めまぐるしく絶え間なく






「今日のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」

「ハーイ! 何するんですか!?」

「災害水難なんでもござれ。人命救助レスキュー訓練だ!」


 人命救助レスキュー訓練。本当に、通形先輩の言った通りになった。ならば天喰先輩の言った事がその通りになると、場所はUSJだ。

 ん? USJ? USJって、あの大阪の?

 ありとあらゆる作品を題材にしたアトラクションが並ぶ、あのテーマパークが思い浮かんだが、さすがに雄英がそんな施設を用いて訓練を行うとは考えにくい。しかし相澤先生は今「災害水難なんでも」と言い、天喰先輩は「あらゆる災害」と言った。両者の言葉に、違いはない。ならば何のUSJなのだろう。何を略した文字なのだろう。

 生徒は皆コスチューム又は体操服に着替え、バスに乗り込んだ。飯田君の整列誘導は残念ながらも、バスの座席の形状から功をなすことはなかった。

 私は轟君の隣の席に座る。最初の戦闘訓練で苦手意識が芽生えた相手だが、他に空いている席はなかった。前方ではわいのわいのと生徒たちが楽しげに会話をしているのが聞こえるが、正直そのまで混ざりたいわけではない。隣の轟君は早々に眠りこけた。私もさっさと寝た方が楽ではあるのだが、どうにも寝られない。二重スパイとして常に神経を張り巡らせているせいか、私の中では最近不眠症の疑惑が持ち上がっていた。

 スーパー退屈タイムを抜けバスが目的地へ到着すると、場所は本当にあのUSJなのではと思うほどの設備が揃っていた。土砂災害、水難、火災など様々なエリアに分けられている。さすがは雄英。お金をかける所は惜しまない精神だ。



「水難事故、土砂災害、火事etc……あらゆる事故や災害を想定し、僕がつくった演習場です。その名も……ウソのU災害やS事故ルームJ!」


 本当にUAJだった。ユニバーサルなスタジオな日本ではなかったけれど、本当にUSJであった。自由な校風であることに定評のある雄英だが、教師陣も自由だな……。

 今回の講師を務める13号先生から、訓練を始める前に諸注意が話され、一つ、二つと増える話に耳を傾けた。

 我々の個性は要は使い方次第では善行にも悪行にもなりうる。例えば、13号先生の個性「ブラックホール」は、脅威の吸引力の代わりに完全に吸い込んだものを塵にしてしまう。私の個性「サイコキネシス」は、対象の人物を浮かせて壁か床に打ち付ければ簡単に命を奪うことができる。ヒーローとなる者は、自分が1歩間違えれば他人を傷つけてしまう個性を持っていることを自覚しなければならないという話だ。13号先生の話の終わりには拍手喝采で、飯田君は「ブラーボー!」と声まで飛ばしていた。一方私は、なんとなく13号先生の方を向けずに視線を落とす。

 その個性で、私は人を殺そうとしている。私から弟を奪った憎きオール・フォー・ワンを、この手で殺すためにここに立っている。人を守ろうとする者が集まる場所に、人を殺そうとする者が立っているというのは、一体どんな皮肉だろうか。

 さて、訓練に移ろうと相澤先生が声をかけようとした時、遠くの広場に黒い点が見えた。相澤先生がバッと広場を振り返ると同時に、私もそれを見て目を見開く。

 そんな、まさか。あれを私は、知っている。

 広場の中心に突如出現した黒い点は徐々に広がり、うねりながらもモヤを増し、そして時空が裂けたかのように間が開いた。

 中からは、手がでてきた。私が大嫌いな、何もかもを破壊しつく、あの手が。


「ひとかたまりになって動くな!」


 事態を察した相澤先生が大声で生徒を下がらせる。私はこの状況を、未だ信じられずにいた。

 そんな、何故。だって私は、何も聞いてない。


「なんだアリャ!? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「動くな! あれは、敵だ!」


 ここに、死柄木弔が来ることなど。




***




「13号にイレイザーヘッドですか……先日頂いたカリキュラムでは、オールマイトがここにいるはずなのですが……」

「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ……オールマイト……平和の象徴……いないなんて……」


 ワープゲートを開いた本人である黒霧と死柄木の後ろには、何名もの敵がわらわらと集まっていた。これ程の数を揃えていたことも、私は聞いていない。

 私に、黙っていたのか。自分が思っていたよりも、私は死柄木の信用を得ていなかったようだ。これでも数年の付き合いになるのだが、と自嘲が口からこぼれた。


「子どもを殺せば来るのかな?」


 途方もない、悪意。死柄木本人から発せられる狂気を真正面から受けたことは、そういえばなかった。ああ、これは確かに足が竦む。けれど今の私は、ヒーローの卵。ここで大嫌いな敵側にわざわざ協力する必要など、ない。


