僕らは空へと手を伸ばす


 要請書に記載されていた目撃情報のあった場所のうち、最後のひとつがここパルム間道である。パルムの中では有力な目撃情報は得られなかったが、間道中の釣り場にてまたしてもリィンの知人と出会い、付近の高台から機械音を聞いたとの情報を得ることができた。サザーラント街道、アグリア旧道と続いて人気のない場所にばかり出没していることから、ますます誰かが意図的に人形兵器を放った説が濃厚となりつつある。

 高台の入り口は木製のコンテナで塞がれており、一般人が立ち入りできないようになっていた。いかにも“ここに何かがある”といった様子だが、クルト曰くこのコンテナは彼の幼少期からずっとこうして佇んでいるらしい。迂回路を探そうとするリィンを制止し、アルティナが一歩前に出た。


「《ブリューナク》」


 アルティナがそう《クラウ=ソラス》に指示を出すと、《クラウ=ソラス》は一切の容赦なくレーザーでコンテナを焼き払う。周囲の草花もその儚い命を散らし、崩壊したコンテナの下敷きとなった。凄まじい轟音と風が舞い起こり、皆一斉に顔を覆う。戦闘中であればよく見る光景ではあるが、何の合図もなしにいきなりレーザーを照射されては驚くのも仕方のないことだ。そんな周囲の様子には一切動じず、当の本人は崩壊したコンテナの残骸を見て満足げに頷く。


「ア、アルティナ、あんたね……」
「……流石にいきなりというか、思い切りがよすぎるだろう」
「せめて合図してよアルティナ〜……」


 ユウナ、クルト、アスティの発言に、アルティナは「時間の無駄を省いたまでです」と簡素な返答をする。どこまでも合理的な判断を下す彼女ではあるが、やや実力行使気味な部分もあるのが難点だ。しかし現時点で徐々に日が暮れ始める時間帯となっているため、今日中に演習を終わらせるのであれば少しでも時間短縮したいのもまた事実だ。


「次からは合図! 合図徹底して! 連携大事!」
「……善処します」


 アスティの異議申し立てにアルティナは曖昧に返すと、リィンがとりあえず先へ進むよう促す。

 コンテナの残骸を越えて少し先へ進むと、情報通り高台となっており周辺の地形がよく見渡せた。が、周辺の地形よりもある一点に視線は集中する。


「これは、門……?」
「……なにこれ。随分思わせぶりな感じだけど」


 その先の道へ進むのを阻むように、鉄製の門が正面にそびえ立っていた。厳重に鍵がかけられ、アスティが少し引っ張っても扉は微妙に揺れるだけでびくともしない。存在感の漂う門の先は山中に続いているようだが、アルティナが地図を出して調べてもそこには何の名前も載っていない。大昔に棄てられた廃道であるという可能性もあるが、この門も山中へ続く道自体も、それほど年季を帯びたものではなかった。

 門のすぐ横に警告板が打ち付けられており、そこには“崖崩れのため危険”とだけが書かれている。


「――クルト君、こんな場所があるって知ってた?」
「いや……聞いたこともないな。手前のコンテナは昔からあったから気づかなかっただけだと思うけど」
「……でも、なんか怪しくない? コンテナ積み上げてさらにこんな大きな門まで立てるって、ただの崖崩れにしてはちょっと大げさすぎる気がするんだけど」


 アスティの疑問に確かに、とクルトが頷くが、それに対する具体的な答えは見つけられずにいた。この門の先の正体を決定づける手掛かりがひとつもない以上、全て憶測でしかない。厳重な封鎖と、地図に載っていない土地。どう見ても怪しいのだが、いくら考えても時間が過ぎるばかりであった。

 周囲を見回してみても、門以外に引っ掛かりのある場所はない。地面が荒らされた形跡もないことから、ここには人形兵器は訪れていないことになる。引き返して別の場所を捜索しようとリィンが口を開いた瞬間、彼は目を伏せじっと耳をすませて空気の振動を感じ取った。


「――戦闘準備」


 ちょうど向こうから来てくれたみたいだぞ、とリィンが目を向けた先から、アスティたちにも分かるほどにキュルキュルと金属が回る音が響いた。数秒後、《Z組》の不意を突くように木々の合間から二機がその姿を現す。

 全身が緑色で統一され、うねうねと腕のような部分が何本も不統一に動いている。足の部分は球体で、機体の中央には仮面のようなものが取り付けられていた。生理的嫌悪感を伴う形状だが、そのデザインはどこかピエロのようにも見える。


