モザイクワールド


 午後八時過ぎ。なんとか本日のハードスケジュールを乗り切ったが、帰り際リィンに今日中にレポートを書いて提出するよう言われた事によりスキップしそうなほど浮かれていた足取りは一瞬にして重く引きずるようになり、疲労の二文字を顔面に書いたアスティは他の科の生徒に迎えられ演習地へと戻った。

 夕食後は早速《Z組》で集まってレポート作業に取り掛かっていたのだが、文書作成能力が一般人よりもやや下回るアスティは四人の中で最も遅く、今もこうしてアルティナの隣で机に突っ伏し、空欄が残るレポート用紙との睨み合いが続いていた。他の三人はとっくにレポートを終え、ユウナはシャワーを浴びに席を離れ、クルトはシドニーと共にチェスをしに別のテーブルへ移動し、アルティナはアスティの監督役も兼ねて正面に座る戦術科のレオノーラと今日の演習について意見を交わしている。


「なーんか、《Z組》だけスパルタすぎない? こんだけ動き回った直後にレポートって……」
「アッハハ、もうガス欠かい? アスティ」
「ぐっ……元々私はインドア派なの! こういう外で走り回るの、得意じゃないんですー!」


 レオノーラにからかわれ、アスティはそっぽを向いた。今ベッドに寝転がったら間違いなく三秒で寝てしまいそうなアスティとは違い、レオノーラは生き生きとしている。戦術科は今日一日演習地の外に出ていないが、それでも決して楽な実習ではないはずだ。それでもなお体力が有り余っているのは、ひとえに彼女とアスティの基礎体力の差だろう。


「一度外の空気を吸ってきてはいかがですか? ずっと列車内に籠りっきりのようですし」
「うん、そうする……ありがとアルティナ」


 アルティナの提案を素直に受け、フラフラと立ち上がった。列車内は外との出入り口も多く、アスティが夜風に吹かれるまではそう時間もかからない。

 外に出て空を仰ぎ、夜空を観察する。明かりと言えば列車から漏れる光と、主計科が設置した屋外照明のみである演習地からは、リーヴスとは比べ物にならないほどよく星空が見えた。演習地の敷地内にはまだ数名生徒が残っており、皆明日の演習に向けて相談をしている様子だ。演習地の出入り口では、二名の生徒が見張り番をしているのが見える。

 ふと視線を移動させると、人気のない演習地の隅でアッシュがぽつんと佇んでいるのが見えた。誰とも話しておらず、きょろきょろと周りを確認しては何かを探しているようにも見える。


「アッシュ」


 声をかけたのは、ただの気まぐれだ。なんとなく、この夜空の下で誰かと話していれば眠気も冷めないかと思っただけで、他意はない。アッシュはアスティの姿を視界に収めるとすぐに目を逸らしたが、拒んでいる様子はないので遠慮なく近づいてと隣に立った。


「《Z組》のエリートがわざわざ俺に何の用だ? 今日も《特務科》だけ別のカリキュラムだったそうじゃねえか」
「相変わらず棘が強いな君……別に用って程じゃないけど、そうだね……しいて言えば、先週ウザがらみされたお返し」
「……ああそうかよ。顔に似合わず相当根に持つタイプなこって」


 がしがしと頭をかくアッシュに、ふふんとアスティは得意げな顔で微笑んだ。そのアスティの笑顔を見て、アッシュは眉間にしわを寄せる。「用がないならさっさと行け」とでも言いたそうな顔をしているが、それではいそうですかと消えるアスティでもない。


「……そうだ、アッシュ」
「…………」
「あの時……分校の蔵書室でのこと。ユウナたちには黙っててくれる?」


 それは、リィンには既に相談した内容だ。アスティの内にある“例の力”は、あまり人の耳に入っていいものではない。それがクラスメイトであれば、なおさら。ユウナたちに無用な心配をかけたくはないのだ。

 アッシュは暫しの間黙り、口を開く。


「……さぁな。俺はただ、テメーとシュバルツァーの野郎が放課後に二人っきりでデートと洒落込んでるのを偶然見つけちまっただけだぜ?」
「アッシュ……」
「ま、教師と生徒の禁断の関係を周りにチクられたくねぇのは分かるけどな」
「……ありがと。私とリィン教官は全然そんな関係じゃないけど」


 何の事か分からないとひと芝居をうつアッシュに、アスティは多少の訂正も交えつつ礼を述べた。彼は戦闘時こそ手段を選ばない戦法を取るが、人との約束事は反故にはしない性格であると理解している。


