まじめふまじめ


「ふぁあ……」
「ほら、いい加減シャキッとしなさいよシャキッと」


 アスティがあくびを噛み殺しきれずに控えめに出すと、横にいたユウナが背中を叩いた。デアフリンガー号に乗り込んで早めに就寝したはずのアスティだったがとうとう自力で起床することは叶わず、様子を見に来たユウナをアルティナに叩き起こされるという最悪の演習スタートをしてから一時間程後。アスティたち《Z組》は特別演習での特務活動の一環として、サザーラント州都であるセントアークを目指して街道を進んでいた。

 《[組・戦術科》は戦闘訓練及び機甲兵教練。《\組・主計科》は通信、補給、救護の実践演習という内容が事前に説明されていたが、《Z組・特務科》が特別演習での演習内容を聞いたのは今朝のことだ。

 《Z組》に課せられた課題は、大きく分けて二つ。“広域哨戒”と“現地貢献”。前者は偵察の役割が大きく、この分校の特別演習が無事完遂できるように情報収集活動。後者は今回の演習を現地に受け入れてもらうための地域貢献活動。この両者を合わせて特務活動と呼称する、とミハイルが述べていた。その説明でリィンは大体理解したと話していたが、当のアスティにはちんぷんかんぷんである。

 前者の役割は理解できる部分もある。偵察及び遊撃部隊は、軍の中でも重要なポジションだ。しかし、どうして士官学校に来てボランティアをしなければならないのだろうか……?

 そんな疑問を抱きつつ、特務活動を始めるにはまず現地の行政責任者の許可を取らなければならないとサザーラント州の州都を目指すこととなった。その続きが、冒頭である。

 セントアークまではクレアも同行するとなって少しは目が覚めたものの、強制的に叩き起こされたせいで目覚めは最悪だ。眠い目を擦りつつ、魔獣が現れれば一匹一匹対処をしていく。街道には特別強力な魔獣は出没しないためそれほど脅威はないが、セントアークに到着してもこの様子であればさすがのリィンも喝を入れなければならない。


「でも、眠いものは眠いし……ね、クレアさんもそう思いません?」
「あっまたクレアさんに甘えて! 相手にしなくてもいいんですからね!?」
「まあまあ……そういえば、以前使ったミントドロップの余りがあるんです。よろしければお使いになりますか?」
「わあ、ありがとうございますクレアさん……!」
「ちょっと、甘すぎません!?」


 どこの日曜学校だろうか、とクルトは思う。

 まるでシスターに甘える子供とその子供に嫉妬する他の子供のように、アスティとユウナがクレアにべっとりくっついている。その様子をリィンは苦笑いつつ眺めていれば、叱りつける気も失せてしまった。さらにそんなリィンの様子を見て、「リィン教官も大概甘い」とアルティナとクルトが内心呟くのだが。

 そんな掛け合いを楽しんでいる間に、あっという間にセントアークにたどり着いてしまった。白亜の旧都と呼ばれる街の外観は見事なもので、建造物のディテールに至るまで全てが繊細に造り込まれている。史実によれば、かつて時の皇帝がセントアークに遷都した際は今よりも格段に光り輝く街並みであったらしい。

 クレアの案内でサザーラント州の領主であるハイアームズ侯爵の屋敷を訪れ、門番に面会を希望する。分校から話はすでに伝わっているという事もあり、ハイアームズ侯爵の執務室へ通されるのにそれほど時間はかからなかった。


「ふふ、君たちが新たな《Z組》というわけか」


 侯爵はリィンとの再会を喜んだ後、アスティたちへ目を向ける。詳しい事情はアスティには知り得なかったが、どうやらハイアームズ侯爵は以前の《Z組》……トールズ本校の、リィンが在籍した《Z組》と既知の関係なのだろう。


「――ハイアームズ侯爵閣下。トールズ士官学院・第U分校、サザーラント州での演習を開始した事をご報告申し上げます」
「了解した。よき成果が得られることを願おう」


 侯爵はリィンの報告を快く受け入れると、執事であるセレスタンに書類を渡すよう命じた。


「これは……」


 リィンが書類を開き、アスティ達にも見えるように書面を向ける。その書面にはいくつかの要請が書かれており、中には“重要調査項目”として別枠でくくられている項目もあった。

