嗚呼、絶望の朝よ!






 翌日登校すると、校門周辺に大きな人だかりができていた。皆が一様にマイクやカメラを構え、校門の向こう側、校舎の様子を伺っている。時折私と同じように登校してきた生徒や教師にマイクとカメラを向け、彼らの正体がマスコミであることは理解した。

 インタビューをされている生徒やインタビュアーの話を聞く分に、目当てはもっぱらオールマイトに関することらしい。平和の象徴が高校教師として教鞭を取っているというのだから、マスコミや彼のファンは大注目だろう。当然オールマイト本人に抑えきれるものではなく、こうしてマスコミが押しかけたのだ。

 それは良いとして、問題はどうやって中に入るかだ。正直、あのマスコミの集団の中を割って入っていくのは御免だ。正門が駄目なら裏門か、それか個性で飛び越えられそうな塀のある場所はないか、その場を離れようとした時。


「よぉ、要。久しぶり」


 ぐ、とうなじ付近に圧迫感を感じた。随分と聞き慣れてしまったその声に、私は振り返らずに答える。


「あんたが外に出てるなんて珍しいわね。……一体何を考えているのかしら」

「俺を何だと思ってるんだよ。俺だって散歩くらい行くさ」


 彼──死柄木弔はうなじから手を離し、今度は方を組んでぐっと身を寄せてきた。傍から見れば恋人のようにも見えるが、いっそ恋人ならばどれ程良かったことだろう。こうしてフランクに話してはいるが、実際私の命は現在死柄木に握られていると言っても過言ではない。五指全てで私の首を掴んだ瞬間に、私は死が確定してしまう。何もかもを滅ぼすその手は、私の頬に冷や汗を伝わせるには十分だった。


「それで? こんな朝早くに私に絡んできて、一体何のつもり?」

「たまたまだよ。たまたま外を歩いてたらお前が目に入って、たまたま話しかけただけだ。上司と部下は、プライベートでも仲良くすることで良好な関係を築けるだろ?」

「上司と部下? 私とあんたは上下関係じゃなくて、主従関係でしょ?」


 皮肉を込めてそう返してやると、死柄木はにたり、と口元を吊り上げた。

 協力関係でも、上下関係でもない、主従関係。両刃楓兎の存在を死柄木が隠している限り、私は彼に逆らうことはできない。言わば脅しだ。


「そうだな。ならいっそ悪役っぽく言ってみるか。弟の命が惜しければ〜ってやつ」

「改まってそんなこと言わなくてもいいわよ反吐が出る。用がないならさっさと消えて。不愉快」

「悪かったよ。これでも俺、お前のことは結構気に入ってるんだ。人形みたいな生き方は滑稽で、つい横槍を入れたくなるんだよ」

「……悪趣味」


 冗談めかして言っているが、彼の赤い瞳は一直線に私の目を射抜き、こう伝えてきた。

 裏切れば殺す。弟も、お前も。

 ぞわり、と不快感が全身を襲って、私は反射的に彼の手を解いた。ほぼはたき落とすような威力であったが、彼自身気にも止めていないようだ。それどころか、そんな私の態度を楽しんでいるようにも見える。


「せいぜい今を楽しめよ、要。その首が砕け散らないようにな……?」


 裏門を目指して歩みを進める私の背中に投げかけられた言葉は、呪いのように私の首にまとわりついた。




***




 「学級委員長を決めてもらう」


 相澤先生の声で、「学校っぽいの来たー!!」とクラスが沸いた。「学校っぽい……?」と一瞬疑問に思ったのだが、雄英に入学してからというものの、戦闘訓練やら基礎練習やら、普通科の生徒たちと同じものは座学授業位しかなかったものだから、その感想もまあ頷けた。

 そして一瞬冷静になった後、皆が皆「委員長! それやりたいですそれ俺!」「私もやりたいス」「リーダー! やるやる!」「ボクの為にあるヤツ☆」「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!」と、我こそはと一斉に挙手をした。あまり前に出るタイプではないと思った緑谷君までひっそりと手を挙げているのだから、どういうことだと少し驚いてしまう。


「みんなそんなに委員長やりたいのかしら……」

「あら、両刃さんは立候補しませんの?」

「私はする気はないけど……八百万さんは立候補するの?」

「ええ、もちろんですわ。ヒーローにとって重要な、集団を導くという貴重な経験をできるチャンスですもの」

「へえ……それでこの人気っぷり……」


 ふと呟くと、前の席の八百万さんがわざわざ振り返って今の状況を説明してくれた。要は、ヒーローになってからの先を見据えて、今のうちに集団のトップという重役を経験しておきたいということらしい。それなら、この盛況ぶりも納得だ。


「静粛にしたまえ! "多"をけん引する責任重大な仕事だぞ……! "やりたい者"がやれるモノでないだろう……!」


 そんな中、飯田君が声を上げた。


「周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!」

「そびえ立ってんじゃねーか! 何故発案した!」


 投票、というわざわざ回りくどい方法を提案する割に、彼本人がクラスで一番委員長という役職につきたがっているように見える。本当に、なぜ発案したんだろうか……。彼こそが俗に言う、"クソ真面目"の体現者なのだろうか……。

 飯田君の発言で投票時間がもたらされたのだが、さてどうしようか。八百万さんと飯田君が言った通り、委員長というのは集団を導く大事な役職だ。私のように人前に立つことを避ける者には向いていない。

 そもそも、私はヒーローの資格が欲しくてここに来た訳であって、ヒーローになりたくてここに来た訳ではない。ヒーローになった後のことなど、どうでもよかった。ならば、私の票は誰かに入れてやろう。あれほどやりたがっていた飯田君なんて、適任じゃないか。私は投票用紙に"飯田君"と書いて折りたたみ、前に渡す。

 暫くして、開票の時間が来た。


「僕三票ー!?」


 緑谷君が驚きの声を上げたが、私も驚きだ。彼が委員長というのは、なんていうか、あまり似合わない。彼は集団を導くというよりも、集団の支柱になる人物のような気がする。先頭が支柱、というケースもあるにはあるが、それはあまり正しき形とは言えない。先頭であり支柱である人物が崩れたら、その集団は終わりだからだ。

 緑谷君が3票、八百万さんが2票、後は皆1票や0票と、ああ、自分に入れたんだろうなと分かる結果になった。


「1票……!? 俺は自分には入れていない……となると、俺に票を入れてくれた誰かがいるのか……!」

「いや自分で入れなかったんかい……」


 どうやら私が投票した飯田君は、自分には投票せず別の誰かに票を入れたらしい。惜しいことをしたな。彼がもし自分に入れていれば、計2票で委員長にはなれずとも副委員長の席を争うまでいけたというのに。

 あーあ。

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