「……口止め料代わりに聞かせろや。テメェ、記憶喪失だっつってたな」
「うん、そうだね」
「今ある中で一番最初の記憶はいつだ。いつからの記憶がない」
「……………………」


 途端にアッシュの目付きが鋭くなり、アスティは一瞬身を強ばらせた。彼の視線は、これまでにない程に真っ直ぐアスティの瞳を捉えている。何の目的でと疑問は湧いたが、その眼差しから単なる興味本位ではなく、真剣に尋ねているのだと分かった。拒む理由もないと、アスティは口を開く。


「私の記憶があるのは、今から大体半年前くらいから。それ以前の記憶は、完全に抜け落ちてるよ」
「……半年前。ハッ、そうかよ」


 彼はアスティの言葉を聞いてそう自嘲気味に笑うと、列車内に戻ろうと足を向ける。彼の問いの真意は分からなかったが、その横顔は若干の“哀しみ”、もしくは“諦め”を帯びているようにも見え――思わず、手を伸ばそうとした。

 ――ねえ、アッシュ。もしかして君は、昔の私を……。

 そう出そうとした言葉は口から出ることはなく、アスティの口の中だけに留まった。

 すれ違った筈のアッシュは列車でもアスティでもない全く別の場所、この演習地を囲っている高台の一部を見て、目を見開いた。瞬間、くるりと踵を返してアスティにずかずかと近寄り、思い切り突き飛ばした。


「……!?」


 突き飛ばされたアスティはバランスを崩し、一、二歩後ろで尻もちをつく。アッシュの豹変っぷりに突然どうしたのかと混乱したが、直後、更なる混乱がアスティを襲った。

 アスティの目の前を、飛翔体が右から左へ流れた。飛翔体はそのまま列車の装甲へ突撃し――耳を劈く轟音と共に、爆発をした。


「!? な、何……?」
「チッ……」


 衝撃で凹み、黒焦げになった装甲を見て、サッと血の気が引いた。そこは数秒前自分が立っていた場所であり、アッシュが突き飛ばさなければ、くしゃりと潰れていたのはアスティ自身であっただろう。

 アッシュが飛翔体、おそらくは砲弾が飛んできた方向を睨みつける。つられてアスティもそちらに視線を向けると、高台の上に二人の人物の影が見えた。


「アッハハ! 咄嗟に助けるなんて、何それかっこいいじゃん!」


 周辺に、女性の笑い声が響いた。その声はアスティが今日聞いたばかりの声であり、その姿を見て驚愕した。


「君……今日セントアークで会った!」
「アハハ、さっきぶりだねぇ。仔猫、ちゃんと見つけてあげられた?」


 腰までの赤髪に、黒のレザーファッション。片手に携帯型の砲を構えるその女性は、セントアークで仔猫を捜索する際に《Z組》に助言を残し、パルムの酒場を訪れたという彼女の違いなかった。突然分校の演習地を襲撃してきた彼女を睨みつけるが、対して彼女はいたずらが成功した子供のように目を細めるだけである。

 アスティが立ち上がる間にも彼女は次々と砲弾を演習地に向けて打ち込み、あちこちから火の手が上がっていた。二機の機甲兵にも着弾し、当分の間は使えそうもない。デアフリンガー号や機甲兵の装甲は特別製であり並大抵の砲撃では使用が困難になるほどの損傷を受けないのだが、その装甲をいとも簡単に打ち破ったということは彼女が使用している砲は対戦車砲パンツァーファウストの類だろう。

 演習地は混乱に包まれていた。列車内にいた生徒たちは状況を確認しようと外へ出てはその惨状を目にし、人数が増える度に騒乱が騒乱を呼ぶ。


「っ……!」
「! おい、待ちやがれ!」
「アッシュは他のみんなを!」


 高台からの一方的な攻撃をこれ以上続けられては、分校の被害が拡大するばかりだ。せめて砲撃だけでもやめさせなければ。アッシュの制止も振り切って、アスティは駆け出した。

 おそらく、殺さないようにと手加減ができる相手ではない。ダン、と力強く地面を蹴り飛ばし、彼女らが立っている高台まで大きく跳ね上がる。一瞬にして自分を越したアスティを見上げて、赤毛の彼女はヒュウ、と口を鳴らした。


「へえ、聞いてた通りじゃん。普通並大抵の人間はそこまで跳べないよねぇ?」
「……まあ、あくまで“並大抵の人間は”ですけども。随分と、変わってしまいましたわね」
「……!?」