 【重要調査項目】サザーラント州にて複数確認された、“謎の魔獣”の目撃情報に関する調査。


「ここ数日、サザーラント州で不審な魔獣の情報が寄せられてね。場所は、このセントアーク郊外、そして南西のパルムの周辺になる。――できれば君たちに魔獣の正体を掴んでもらいたい」


 内容を聞いて、なるほどとアスティは理解した。

 これがミハイル教官の言っていた、地域貢献活動……いわゆるボランティアだ。

 侯爵は続けて、「寄せられた情報によると、“金属の部品でできたような魔獣”だったらしい」と述べた。その言葉に、リィン、アルティナ、クレアの三名の顔つきがこわばる。その顔はセレスタンが「歯車の回るような音を聞いたという情報もある」と続けたことで、より一層眉間にしわを寄せることとなる。


「――承知しました。他の要請と合わせて必ずや突き止めてみせます」


 侯爵の激励を背に執務室を出ると、クレアが立ち止まった。それに合わせて他の面々も立ち止まり、クレアを見る。


「……それでは私は侯爵閣下との話があるためここで失礼しますね。先ほどの件についてはTMPや情報局にも伝えるので何か判明したら連絡します」
「ええ……助かります」
「できたらより正確な情報が欲しい所ですね」


 重要調査項目の“謎の魔獣”の話を聞いた時からリィンたちの様子がおかしいことは気になっていたのだが、わざわざ帝国軍である鉄道憲兵隊TMPや情報局を使うまでに至るだろうか、とアスティが考える。特務活動の一環なのだからその辺りは一から十まで全て自分たちの足で情報を揃えろと言われるものなのかと思っていたが、思っていたよりも大ごとな事態に頭をひねる。どうやらユウナとクルトも同じ思いであるようで、しきりにアルティナに視線を向けていた。

 別れの言葉を述べ執務室へ引き返すクレアの背を見送りつつ、改めて要請を確認しようとリィンが書類を再び開いた。


「これは……」
「……軍務とは無関係のただの手伝い、ですか?」
「やっぱり、ボランティアだよね……」


 何度見ても、ただの雑用としか言いようのない内容だった。薬草の採取代行、原材料の調達、果ては迷子の猫の捜索まで。士官学校であるのだから軍絡みの内容もあるのかと思ったが、これでは何でも屋と大して変わらない。必須要請が一つ、任意要請が三つの計四つが存在し、リィン曰く、任意の要請を受けるかどうかは生徒たちに一任するとの事だった。

 重要項目である謎の魔獣の調査と並行して必須要請を行い、さらには任意要請を受けるかどうかを見極める。演習初日にしてはなかなかハードな内容だ。


「そもそも必須でないなら対処する必要もないのでは?」
「い、いやいや! 困っている人がいるならそうも行かないでしょ。――まだ八時前だし、時間にはかなり余裕があると思う。可能な限り全部、やってみるべきじゃないの?」
「でも、引き受けても完遂できなくなったら意味ないよ。やるって言っちゃったけどやっぱ無理でした〜が一番ダメな流れだし」
「異存はないが、時間以外に体力的な問題もあるだろう。全部が全部、やり切れると思わない方がいいんじゃないか?」
「……わたしはどちらでも。お三方の判断に委ねます」
「って、ダメだってば!」
「君も意見くらいはちゃんと出すべきだろう」
「そうだよ、それは“ズル”だよアルティナ!」


 生徒陣の話し合いが白熱しそうになったところで、「まあ、その調子で四人で考えておいてくれ」と区切った。


「――それではZ組特務科、最初の特務活動を開始する」


 演習地に残った生徒にいい報告ができるといいな、とリィンが付け足すと、俄然やる気が湧いてきた。他のクラスの生徒と聞いて思い浮かべたのは、同じ部活のティータ、サンディ、フレディ、三名。それとやたらと絡んでくるアッシュにミュゼの二名だ。特にアッシュは《Z組》に対してかなりひねくれた感情を持っているようで、特務活動で初日からヘマをしたとなればここぞとばかりに突っかかってくるだろう。

 リィンの一言に背を押され、要請について真剣に考えつつハイアームズ邸を出る。そして熱が冷めていないうちにと、すぐに作戦会議を始めるのだった。

 ……約十分後。まずは街の中でできることはないかと、情報収集から取り掛かった。途中リィンの同窓生のヴィヴィと偶然出会えたことにより、ジャーナリストである彼女の情報が得られたことは大きな収穫だ。小一時間程の情報収集の結果話をまとめると、謎の魔獣は北サザーラント街道で目撃された事、そして魔獣が見られるようになった時期と合わせるように妙な人影が見られるようになった事の二つが挙げられた。


