優柔不断な唇


「うわ〜っ……綺麗な町ねぇ……!」
「紡績町パルム――帝国最南端の町ですか」
「俺も初めてだが噂に違わぬ風景だな」


 午後二時。特務活動の開始から六時間が経過した頃、《Z組》はようやくパルムへと辿り着いた。馬は町中での活動の妨げとならないよう町の出入り口付近に留めておく。

 紡績町という名を持つこのパルムは、その言葉通り古くから紡績業によって栄えた町だ。パルム産の繊維製品はその高い品質から帝都や国外の高級店でも取り扱われ、決して大きな街とは言えないがそれなりに名を広めている。町のいたるところに色鮮やかな布製品を使った装飾が施され、白銀一色であったセントアークとは正反対の光景である。

 クルトが幼少期に在住していた町でもあるようで、今は閉鎖されてしまったが一応挨拶にとヴァンダールの剣術道場を訪れることとなった。誰か一人くらいはいるだろうとクルトは話していたが、いざ訪れると意外にも複数人の声が同乗の建物の外まで漏れ出ている。その入り口の扉を開けると、三名ほどの門下生が剣を振るっている様子にクルトは目を見開いた。


「閉鎖されたって話だけど、結構活気づいてるような……」
「……どうなってるんだ?」
「おおっ誰かと思えば……! クルト坊ちゃんではないですか!?」


 その内の一人の男性がクルトの姿に気づくと、顔を輝かせて出迎えた。クルトにウォルトンと呼ばれたその男性は士官学校のカリキュラムで来ていることを知ると、アスティたちに目を向ける。リィンが身分と名を名乗り、それに続いて#アスティ、ユウナ、アルティナもそれぞれ名を告げる。


「なるほど、地方演習で……遠路はるばるご苦労様です! まさか、噂の《灰色の騎士》殿に教わっているとは知りませんでしたぞ! しかもこんな可憐なお嬢さんたちと同じクラスとは……坊ちゃんも隅に置けませんなぁ!」
「あはは、可憐だなんてそんな〜」
「恐縮です〜」
「お世辞だと思いますが」


 ユウナとアスティが大げさに謙遜をするが、アルティナが半目でぐさりと正論を突き刺す。「ええい、茶々入れないのっ」とユウナに反論されで黙るアルティナだったが、目は口ほどにものを語っていた。


「そ、それはともかくどうなっているんですか? こちらの道場は去年の末に閉鎖されたはずじゃ……?」
「 ええ、そうなんですが……先週から期間限定で再開することになったのですよ。実は、マテウス様の紹介で臨時の師範代に来て頂きまして」
「父上の……?」


 クルトの父、マテウス・ヴァンダールの紹介ともなれば、かなりの剣の使い手であることは間違いない。ウォルトンは年が若く、そしてクルトも既知の人物であると言っていたが、一体誰の事であるのか。もう少し詳しく聞こうとしたが、ウォルトンは残り二人の門下生に呼ばれ奥へと戻ってしまう。臨時の師範代についてはひとまず記憶の隅にピン止めしておくことにして、一行は門下生たちに別れを告げて特務活動を再開した。

 人形兵器についての情報収集なら宿酒場が最適だとクルトの案内を受け、アスティが建物の扉を開ける。どうやらクルトはこのパルムでは有名人らしく、カウンターに立つ店主もクルトの顔を見た瞬間軽快に笑って歓迎した。


「クルトじゃねーかぁ! なんだなんだ、驚かせやがって! 妙な制服たちが入ってきたからまた変な連中かと思っちまったぜ」
「はは、士官学校に入ったんです。これはその制服でして……って、自分たちの前に誰か“変な連中”が……?」