 到底無視することのできない発言がアスティの耳に届き愕然とするが、それはひとまず思考の隅に追いやり空中で剣を引き抜いて構える。赤毛の彼女に向けて剣を振り下ろしたが彼女は全てお見通しだと言うようにいとも簡単にそれを避け、代わりに隣で腕を組んでいた白銀の甲冑の女騎士が前に躍り出た。アスティの追撃を盾で受け止め、次々と繰り出されるアスティの斬撃は女騎士によって弾かれる。アスティの剣と女騎士の盾がぶつかり合い、まるで線香花火のように美しく火花が散った。


「聞いていたって……変わったって、どういうこと!? 君は……君たちは、私の何を知ってるの!?」


 顔を歪め、子供の癇癪のように質問攻めにするアスティを、赤毛の彼女はただにやにやと見つめるばかりだった。素直に答える気はないようで、ただ一言だけ言葉を紡ぐ。


「そんなの、あたしじゃなくて他に聞くべき人がいっぱいいるはずでしょ?」


 ピシ、とアスティの内の何かにヒビが入るのを感じた。

 サッと血の気が引き、女騎士との攻防の手が弱まる。そんなアスティの様子を疑問に思いつつも、女騎士もまた口を開いた。


「筋は悪くありません……ですが」


 「まだまだ甘いですわ!」と女騎士の一振りがアスティの脇腹に直撃し、その衝撃で数アージュ程吹き飛ぶ。直接傷つける気はないようで平打ちではあったが、それでも鉄の塊を打ち付けられて無事なはずはない。受け身を取ることもできないまま、アスティの身はごろごろと傾斜を転がり、一番下の地面へと投げ出された。


「アスティ! この傷は、一体……!」
「リィン、教官……大丈夫、致命傷じゃありません……」


 丁度その時教官らも列車内から姿を現し、脇腹を押さえて苦痛の表情を浮かべるアスティにリィンが駆け寄った。幸い肋骨は折れていない様子で、時間経過と共に次第に動けるようになるだろう。医務室へ向かわせようとするリィンの提案をを断って、アスティはなお高台から自分たちを見下ろす二人に強い眼差しを向けた。


「シャーリィ、てめえッ!」
「あはは……! ランディ兄、久しぶりだね」
「昼間の……! それにあんたは――」
「フフ、久しいですわね。灰の起動者ライザー


 ランドルフが赤毛の彼女を咎め、リィンはアスティを支えながら二人の姿を捉える。女騎士はリィンに対しそう返答をし、薄緑の瞳を演習地全体へ向けた。同様に赤毛の彼女も、アクアブルーの瞳を細める。


「《身喰らう蛇》の第七柱直属、《鉄機隊》筆頭隊士のディバリィです。短い付き合いとは思いますが、第Uとやらに挨拶に来ましたわ」
「執行者No.]Z――《紅の戦鬼》シャーリィ・オルランド。よろしくね、トールズ第Uのみんな」


 予想は的中した。やはりこのサザーラントの地に、《結社》は足を踏み入れていたのだ。《結社》最強の戦闘部隊の筆頭隊士に、執行者レギオンの一人。陽動などではなく確実に、《結社》はこの地で何かの計画を実行しようとしていた。

 ランドルフとシャーリィは既知の関係らしいが、あまり仲睦まじいといった雰囲気ではない。また、デュバリィとリィンも顔見知りであるらしいが、二年前の内戦でも《結社》が絡んでいたことを考えると不思議なことではない。

 リィンがどういうつもりかと尋ねると、「決まってるじゃん」とシャーリィは対戦車砲パンツァーファウストを投げ捨て、代わりに真っ赤なチェーンソーを両手に持つ。外向きの刃がギュルギュルと周り、エンジン音が響く。ランドルフが「《テスタロッサ》」と言葉をこぼし、シャーリィは満足そうに口角を吊り上げた。


「勘違いしないでください。わたくし達が出るまでもありませんわ。ここに来たのは挨拶と警告――貴方がたに、“身の程”というものを思い知らせるためですわ!」


 そう宣言してデュバリィが片手を挙げると、それを合図に数多の人形兵器が姿を現した。彼女らの周りを囲うように拠点防衛型の《ゼフィランサス》と奇襲・暗殺型の《バランシングクラウン》の二種の大型人形兵器が出現し、演習地出入り口からは汎用型の《ファランクスJ9》は列を成して侵攻してくる。《結社》の実力者二名と無数の人形兵器たちに囲まれ、《第U分校》側は圧倒的不利な状況にあった。


