バッドエンドよ永遠に






 憧れなんて、とっくの昔にテッシュに包んでゴミ箱に捨ててしまっていた。一度は大嫌いとまで豪語したはずの道なのに、数年の時を経てその道に立っているのは、一体どんな皮肉なのだろう。国立雄英高等学校。未来を担うヒーローを育成するヒーロー科が設けられている、数少ない高校だ。そんな学校にヒーロー嫌いの私が通うことになるとは、夢にも思わなかった。

 やはり最難関のヒーロー科ともなれば校内でも特別扱いを受けるもので、入学式もヒーロー科のみ免除、代わりに個性把握テストなるものをグラウンドにて行っている。

 第一種目、50m走。ふくらはぎから排気口が顔を覗かせている眼鏡の少年は、圧倒的な速度でコースを走り抜けた。その後に走った砂色の髪の少年は、両手から放つ爆撃を利用して自身を加速させた。個性の使用が許可されたテストでは、もはや何でもありであり、むしろ自分自身の個性を現段階でどの程度扱えるのかを測るためのものであるらしい。


「次、両刃」


 担任である相澤先生に名前を呼ばれて、スタートラインに立つ。一般的に、徒競走に最適なスタート方法は地に片膝と両手を着くクラウチングスタートであると言われているが、個性を使用するに当たって、そのスタート方法は若干不利になる。そのため、片足を若干下げ軽く踏み込む程度に留める。

 スタートの合図と共に、私は個性を発動した。対象は、私の全身。速く、速く、体を前方に移動させる。両足は地面と接することなく、まるで第三者が体を運んでいるかのように、宙を滑った。


「4秒21!」


 ゴールラインを過ぎたことを確認し、個性を解除する。浮いていた足が途端に重力に従い落下し始め、タン、と着地をすると、背後から「すげー!」「今のどんな個性!?」と声が上がった。

 個性とは、一個人が一つだけ身に宿す、唯一無二のものだ。他人の個性がどんなものであるのか、興味が湧く者も多いだろう。走ったコースの横を通りクラスメイトの元へ戻ると、そのうちの一人が駆け寄ってきた。


 「ちょっとちょっと、今のすごくない!? どんな個性使ったの!?」

 「え、えっと……」

 「それ俺も気になる! あ、俺は切島鋭児郎! よろしくな!」

 「アタシは芦戸三奈!」


 肌も髪もピンクの女の子を筆頭に。一人、二人、と続々と私の元に押し寄せ、正直名前を覚えきれるか心配であったが、まあそこは登校初日ということで許しえもらえないだろうか。それはさておき、一通りの名前を聞き終わったところで、改めて口を開いた。


 「私は両刃要。個性はサイコキネシスって言って、触らずに物を動かす力で、私の体をゴールまで動かしたの」

 「へ〜! シンプルだけど、使い勝手いい個性なんやね!」


 確か、麗日さんと言っただろうか。彼女がほわほわと個性を褒めてくるので、ありがとうと素直に礼を言った。

 正確には、私が持っている個性はこれ一つだけではないのだが──これをここで暴露してしまえば、この後がやりづらくなる。今持ちうる戦力の半分しか出せないのは残念ではあるが、雄英に通っている両刃要の個性は、サイコキネシスのみという事にしておいた方が都合が良かった。

 例えクラスメイトに嘘をつくことになったとしても、それでいい。だって、私の目的は、皆が憧れるヒーローになることなんかじゃないのだから。

 世界中の誰に嫌われたって、どうでもよかった。

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