 聞き流すことのできない台詞に、クルトが聞き返す。店主は「怪しいヤツってわけじゃないんだが」と続けた。


「ちょいと前にチグハグな格好をした二人組の娘が来てな。一人は古風な令嬢風……もう一人は全身黒レザーで随分はじけたファッションだったぜ」
「それは確かにチグハグですね」
「令嬢とパンクファッションってあんまり友達同士にならなさそうっていうか、どっちも毛嫌いしそうな組み合わせだよね」
「っていうか全身黒レザーって……さっき会った赤毛の人もそうだったよね」
「ああ、あんな格好の旅行者もそうそう居ないだろうしね。パルムに来ていたのかもしれないな」
「…………」


 全身黒レザーの娘と言われ、セントアークで仔猫捜索をした時に助言を貰った女性を思い出す。彼女のファッションもなかなかに個性的で、アスティが着ろを言われれば即座に拒否するような露出の多さであった。そして同時に、彼女に対して感じた不可解さもアスティは思い返す。

 彼女は話すたびに、先頭に立っているユウナではなく後方にいたアスティと目を合わせていた。アクアブルーの双眸はまるでショーケースに並んだ玩具を見つけた子供のような眼差しで、その奥に込められたものの正体がさっぱり掴めずアスティとしては若干の薄気味悪さを感じているところである。現状ユウナとクルト、アルティナは赤毛の彼女を観光客として認識している様子だが、アスティはそれに素直に頷くことができずにいた。

 その後も暫くパルムの町を回って任意の要請をこなしつつ情報収集をし、《アグリア旧道》の高台で三体の飛翔体を見たという情報を入手できた。情報の提供者は偶然再会できたリィンの同窓生のミントであり、故意に虚言を弄することはないだろうと《Z組》は目撃情報のあった高台へと向かう。

 魔獣の気配は感じないが、それが人形兵器であれば別である。《クラウ=ソラス》のように突然何もない空間から出現する可能性もある為、油断はできない。


「これって……」


 周囲に警戒しつつ高台を探索すると、ひとつの石碑が正面に鎮座しているのをユウナが発見した。ヒビも入り所々風化で削れ文字が読めなくなっている部分もあることから、相当前の時代に建てられたものであることが分かる。


「たぶん、精霊信仰の遺構だろう」
「精霊信仰……って、言葉しか聞いたことないや……」
「うーん、クロスベルにも昔の遺跡は結構あるけど……その、精霊信仰っていうのはどういうものなの?」
「どういうものと言われても……説明するのは難しいな。女神の信仰が広まる前から帝国にあった信仰みたいだけど」


 精霊信仰についてはアスティも詳しくは学んでいない。帝国人であれば誰でも知っているようなことであるらしいが、民間に伝わる細かい信仰までは分校入学までの一ヵ月で履修できる範囲を超えていた。ユウナもクロスベルから来たばかりで、帝国独自の文化には疎い。二人の疑問に説明するのは難しいと唸るクルトの代わりに、リィンが補足で説明を加える。


「いわゆる民間信仰だな。今では廃れているが、昔話や習俗の形で残っていて教会の教えにも取り込まれている。夏至祭や収穫祭が代表だな」
「夏至祭に収穫祭……そんなお祭りがあるんですか」
「任務で出掛けた時などたまに遭遇していましたね」
「……ねえクルト。その夏至祭って、“夏至賞”と何か関係あったりする……?」
「ああ、確か帝都競馬場が夏至祭の日と合わせて開催していたはずだが……未成年の馬券の購入は禁止されてるぞ」
「えっやだなぁクルト、私じゃないって! 知り合いが夏至賞がどうのこうのって騒いでたの思い出しただけ!」


 釘を刺すクルトに、アスティは慌てて弁解を述べる。

 ここで言う“知り合い”とは、十中八九レクターのことである。というよりも、アスティが分校に入学する前にまともに言葉を交わしていたのはレクターとクレアのみだ。アスティの脳内にある文化や娯楽などの情報源は、ほぼ九割がレクターの入れ知恵であった。