「……リィン教官」
「ああ……可能性は高いだろう」


 目撃情報のあった街道へ出ると、ふとアルティナとリィンが神妙な面持ちで顔を見合わせた。その様子に疑問を抱きつつユウナが尋ねるが、「“もしも”の話だ」とはぐらかされてしまう。ハイアームズ邸でのリィン、アルティナ、クレアの様子がおかしいことにはアスティも気づいていたが、確証が持てるまで“そちら”の事情を話すことはないのだと理解している。気がかりではあったが、懸念をかき消すように街道を歩きだした。

 ……距離にして五十セルジュ程歩いただろうか。街道のはずれに開けた平地があり、アスティ達は歩みを止める。これまでに揃った条件から判断するとこの場所が謎の魔獣の出現場所として最も可能性の高い場所なのだが、周囲を見回しても魔獣の姿らしきものは見られない。


「で、何です? さっきから二人して」
「どうやら謎の魔獣について心当たりがありそうですが?」
「うーん……さすがに、そんなに露骨に隠されるとちょっと気になっちゃいますよね」


 敵影がないことに一息つくと、耐え切れずにユウナが口を開いた。それからクルトも同じように疑問をぶつけ、アスティもこの流れに乗るしかない、と二人と同じように言葉を紡ぐ。三人が尋ねたことによりリィンとアルティナも正直に話すと決めたのか、アルティナが「心当たりというか蓋然性の問題ですね」と返答した。


「“歯車の音”をきしませる“金属の部品で出来た魔獣”……他の可能性もあるかもしれないが、十中八九――」


 リィンがその続きの言葉を発するよりも先に、今回の件の中心に位置するであろう例の音が周辺に響いた。機械の作動する音、それから、“歯車の音”。その音だけで、捜索していた謎の魔獣であることは確かだった。


「Z組総員、戦闘準備!」


 皆一斉の己の獲物を握り、アルティナは《クラウ=ソラス》を出現させる。徐々に大きくなるその音から、この場所の奥から近づいてきているのは間違いなかった。

 やがて姿を見せた三体の魔獣は、とても生物とは言い難い形状をしていた。報告書通り全身は金属で覆われており、見るからに重量のある機関銃が内蔵されている。二足歩行で歩くそれは、アスティの記憶の中には当然存在しない。見た瞬間、これは人を殺すために造られた物であると理解するのにそう時間はかからなかった。


「機械の魔獣……!?」
「いかにも殺人用っていう機構だけど……」
「もしかしてクロスベルにも持ち込まれたっていう……!?」
「ああ――結社《身喰らう蛇》が秘密裏に開発している自律兵器……“人形兵器”の一種だ……!」


 秘密結社《身喰らう蛇》。そのような存在があるという噂はアスティも聞いたことはあるが、想像をはるかに上回っていた。

 襲い掛かってきた人形兵器はあっという間にアスティ達を取り囲み、形勢を不利へ追いやった。リィンやアルティナは実戦経験などいくらでもあり、アスティ、ユウナ、クルトの三人も決して戦闘技術においてリィンと並ぶほどではないが決して後れを取っている訳ではない。少なくとも、難関と言われるトールズ士官学院の入試で特務科に選抜されるほどの実力は持っている。だがその五人を以てしても、人形兵器の動きは“速い”としか言いようがなかった。

 斬撃と射撃が入れ混じり、優勢と劣勢を交互に繰り返しながらも、なんとか残り一体まで漕ぎつける。これまでアーツでの支援を中心にしていたアスティだったが、一気に押し切るというリィンの指示に従い前線に立った。

 リィンとクルトが正面から仕掛け、ユウナがガンナーモードで援護する。その間にアスティが《クラウ=ソラス》に捕まると、アルティナはステルスモードを起動させた。二人を乗せた《クラウ=ソラス》は人形兵器の上空を飛び、リィンとクルトが人形兵器の両腕を切り落としたところでアスティは人形兵器目掛けて急降下する。

 振り落とされぬよう両足で機体をホールドし、剣を構える。そして兵器の頭部にあるセンサーに、深く刃を突き刺した。

 それがとどめの一撃であったことは明らかだった。両膝をついて倒れ込む人形兵器から剣を引き抜くと、すぐに後方へ下がる。ピピ、と電子音が鳴り人形兵器が爆破したのは、その直後のことだった。「あっぶな〜」と一息ついて剣を鞘へ収めると、他に敵影はないことを確認したリィンも刀を収め、戦闘終了を告げた。