「あはは、それじゃあ歓迎パーティを始めよっか!」
「我らからのもてなし、せいぜい楽しむといいですわ!」


 想定もしていない緊急の事態だったが、教官らはすぐに自分の担当クラスへ戻って指揮を執った。戦術科は人形兵器の掃討、主計科は戦闘班、医療班、通信班に分かれ各々の持ち場へ着く。


「リィン教官……って、アスティ!? 一体何があったのよ……!?」
「ユウナ……! 大丈夫、もう動けるよ……」
「無茶するな! 相手は《結社》だ。下手に手負いの状態で戦えば、返り討ちに遭うぞ!」
「クルト……でもあの《結社》の人たち、私のことを知ってたの! 聞き出さないと……!」


 よろよろと立ち上がって、剣を構える。痛々しい様子にアスティの他の生徒は眉を下げるが、リィンだけは数秒の間瞳を閉じ、思考を巡らせていた。そして小さく、「わかった」と首を縦に振る。


「リィン教官!?」
「君が記憶を取り戻す手伝いをすると言ったのは俺だ。それが君にとって必要なことなら、最大限力を貸そう。……ただし、一人で無茶はするな。俺たち《Z組》から離れないこと、それが条件だ」
「……! ありがとうございます!」


 ユウナが「いいんですか!?」とリィンに再度確認するが、リィンとアスティの決意は固かった。リィンも人形兵器に向かって太刀を抜き、他の生徒たちも各々武器を取り出す。

 《Z組》の役目は遊撃だ。《[組》《\組》をフォローし、警戒が手薄な場所を回って人形兵器を各個撃破していく。一度交戦した《Z組》は人形兵器についてある程度の知識が頭に入っているが、他の科の生徒はユウナやクルトから先ほど伝え聞いた程度の情報しかなく、特に戦闘が主ではない主計科はかなり苦戦している様子だ。そのような場面を見かけたらすぐに駆け寄り、人形兵器を引き寄せて別の場所で戦闘を開始する。

 が、ただでさえ日中の演習で体力を消耗しきったばかりだ。どの生徒も本調子ではなく、その顔には疲労が溜まっていることが明らかである。《Z組》もそれは同様で、徐々にだが動きが鈍っていくのを感じていた。――その死角を、シャーリィは狙った。


「あはは、美味しそうな匂いには我慢できないタチなんだよね……」


 ギュルギュルとチェーンソーが回転し、炎が舞う。


「ちょっとだけ――味見するくらいだからさああっ!」


 心の底から楽しそうな笑顔を浮かべ、シャーリィは演習地に突っ込んだ。その速度に誰も反応が出来ず、シャーリィが通った後の地面は草木が燃え、黒煙が上がる。彼女の狙いが車両であることは明白であったが、リィンもランドルフも、皆人形兵器の相手で手一杯であった。「巻き込まれたくなかったらとっとと逃げなよねぇ!」と走る彼女を止める者は、誰一人としていない。

 ――だが、それは“《第U分校》の人間は”という話だ。シャーリィが車両にチェーンソーを振るう直前に、彼女の足元に弾丸がかすめる。彼女はそれに気づいて後方へ下がると、続いて飛んできた弾丸をチェーンソーで弾いた。

 彼女の歩みを止めた弾丸に目を奪われてついそちらを見ると、リィンは目を見開いた。グッドタイミングだねと笑うシャーリィに、その人物はバッドタイミングの間違いだと思うけどと顔をしかめる。列車の上に立って銃剣ガンソードをシャーリィに向ける銀髪の彼女は一言二言言葉を交わすと、それ以上は必要ないと足を踏み出す。シャーリィと銀髪の少女との戦場は、列車の上へと場所を変えたようだ。

 それとほぼ同時に、弦楽器の音色が演習地を包み込む。


「響いて――レメディ・ファンタジア!」
「! これは……」
「アスティの足元に、花が……!」


 ヴァイオリンの音色と共に、アスティの足元に真っ白な花が咲き誇った。それはアスティだけではなく、演習地にいる負傷した生徒の全てにも同じことが起こっている。そしてその花が開くと共に、脇腹に受けた打撲の痛みがゆっくりと和らいでいく。数秒後にはすっかり痛みも引き、これまで通りに身体を動かしても何の問題もないまでに回復した。


