴を完全否定する」


 轟君の声で意識がこちら側へと戻ってくる。爆豪が私を押さえつける手からは完全に力が抜かれ、だらりと垂れた腕が私の肩にのしかかっている。彼も轟君の生い立ちに動揺したのか、呼吸が浅いのが伝わってきた。


「言わねぇなら別にいい。おまえがオールマイトの何であろうと、俺は右だけでおまえの上を行く。時間取らせたな」


 轟君の声が遠ざかる。私も爆豪も、動けずにそのまま立ち尽くしている。

 個性婚など、遠い世界の話だった。個性の為に配偶者を選ぶなど、そんなことは誰も経験していない。よって、轟君が今まで胸の内に抱いて育ててきた憎悪は、簡単には理解できなかった。


「僕は……ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ……僕は、誰かに救けられてここにいる」


 突然聞こえた緑谷君の声に、目を少しだけ目を開いた。話の流れからおそらく最初から轟君と緑谷君が話していたのだろうが、まさか轟君が話している相手が緑谷君だとは思わなかった。


「でも僕だって負けらんない。僕を救けてくれた人たちに、応える為にも……!」


 僕も君に勝つ。そう改めて宣言した緑谷君の声にはしっかりとした芯のようなものが感じられて、その芯は遠くで聞いていたはずの私にも突き刺さった。

 そうだ。この体育祭は……本気で勝ち残り、優勝をその手にしたい者も沢山いる。その理由はそれぞれ違えど、"勝ちたい"という意思は本物の筈だ。その思いに真正面から立ち向かわないのは、最も侮辱的な行いだろう。

 やがて轟君も緑谷君も立ち去り、残されたのは私と爆豪だけになった。


「いい加減離して頂戴」

「ってェなクソサイコ!」


 ばし、と爆豪の手を払って二、三歩距離を開けたら、彼は脊髄反射のように怒鳴り出した。先程はあんなに大人しかったのに、と思うがそれを彼に伝えたところで火に油だ。

 癇癪を起こした爆豪は無視して、本来の目的である昼食を取りに食堂へと向かう。かなり時間が経ってしまったので、もう席は空いていないだろうか。もしかしたら、そろそろ食べ終わった生徒も出てきて探せば見つかるかもしれない。


「あー! 両刃発見ー!!」

「芦戸さん……?」


 食堂に向かっている最中、芦戸さんに呼び止められた。彼女の後ろには麗日さんや八百万さん達もおり、A組の女子勢で食事をしていたのがわかる。


「探したよー! 食堂見て回っても全然いないんだもん!」

「ちょっと野暮用で……で、なんで私を探してたの?」

「ふっふっふー。それはねー?」


 ……ああ、聞かなければ良かったと後悔する事になるのは、今から数十分後のことである。

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