「奇襲・暗殺用の特殊機――《バランシングクラウン》です!」
「暗殺って、趣味の悪い機械だなぁもう!」


 先手を取られる前に、先に仕掛けたのはアスティだ。人形兵器の解説をするアルティナにそう叫びながら剣を鞘から抜き、機動力を削ごうと足の連結部分に刃を当てようとする。が、奇襲・暗殺用の機体ともなればその動きは機敏性において先に戦った二種の人形兵器よりもやや上回る。寸前で攻撃を回避されたことに舌打ちをし、一度下がるアスティと入れ替わりでユウナが前に出た。同様にリィン、クルトも敵前に立ち三人の前衛で人形兵器を畳みかける。

 敏捷性は高いがどうやら装甲自体は他の人形兵器に比べるとさほど強固なものではないようで、想定よりもだいぶ早く撃破することができた。だがこちらの消耗も凄まじく、自爆する人形兵器を眺めつつ演習地まで帰る分の体力が残っているか少し心配である。何せ、今日だけでセントアーク周辺を駆け回り多くの魔獣と交戦し、さらに人形兵器という未知の敵性存在と三度も戦ったのだ。

 しかし、先の人形兵器との一件で犯した失敗を繰り返す生徒たちではない。各々まだ敵が残っていないかどうか、別の機体が襲い掛かってこないか暫く周囲を見渡して、安全を確認しやっと武器を収める。教え子の成長にリィンは口角を上げ労いの言葉をかけようとするが、即座に目つきを鋭くしてある方向を見つめる。


「――まずいな。少し読み間違えたみたいだ」
「……!」
「反対から――」
「ああ……しかも数が多い!」


 たった今人形兵器が現れたのと反対方向から、倍以上の数の人形兵器が姿を現す。同じ型の人形兵器であり、奇襲・暗殺目的で作られたタイプであるが故に、たった今二機の人形兵器が撃破されたことは全て計画のうちであったのだろう。あえて二機のみ先に出現させ、アスティたちの体力がすり減ったところで集団で弄る。心底趣味が悪い機体だ。

 退路を完全に塞がれ、まさに袋の鼠だ。正面には数多の人形兵器、背後には施錠された門。せめて門が開いてさえいれば山の中へと逃げ込むことができたのだが、ここで“もしも”を語ったところで状況が一変しないのは誰もが理解していることだ。門の鍵を壊して中へ入ることも可能だが、誰かが後ろを向いた瞬間にこの人形兵器は襲い掛かってくるだろう。五人でも骨の折れる相手を、一人欠けた状態で抑えきれるだろうか。答えは言わずとも分かっていた。


「――すまない、四人とも。無理をさせすぎたみたいだ」
「リ、リィン教官!?」


 俺に任せてくれ、と前に出たリィンがこれから一体何をするのかは、何となく予想がついた。アルティナが止める声も聞かず、彼は自身の内にある“力”を徐々に開放する。やがて、赤黒いモヤが彼の身体から漏れ始める。風の影響を受けず自身のみで揺れるそれは、まるで炎のようだ。再びリィンが瞼を開けたとき、彼の瞳は数刻前と同じく紅に染まっていた。

 アスティはリィンのその“力”の詳細は知らないが、それを発動すること自体がリィンの身体に負荷をかけていることは確かだ。加え、彼は今日一日で生徒たちを守るために随分と身体を張っている。イストミア大森林ではアスティをかばって負傷し、人形兵器との交戦では率先して盾役となり、そして先程、力を開放して膝をついたばかりだ。そんな状態で力を完全に開放すれば、一体どんなことになるか。


「神気合――」
「――その必要はない」


 止めなければ、と思ったところで、周辺に凛とした声が響く。気づけば、人形兵器を挟んだ反対側に大剣を携えた一人の女性が立っていた。腰まで伸びたスカイブルーの髪をひとつに束ね、己の身長ほどの大剣を両手で構えている。人形兵器と対峙すると、瞬時に放たれたレーザーを後方へ跳んで回避した。


「笑止――」


 次の瞬間、瞬きの間に彼女は機体を両断した。攻撃を躱す暇もなく真っ二つになった人形兵器は、大きな煙を上げて爆発四散した。一機、また一機と無双していく名前も知らない彼女の姿に、アスティは唖然とした。その細腕のどこに、それだけ大きな体験を軽々と振るう力があるのだろうか。