「エリオット……」
「魔導杖の特殊モードによる戦域全体の回復術ですか……」
「すごい、全然痛くない……!」


 音の中心地はシャーリィたちの交戦ポイントから外れた列車の上で、彼の武器である魔導杖をヴァイオリンの形へ変形させて術を放っている。

 腕をぐるぐると回してみるが、痛みはない。ここまで高度な回復術を見る事は初めてだ。「調子はどうだ?」と尋ねるリィンに「ばっちりです!」と答えると、前線へ向かう。彼との約束は守り、きちんと他の《Z組》がカバーに入ることのできる距離は保っているが。

 そしてエリオットに引き続き、ラウラが姿を現す。ラウラは周囲の人形兵器を続々と一刀両断しつつ、真っ直ぐにデュバリィへと突き進んだ。


「奥義――《洸凰剣》!」


 彼女の奥義を真っ向から受け止めたデュバリィは、その衝撃に耐えきれず数歩下がる。

 トールズ旧Z組の内三名がこの演習地に集結し、なんとか危機は乗り越えられそうな兆しを見せた。元々《第U分校》を攻撃目的で足を運んだわけではないため、この顔ぶれでは白熱戦になってしまうとデュバリィは撤退を決断する。シャーリィは少々名残惜しそうな顔をしつつも、銀髪の少女との一騎打ちを中断してデュバリィと並んで元の場所へと戻った。

 身の丈ほどもあるチェーンソーを抱えて一瞬で移動するシャーリィとデュバリィに、ユウナは「なんて身体能力……」と呟いた。ランドルフはとんだ化け物娘たちだと頭を抱えるが、リィン曰く、あれは彼女らの本気ではないらしい。それを肯定するように、シャーリィは口を開いた。


「お遊びにしてはなかなか楽しめたかな? ――本当の“戦争”だったら五分くらいで壊滅だろうけど」
「まあ、この場所を叩くのは今夜限りと宣言しておきます。明日以降、せいぜい閉じ篭って演習や訓練に励むといいでしょう。――この地で起きる一切のことに、目と耳を塞いで」
「――待って!」


 立ち去ろうとする二人を、アスティが呼び止める。意外にも、彼女らは振り返って数歩先に出るアスティと視線を合わせた。


「記憶を失う前の私について、何か知っているんでしょ!? 知っていることがあるなら、話して!」
「……あのさぁ。そういうことは、普通勝った側が負けた側に言うべき台詞じゃない? どうして勝った側のあたしたちが、負けた君の指図を受けないといけないの?」
「っ……」


 正論とは少し違うが、シャーリィの言うことに理解を示してしまう自分もいた。彼女の言うとおり、今回の戦闘での勝者は彼女で、敗者はアスティだ。敗者には文句を言う権限も、何かを知る権限も何もない。

 押し黙るアスティを見て、デュバリィはため息をついた。そして、「本当に、変わってしまいましたわね」と呆れながら述べる。


「餞別代わりに、少しばかりの情報は置いて行って差し上げましょう。こちらの戦鬼の娘は違いますけれど、確かにわたくしと貴女は以前会ったことがあります」
「え……」
「けれど、その時の貴女は今の貴女のようにうじうじと、何かに遠慮しているような優柔不断な娘ではありませんでしたわね」
「……!」


 デュバリィが瞳を伏せる。リィンが彼女の名前を呟くと、彼女は顔を上げた。アスティは瞳を揺らし、デュバリィを見つめる。それは、アスティがこの半年生きていて初めて手に入れた、以前のアスティ・コールリッジについての情報であった。「これ以上は、自分の足で調べなさいな」と言い残し、彼女は立ち去る。デュバリィの後を追いかけて、シャーリィもまた演習地を後にした。その後に残ったのはただ草木がパチパチと燃える音だけで、誰も何も発さなかった。

 ――遠慮している、とは一体どういうことだろうか。彼女らは自分の、何を知っているのだろうか。


「……えっと、アスティ…………」
「…………だーいじょうぶ! ちょっとだけだけど情報は貰えたし、これで少しは前進したよね!」
「…………」


 ユウナたちは皆眉を下げ、呆然と《結社》の二人組が去った方向を見ているアスティの名を呼ぶ。湿っぽい空気を払拭しようと空元気で振舞ってみたが、どうやら逆効果であったみたいだ。演習地全体がどんよりと暗い雰囲気に包まれていて、アスティも困ったように笑う。


「……エリオットさんの回復術があったとはいえ、一応医務室で見てもらった方が良いのでは? 後遺症の類が残っては大変でしょうし」
「……うん、そうしようかな。ありがとね、アルティナ」


 《Z組》のクラスメイトに連れられ、列車内へと戻る。その顔には、未だ影が差していた。





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