「って、リィン教官? 私の顔に、何かついてます?」
「……いや、……すまない、なんでもない」
「……?」


 クルトとそんな会話をしていると、リィンが目を見開いてアスティの顔を凝視しているのに気付いた。瞳を泳がせるリィンの姿に疑問を覚えたが、そんなことは次の出来事で一瞬で忘れ去ってしまった。

 リィンが突然、左胸を抑えて苦痛の表情を浮かべる。その姿は午前にイストミア大森林で見せた姿にそっくりで、あの時の不安がアスティの中で一気に蘇った。幸い大森林の時ほど大きなものではなかったものの、この地方演習に来てからリィンの様子が明らかにおかしいことは、《Z組》総員とっくに気づいている。

 ユウナの心配する声に答えようとリィンは口を開いたが、言葉を発する直前で背後を向き太刀を抜く。


「総員、警戒態勢!」
「え――」


 リィンの警告の直後、突如として背後の空間に大きな歪みが発生した。それはアルティナが《クラウ=ソラス》を呼び出す時と全く同じものであり――人形兵器の出現を意味していた。午前中サザーラント街道にて交戦したタイプよりもはるかに大きく、《クラウ=ソラス》のように宙を浮いていることから、この機体がミントの証言にあった飛翔体であるということは即座に理解する。


「拠点防衛型の重人形兵器、《ゼフィランサス》――!」
「午前に戦ったものよりもはるかに厄介なタイプだ。全力をもって撃破するぞ!」


 リィンの指示に従ってアスティも剣を引き抜く。人形兵器が《Z組》に向けレーザーを放ったことを合図に、戦闘の幕は上がった。









 二機の人形兵器は最終的に自爆をし、そこら中にパーツを弾き飛ばして消滅する。午前中に交戦した人形兵器、アルティナ曰く《ファランクスJ9》と基本的な機構は共通らしい。アスティ、ユウナ、クルトの三人はなんとか息を整えながら、散った人形兵器の残骸を眺めていた。


「今のも《結社》の……とんでもない戦闘力だな」
「内戦時、私が使用したのと同じタイプみたいですね」
「相変わらずサラッととんでもないことを言うな……」
「って、あんた本当に内戦で何してたのよ……?」
「…………」


 《クラウ=ソラス》を消して爆弾発言をするアルティナに、アスティは本当に彼女は何者なのかと疑問に思いもしたが、それよりも引っ掛かったのは今の人形兵器である。その違和感を払拭できないまま顔を上げると、リィンだけが太刀を収めず構えた状態で周囲を警戒していた。


「気を抜くな……聞いた情報を思い出すんだ。俺の同窓生は幾つの影を見たと言った?」
「!」
「三つの影――」
「まさかもう一体……!」


 そう気づいた時には、もう手遅れであった。

 ユウナとクルト、アスティの真後ろで人形兵器独自の機械音が鳴り、空間が歪む。人形兵器はすでにレーザーの発射準備は整った状態であり、放射口へ集まる光が最高潮に達しようとしているのはすぐに分かった。今から反撃をしようとしても、きっとレーザーが発射される方が先だ。ユウナもクルトも、来たる痛みに耐えようと歯を食いしばり目を閉じる。隣でアルティナが《クラウ=ソラス》を起動させるのが分かったが、間に合うかどうかは五分五分だった。

 スローモーションにも見える光景の中で、アスティは足に力を込めた。勝算は正直なところ不明だが、ユウナとクルトの命が懸かっている。頼った先は、自分でも何ひとつ分からない、例のあの“力”だ。分校の蔵書室でアッシュに向けて発動してしまったあの力の末端を利用し、一気に距離を詰めて照射口を切断すれば、あるいは――!

