正しき人生
個性把握テストも無事終了し、それぞれが帰路に着き始めた頃。私は校門とは逆方向──校長室のドアを叩いた。「失礼します」と一言添えて部屋に足を踏み入れれば、複数の目が一世に私に向けられる。
「やあ。待ってたよ、両刃さん」
中心に座るのは、雄英の校長教諭である根津校長。その周辺に、オールマイトを初めとした雄英の教師陣、そして警察関係者。さながら尋問を受けるようであったが、今回の要件は私にも予想はついている。
「話は手短にしましょう、根津校長。その方が合理的でしょう?」
「合理性の塊みたいなところは変わってないね、君も。分かった、早速だけど本題に入ろう。君のこれからの動きについて」
時は数年前に遡る。
オール・フォー・ワンが私から両親と弟を奪った後、私は遅れて駆けつけた警察とヒーローに保護された。それから暫くは警察が用意した施設で育ち、難なく学校にも行かせてもらえてはいたが、この胸に残る敵への憎しみが消えることはなかった。
黒いモヤは私の中で広がり、広がり、広がり。
そして中学の時、私の前に死柄木弔が現れた。
好機だ、と思った。このまま死柄木に着いていけば、弟のことを何か握れるかもしれない。運が良ければ、弟に会えるかもしれない。
「……正直に言うと、今でも君が二重スパイとして動くことに、反対をする者は多いんだ」
「そうでしょうね。私だって、立場がヒーローであれば、スパイを申し出たぽっと出の小娘なんか相手にしませんし」
「でも、君はやるんだろう?」
敵となり、敵の情報を警察・ヒーロー側へと届ける。それと同時にヒーローの資格を取り、ヒーローとして正式に敵を倒して弟を取り返す。それが今の私にできる全てであり、使命だ。
「当然です。そのためにここに来たんですから」
歪んだ生き方だ。自分でもそう思うというのだから、きっと周りは目をひそめずにはいられないだろう。けれどそれでいい、それが私の出した答えだ。
弟を連れ去った敵も、あの日助けてくれなかったヒーローも。何もかも投げ捨てて、弟と二人だけで生きるのだ。
「……ただし、私が敵から雄英へのスパイとしての立場も併せ持っている以上、全て雄英のために動くことはできません。一般生徒が持っている程度の情報は、敵側に渡してしまう可能性もあります」
「下手に情報を渡さなければ、逆に君が敵側を裏切ろうとしている、あるいは警察側からのスパイだとバレてしまう可能性があるからね……わかった、ある程度は許容しよう。しかし、あまりに過度な情報漏洩は……」
「わかっています。私がするのは、あくまで警察側と敵側の情報量をフェアにすること。どちらかに肩入れして、やぶ蛇になるのも御免ですから」
私はそう言うと、「お話はこれで終わりです」と踵を返した。止める人物は誰もおらず、ただ一人、入ってきた時と同じように「失礼しました」と残して部屋を出る。
「待ってくれ、両刃少女」
唯一追いかけてきたのは、雄英の教師であり、同時にNO.1プロヒーローとしての呼び声も高いオールマイトだ。
「なんでしょう、オールマイト」
「……驚いたよ。まさか君が雄英の扉を叩いて、その上合格してしまうなんて。まずは、おめでとうと言わせてほしい」
「……貴方方のおかげです。貴方方がいなければ、私はあの日野垂れ死んでいたでしょうから」
あの日。家族をなくした私を唯一拾い上げてくれたのは、オールマイトだった。「もう大丈夫、私が来た」とニカッと笑うあの笑顔は、暗闇の中にいる私に垂らされた、蜘蛛の糸のような存在だったのかもしれない。あの時蜘蛛の糸に必死にしがみついていなければ、今の私はない。
「……本音を言うなら、君にこんな危険なことは頼みたくないんだ。敵と対峙するのは、あくまでヒーローと警察の仕事だ。まだ高校生の君を巻き込みたくはなかった」
「私は巻き込まれたつもりはありませんよオールマイト。私は自分から、渦の中に飛び込んだんです。ヒーローが楓兎を助け出すのを、黙って待ってなんていられない。私の手で、弟を救い出すために」
「しかし、」
「祝いの言葉、ありがとうございます。サー・ナイトアイにもよろしくお伝えください」
それ以上オールマイトの言葉を聞けば決意が揺らいでしまうような気がして、私は被せるように言葉を紡いだ。
オールマイトとサー・ナイトアイの今の関係は、風の噂で聞いている。だからあえて、彼の名前を出した。我ながら性格が悪いとは思う。
オールマイトが言葉を失っているうちに、足早にそこを離れた。窓の外はもう夕焼け1色で、下校する生徒の影が伸びている。その中に、同じクラスであった生徒数人の影を見つけた。
線を引かなければ。誰も踏み越えられない、一線を書き殴ってやるのだ。
私は、あの子たちとは違う。