 たった数分の間に、彼女はたった一人で人形兵器たちを制圧してしまった。彼女の足元には、黒煙をあげる人形兵器“だったもの”が無造作に散らばっている。


「《アルゼイド》の絶技……」
「……戦闘力が依然とまるで違うような」
「激つよ……あのお姉さん、一体何者……?」


 絶句する生徒たちをよそに、リィンは彼女の姿を見て微笑んだ。いつの間にか彼自身の“力”も収束し、瞳の色も元に戻っている。剣を収めた彼女にリィンは一歩近づき声をかけた。


「“凄腕の臨時師範代”――予想してしかるべきだったな。まさかエリオットに続いて君ともここで再会できるなんて」
「あ、もしかしてクルトの実家の道場に来てる師範って……」


 リィンの言葉と、クルトが先ほど零した“アルゼイド”の名。帝国において双璧と呼ばれる“ヴァンダール”と“アルゼイド”の流派、その片割れの使い手となれば、クルトの父が師範代に紹介した経緯も今の戦闘力も納得である。

 彼女はリィンの顔を見て微笑むと――ゆっくり、彼の身体に抱き着いた。


「……!?」


 生徒一同に、戦慄が走る。目の前で教官が、彼と同年代の美人に抱き着かれているのを見てどうして冷静になれようか。クルトは驚愕に染まり、ユウナは言葉を失ってパクパクと口を開閉している。アルティナはじとりとリィンを凝視し……アスティは目を輝かせた。

 ――もしかしてその、この二人はそういう関係なのだろうか。そうだとしたら、なんともまあ面白い状況だ。

 教え子たちに様々な意味合いの視線を向けられ、さらには容姿の整った年頃の女性に抱きしめられ困惑するリィンに、彼女は「このくらいは我慢するがよい」と囁く。


「しかしそなた、背が伸びたな? 正直見違えてしまったぞ」
「はは……ラウラこそ。一年ちょっととは思えないほど凛として、眩しいほど綺麗になった」
「ふふ、世辞はよせ。そちらの修業はまだまだだ」


 ……一体何を見せつけられているのだろうか。まるで恋愛小説で一度は見る、恋人同士の感動の再会のようだ。

 すっかり頬を緩ませて抱擁を交わすリィンらに思考を停止させる者、あるいは逆に思考をフル回転させる者、生徒たちの反応はそれぞれだったが、アスティは確実に後者である。リィンが彼女の背に手をまわした瞬間は口から声が漏れそうになったが、なんとか自分で自分の口を押さえることで阻止した。


「え、えっと……」
「……お久しぶりです」
「……お噂はかねがね」
「堪能させてもらいました」
「アスティ、あんたね……」


 感動の再会も終わり二人が離れると、控えめにユウナが口を開く。やはりアルティナは彼女を既に知っているようだった。ならば、おおよその予想はつく。彼女の方もリィンから生徒についての話は聞いているのか、改めて名乗らせてもらおうと向き直った。


「レグラムの子爵家が息女、ラウラ・S・アルゼイドという者だ。トールズ《旧Z組》の出身でもある。見知りおき願おうか――後輩殿たち」









 パルムの町に戻ってきた一行は、一度落ち着いて話せる場所に行こうとヴァンダールの道場へ赴いた。

 ラウラ曰く、彼女がアルゼイド流の免許皆伝に至った後師範代の資格も与えられ、各地を回りつつ備えて欲しいと彼女の父、ヴィクター・S・アルゼイド子爵に頼まれたそうだ。そうした経緯からパルムのにあるヴァンダールの道場の臨時師範代も快く引き受け、現在に至る。


「マテウス・ヴァンダール閣下――お父上からそなたの話も聞いている。ヴァンダールには類稀なる双剣術の使い手――会えて光栄だ」
「そんな――滅相もありませんッ! 自分など、未熟の極みで……父や兄の足元すら見えぬくらいです。まして、その歳で“皆伝”に至った貴女と比べるなど――」


 同じ剣の使い手としてラウラはクルトに視線を向けるが、クルトの言葉はそこで止まったまま出てくることはなかった。きっとそれは、彼が極稀に片鱗を見せる、彼自身のコンプレックスに関連する話だ。事情を知らないライラは疑問を顔に浮かべるが、剣の道は果てしないと言葉を続ける。