「敵ンン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入りこんでくるなんてアホすぎるぞ!」

「違うわ。少なくとも、かなり前から予定されてた犯行よ」

「両刃……!?」


 侵入者用センサーに反応を残さず、オールマイトやヒーロー科の生徒がここにいることを事前に察知し、あれだけの頭数を揃える。1週間やそこらでできるような計画ではない。もっと前から、決まってきた奇襲だ。

 死柄木弔は、ただのバカな敵ではない。

 相澤先生は私たちに指示を飛ばしてから、敵の中へと単身乗り込んだ。まあ、ここまで頭数はあるが、それぞれが強いとはあまり思えない。敵だとしても、その辺のチンピラが仲間に誘われて、ねずみ算式に数が増えていった程度だろう。集団の敵を相手にするだけならば、相澤先生一人でも事足りる。

 問題は、その集団の後ろで事態を見守っている2人だ。死柄木と黒霧は、並大抵の敵ではない。彼らが同時に動けば、まともな戦闘ヒーローが相澤先生しかいない今のヒーロー側では、どうしても彼らに軍配が上がってしまう。

 相澤先生が足止めしている間に生徒達は避難をするべく出入口へと駆けるが、


「させませんよ」


 黒霧が突然目の前に現れた。


「初めまして。我々は敵連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英に入らせて頂いたのは……平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」


 緑谷君を初めとした生徒の動きが、一瞬止まった。オールマイトに絶対的な信頼を寄せる者からすれば、何を妄言を、と言ったところだろうか。

 しかし、黒霧は宣戦布告をするためだけにわざわざ姿を現すような人物ではない。その厄介な個性を使われる前に、畳み掛ける。が、私が動くよりも先に2人が前に出、黒霧の懐に一撃を叩き込んだ。一人は腕を硬化させ、もう一人は強い爆発を伴っている。


「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」


 切島君が叫ぶ。隣で、13号先生が「ダメだ、どきなさい二人とも!」と声をかけるのが聞こえると同時に、私も前に出た。

 黒霧には、あの程度の攻撃は通用しない。私も彼と戦ったことはないが、彼の個性は知っている。彼の個性は「ワープゲート」。彼がこちらの攻撃を捉えられる以上、この攻撃の軌道線上にワープゲートを瞬時に設置されては、攻撃は無効化されてしまう。

 しかし基本的に、彼が主体となって攻撃を加えてくることはない。ならば、彼がわざわざ生徒達の前に姿を現した可能性は、生徒達を別の場所へ移動させること。


「危ない危ない……そう……生徒といえど、優秀な金の卵」

「下がって!」


 予想通り黒霧がワープゲートを展開しようとしたため、私の個性でそれを阻止する。霧で覆われているため分かりづらいが、ワープゲート自体は物体として存在している。そこに存在しているのなら、サイコキネシスで動きを制止させることも可能だ。


「っ……」

「両刃!」

「はやく逃げて! そこにいたら邪魔!」


 しかし、長くは持たない。私が制止させようと踏ん張れば、当然黒霧もワープゲートを拡張させようとする。個性と個性のぶつかり合いだ。こうなれば、より個性の扱いに慣れている方に軍配が上がる。そしてそれは、確実に黒霧の方だろう。私はまだ、自分の個性を完全に扱いきれているとは言いがたかった。


「逃げろったって……両刃一人置いて逃げられるかよ!」


 ワープゲートに徐々に押される私の体を、切島君が後ろから支える。しかし、もう。


「随分と頑張るようですが……どうやらもう限界のようですね」

「……!」


 私の個性は破られた。生徒達は若干後ろに後退してはいるが、その大半を霧が覆う。

 ああ、これはもう、私の個性じゃ手に負えない。


「両刃! 捕まれ!」


 ワープゲートが私の体を飲み込む直前、切島君の声が聞こえた。彼は分断されまいと、私に向け必死に手を伸ばしている。一人だけどこか違う場所へ飛ばされるのも御免だ。切島君の声に応じ、私も彼へと手を伸ばした。

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