「リィン教官、クルトも。引きつけありがとうございます」
「ああ。アスティも、上空からの不意打ちは見事だった。……ただ、攻撃後の硬直が少し長めだったな?」
「あはは、努力しま〜す……」


 敵の自爆からの退避が間一髪であったことを指摘され、苦笑いで返す。人形兵器を振り返ると、部品ごとにバラバラに砕け散り、元が何であったのかなどは一切想像つかない姿へ成り果てていた。おそらく相打ちと、撃破されたのちに製造元へと足がつかないようにする為を兼ねて自爆機能を搭載したのだろう。


「って、そんなことより! どうして《結社》の兵器がこんな場所にいるんですか!?」
「帝国の内戦でも暗躍したという謎の犯罪結社……まさか、この地で再び動き始めているという事ですか?」


 内戦の記憶はアスティには無いが、そのような組織が動いていたという噂は知っている。あくまで他の分校生徒や、レクターが他の人間と話しているのを立ち聞きした程度の情報しかないが。

 人形兵器についての疑問に、リィンは「断言はできない」と答える。人形兵器を裏のマーケットで流して金を稼いでいる連中の存在や、内戦時の生き残りである可能性も否定はできないからだ。


「――へえ、大したモンだな」


 ふと、《Z組》ではない渋みのある低音が聞こえた。ガタイの良く筋肉質な中老の男性は、朽ちた人形兵器を眺めて「お前さんたちがやったのかい?」と近づいてくる。


「えっと、そうですけど……」
「どうやらお揃いの制服を着ているみたいだが……ひょっとしてトールズとかいう地方演習に来た学生さんたちかい?」


 どうやらトールズ分校の情報は男には既に把握されていたらしく、「仕事柄その手の噂は仕入れるようにしている」と述べた彼に、リィンは改めて自分たちの身分を打ち明けた。リィンが男について尋ねると、男は己を“狩人のようなもの”と名乗る。話を聞く分には、彼もこの人形兵器について調査をするべくこの地を訪れたらしい。

 最後に生徒たちに激励の言葉を投げかけ、男は去っていった。小さくなる男の背中を見つめながら、ユウナが「面白いおじさんだったね」と呟く。


「大きいのに飄々としてたからか、あんまり強そうじゃなかったけど」
「……少なくとも武術の使い手じゃなさそうだ。“狩人”と言ってたけど罠の使い手なのかもしれない」
「……私には、見ただけでどういう人なのか判断できる観察眼なんて持ってないけど…………」


 アスティに分かるのは、男の腕に残った大小様々な傷跡から、男が並大抵ではない量の場数を踏んでいるというくらいだ。それこそ、本当に彼が言葉通りの狩人なのか怪しいほどに。

 念のため、近くに残存がいないか確認しようというリィンの指示に従い、街道の奥……男が歩いてきた方向へと足を進める。一セルジュ程離れた場所まで行くと、そこは数アージュ程高低差のある崖になっていた。完全な行き止まりであるが、となると先ほどの男は一体どこからやってきたのだろうか。周囲を探索しようとユウナが崖の下を覗く。


「えっ……!?」
「一体どうした――!?」
「うわ、死屍累々……」


 驚愕の表情を浮かべるユウナに釣られてアスティ達も崖下を覗くが、そこに広がっていたのは残骸の山であった。その形状も、色味も、つい最近目撃したことがある――人形兵器そのものだ。ガラクタと成り果てた人形兵器たちは皆黒煙を上げていることから、こうなったのはそう遠くない時間帯のことであると判断できる。目測だけでは数えきれないほどの数だった。


「――やっぱりか」
「……や、やっぱりって……あのオジサン何者なんですか!?」
「まさか《結社》の……いや――」
「《結社》の人間なら人形兵器を破壊するのは不自然かもしれません」
「証拠隠滅の為に破壊、にしてはやり方が雑すぎるしね」


 あの男が一体何者であるのかをいくら推測しても、明確な答えは浮かばなかった。しかし、《Z組》が三機迎撃するだけでも苦戦した人形兵器をたった一人で殲滅してしまうことから、かなりの手練れと見れる。ここで憶測に時間を費やしたところで要請の解決にはならないと一行はこの光景を《ARCUSU》で撮影し、ひとまずこの場を去るのだった。





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