「此の身は未だ修行中……精々リィンと同じくらいの立場だ」
「いや、さすがにラウラと俺を一緒にするのは無理があるような……」
「フフ、謙遜はやめるがいい。それに世には真の天才もいる。そなたらの分校の責任者のように」


 分校の責任者と言われて思いつくのは、一人しかいない。オーレリア・ルグィン。トールズ分校の分校長にして、《黄金の羅刹》の異名を持つ人物だ。

 彼女について詳細を知らないユウナがそんなに凄い人なのかと尋ねるが、帝国の双璧であるヴァンダール流とアルゼイド流の双方を免許皆伝したと言われ絶句した。が、同時に「あの人ならやりかねない」とすんなり納得する。身体的にも精神的にも、彼女は通常の人間が生きるスピードをはるかに追い越して生きていた。

 そして話題は当然、先程の人形兵器の話に移り変わる。ラウラがトールズ《旧Z組》の出身である以上、二年前の内戦においてリィンと共に戦ったというは明白だ。無論、彼女も人形兵器と《身喰らう蛇》との関係について知っている。

 人形兵器が今日一日で三種も出現したという事は、いよいよ《結社》の関与が疑われ始める。しかし、《結社》は技術面にも優れているが、策略においても秀でている組織だ。このサザーラント州にあえて人形兵器を複数体放って陽動とし、全く別の地域で密かに作戦を遂行する、という可能性も十分にあり得た。アルティナ曰く、《結社》の謀略は帝国軍情報局のそれと大差ないという。


「して……そなた」
「……え、私?」


 そこで、ラウラはいきなりアスティに視線を向けた。


「ああ。そなたも私とは流派が違うが、剣の使い手だと聞く。ぜひ一度手合わせ願いたいものだ」
「わ、私なんて全然我流もいいとこだし、アルゼイド流の皆伝者と手合わせなんて私が一瞬でノックアウトされて終わる気がするんですけど……機会があれば、その時は喜んで」
「フフ、逆手の構えの者と対峙するなど、滅多にない機会だからな。その時を楽しみにするとしよう」


 貴族、それも帝国の双璧と名高いアルゼイドともなればかなり堅苦しいイメージを連想していたのだが、案外柔らかい印象である。百合の花のような気品あふれる佇まいで、その真っ白な腕であれほど大きな大剣を扱うなどと誰が予想できようか。今は各地を回るために旅装に身を包んでいるが、礼装すればきっと多くの目を引く令嬢となること間違いなしだろう。

 何か進展があれば互いに連絡を取り合うことを約束し、今日のところは解散となった。ラウラはこの後もヴァンダールの道場で門下生に稽古をつけるらしく、《Z組》は邪魔にならないよう建物の外へ出る。


「はぁ……なんていうかカッコよすぎる人だったなぁ。背が高くて凛としててそれでいて滅茶苦茶美人だし」
「ユウナさん、目がハートになってます」
「気持ちは分からなくもないけどね。女学校にいたらファンクラブとかできちゃいそうなタイプ」


 各々ラウラに対する感想を述べる生徒たちに、リィンはエリオットもラウラも自分の誇りだと話す。


「去年、みんなそれぞれの事情で一足先に卒業することになったが……その誇りに支えられながら俺もこの春、卒業できたと思っている」
「…………」
「……ミリアムさんも、ですか?」
「ああ、大切な仲間だ」


 ミリアムという名に聞き覚えがあり、先週レクターと共に分校を訪れたあの少女かとアスティは思い出す。パステルブルーの少女はどうにもリィンと距離が近いように感じられたが、もしやリィンの旧友だったのだろうか。そういえば、彼女の姓はアルティナの姓と同じ“オライオン”であったようなと意識が傾きかけ、リィンの言葉を聞けるよう急いで思考をかき消した。


「勿論、かつての《Z組》と今の《Z組》は同じじゃない。君たちは君たちの《Z組》がどういうものか見出していくといい。――初めての特務活動も無事、完了したわけだしな」


 リィンにそう言われ、特務活動のことが頭に舞い戻ってくる。人形兵器や《結社》、ラウラとの出会いなど、様々なことがありすぎてすっかり頭から抜け落ちていた。今朝初めて特務活動についての詳細、そして要請の内容を聞いた時は正直今日中に終わらないような気もしたのだが、なんとかギリギリで全て終了することができている。課題も多いが、その達成感は並大抵のものではない。

 そろそろ演習地へ帰ろうかとリィンに促され、パルムの町を出る。その足取りは、今日一日の中で一番軽かった。





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