 そう覚悟を決めたアスティだったが、幸か不幸かそれは発動せずに終わる。

 アスティ、ユウナ、クルトの間を、一陣の風が吹き抜けた。とてもアスティの目で捉えきれる速さではない。それはユウナとクルト、アルティナも同様で、目を見張ることしかできないまま風の向かった先へ視線を送る。


「嘘……」


 リィンの太刀が、人形兵器の核を切断した。核どころか、それぞれのパーツが連結部分ごとに綺麗に分断され人形兵器は一瞬のうちに戦闘不能となり自爆をする。

 ただただ、驚愕でしかない。リィンから人形兵器までの距離は、アスティたちから人形兵器までの距離の倍以上離れていたはずだ。その距離を一瞬で詰め、見切れぬほどの斬撃を繰り出したというのだろうか。これが、《灰色の騎士》。内戦を終結へ導いた、英雄の実力。


「リィンさん……!」


 肩で息をしつつ膝をつくリィンに、アルティナが駆け寄った。その声はイストミア大森林で発した声よりも数段悲惨さを増していて、“教官”と敬称をつけることも忘れてその名を呼ぶ。彼女が“リィンさん”と呼ぶところを聞くのは初めてだが、もしかしたら分校に入り教師と生徒という関係になる前はそう呼んでいたのかもしれない。


「……大丈夫だ。一瞬、解放しただけだから。とっくに戻っているだろう?」
「だ、だからと言って……また“あの時”のようになったらどうするんですか……!?」
「“あの時”……?」


 アルティナの言葉に反応してアスティがユウナと顔を見合わせるが、何のことであるのか皆目見当がつかない。クルトも同様であった。


「ハハ、生徒に心配かけるようじゃ、教官失格かもしれないな」
「笑いごとではありません! どうして貴方は――」


 アルティナの泣き叫ぶような声を、アスティは初めて聞いた。最年少でありながら冷静で、常に達観していた彼女がこんなにも取り乱すところも初めてだ。

 ユウナが立ち上がって、恐る恐るリィンの名を呼ぶ。どうしたら良いのか分からず、クルトはリィンを見たまま黙ってしまった。アスティも、この重い空気を払拭する術を見つけられずにいる。そのうちリィンが乾いた笑いを吐き、立ち上がって生徒たちに向き直った。


「まあ、病気とは違うがちょっと特殊な“体質”でね。気味悪いかもしれないが……極力、見せるつもりはないからどうか我慢してもらえないか?」
「が、我慢って……! そんな話じゃないでしょう!? 今のだって、あたしたちを助けるためじゃないですか……!」
「……危ない所をありがとうございました。その、もしかして――」
「…………」


 リィンが人形兵器を切り裂く瞬間、髪は濃紺から白髪に、瞳は灰がかったラベンダー色から紅色に変化したように見えたが、あれがリィン自身の生まれ持った“特質”なのだろうか。あの速さ、活力――なんとなくではあるが、アスティ自身に宿る例の力と似ている。

 彼が詳細を話す気がない以上、それより踏み込んだことを聞く勇気はなかった。リィンにその“特質”について尋ねる勇気も、ユウナやクルト、アルティナたちの自分の“力”について打ち明ける勇気も、アスティは何ひとつとして持っていなかったのだ。


「まあ、それはともかく、四人とも対応が甘かったな。きちんと情報を聞いていれば残敵を見逃すことも無かったはずだ。初日だから仕方ないが“次”には是非、活かしてもらおうか」
「くっ、この人は〜……!」
「……今回に関しては全く言い返せないけどね」
「まあ、次の課題としましょう」


 誰もが黙り込み、重厚さを増した空気を打ち払うようにリィンがあえて軽快にそうつげると、いつものようにユウナが反応した。取り乱した様子であったアルティナもすっかり落ち着きを取り戻し、冷静に己の行動を顧みる。

 サザーラント街道、アグリア旧道と続いて違う種類の人形兵器が出現していることから、内戦時の残存機が動いているだけという仮説は薄まりつつある。一度パルムへ戻り、最後の目撃情報のあった場所へと向かおうというリィンの声に従い、アスティたちは来た道を引き返し始めた。





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