からっぽだけどそれでもぼくら


「はあ……本当に来ちゃった……」
「今からでも帰って、ランドルフにチクるか?」
「しないよ。そんなことしたら、逆に私が悪者になっちゃうじゃんか……」


 ため息をつくアスティに、アッシュはからかうように言葉を投げかけた。その言葉を適当にあしらいつつ、アスティは他四名と同じく“彼ら”に視線をやった。

 パルム間道から外れにある高台にて、ユウナが双眼鏡ではるか遠くを確認する。視線の先はとある山道、昨日の特務活動にて《Z組》が発見したが封鎖されていた、あの門の向こう側である。


「ふう……あの子ミュゼの情報通りだったわね。でも、ここまで離れてなくてもさすがに大丈夫だったんじゃない?」
「……教官の気配察知を考えたらこのくらいの距離は必要かと。同行者たちも侮れませんし」
「リィン教官、あの人形兵器が近づいてくるのを察知できるくらいだから、その辺に関しては結構化け物じみてるもんね」
「……化け物じみた気配遮断使ってくるアスティが言うことでもないような気がするけど」


 山道を進むリィンたちの姿を捉えながら、各々口にする。

 ミュゼの情報とは、この山道についてのことだ。地形や諸々の条件から、《結社》の二人はこの山道の先を拠点にしている可能性が高く、また、最終的にリィンたちがこの場所に行き着く可能性も高いと彼女は言っていた。最初は半信半疑ではあったが、実際に様子を見に来てみると彼女の推論通り彼らはこの場所に姿を現したのだから、ミュゼの推察能力には素直に称賛を送るしかない。

 リィンたちにはまだ気づかれるべきではないと身を隠し、結果今現在アスティたちが立っているこの高台から後を追うことになった。場合によっては獣道を使う可能性もあるが、ここまで来てしまったからには仕方がない。


「はあ、ここまでするのはちょっと気が咎めるけど……――でも、ここまで来て蚊帳の外は納得できないよね! ……[組のアンタがどうして付いて来たのかは知らないけど」


 ユウナが気合いを入れると同時に、後ろ横にいるアッシュに目をやる。彼は「俺の勝手だろうが」と返すと、さらに後方にひっそりと佇んでいるそれに視線を投げた。


「ランドルフの野郎を撒いてコイツを持ってきたのを忘れんなよ?」


 その視線の先にあるものは一機の機甲兵、汎用型のドラッケンUであった。昨夜シャーリィからの砲撃を受けた機体だが、主計科の修理によりなんとか通常通り使える程度には直されているらしい。さすがに分校に帰った後には、シュミットによる本格的なメンテナンスが必要だが。


「今頃向こうは大騒ぎだろうね……“アッシュが機甲兵と特務科引き連れて消えた〜!”って」
「んで俺が主語になってやがんだよ。主犯はテメーらだろうが」
「一緒に来てるんだから同罪でしょ、同罪」
「テメェ……吹っ切れた途端調子づきやがって……」


 アッシュの計らいにより機甲兵という《結社》の実力に少しでも近づける手段が出来たのは良いのだが、問題はこれをどうやって運ぶかである。一人が機甲兵に乗った状態で、さらにリィンやその同行者に気付かれないように山道を進むというのは、かなり困難であった。


「まあ、機甲兵の操縦はこの中だと一番慣れてるアッシュに任せるとして。……アスティ、先頭を頼めるかい?」
「私? 別にいいけど、どうして?」
「気配を消して進むのは君の得意分野だろう。なら、君が先頭になって僕たちに合図を出してくれた方が効率がいい」
「まあ、そういうことなら……」


 高台から山道を見下ろすが、どうにも隠れられそうな場所はない。仕方なく、リィンたちに気付かれないよう一定の距離を保ちつつ木々の間をかき分けて迂回することにした。









 静かな山の中で、どこからか剣戟の音が聞こえる。十中八九、リィンたちがこの先で戦闘を行っているはずだ。他の生徒たちも同様に聞こえたらしく、アスティらは顔を合わせて頷くと、一斉に駆け出した。機甲兵に乗っているアッシュが先行し、木々の合間を抜けた先でその武器を振るう。が、シャーリィとその部下の男は難なくそれを避け、高台から飛び降りた。


「その声――[組のアッシュか!?」
「あたしたちもいます!」
「参る――!」


 次に飛び出したのはユウナとクルトだった。少しばかり迂回して相手の意表を突くと、双剣術とガンブレイカーによる連撃で鉄機隊を下がらせる。


「くっ、雛鳥ごときが――」


 デュバリィがそう苦言を述べたのも束の間、瞬時に真正面に現れたアルティナと《クラウ=ソラス》の奇襲に遭い膝をついた。黒兎ブラックラビット、と口にすると、アルティナは「久しぶりですね、《神速》の」と簡潔に述べる。《クラウ=ソラス》に乗る彼女と対峙するのは随分と久方ぶりであるとデュバリィは立ち上がろうとするが、次の一手によってそれは阻止されることとなる。


「私もいるよ、《神速》の騎士さん」
「!? いつの間に――!」


 地に膝をつくデュバリィの背後から、すっと腕が伸びた。その片手にはキラリを光る剣が握られており、ゆっくりとその刃をデュバリィの首筋に当てる。


「その身の潜め方――まさか、記憶が戻りましたの!?」
「ううん、それがこれっぽっちも。……だから、君に直接聞こうと思って、ここまで来たよ」


 「こういうのって、勝った側が負けた側に聞く権利はあるんだったよね?」と、昨夜アスティがシャーリィに言われた台詞をそのまま述べる。するとシャーリィは横からそんなアスティを見て、心底愉快な様子で顔に笑顔を咲かせた。


「アッハハ! いいじゃんそういうの、あたしは嫌いじゃないな〜! えっと、名前なんだっけ?」
「アスティ。アスティ・コールリッジ」


 アスティね、と呟くシャーリィに、「わ、笑い事じゃありませんわ!」とデュバリィが叫ぶ。

 高台の下からリィンがそれぞれの生徒の名を呼び下がっていろと叫んだが、真っ先にクルトが「聞けません――!」と答えた。


「貴方は言った……! “その先”は自分で見つけろと! 父と兄の剣に憧れ、失望し、行き場を見失っていた自分に……間違っているかもしれない――だが、これが僕の“一歩先”です!」
「……!」
「――命令違反は承知です。ですが、有益な情報を入手したのでサポートしに来ました。状況に応じて主体的に判断するのが、特務活動という話でしたので」
「アル……」


 クルトのその瞳に、“後悔”の二文字はなかった。真っ直ぐに前を向き、今自分が為すべきだと、自分自身で判断したことをやり遂げようと剣先を向ける。アルティナも同様である。彼女が生まれて初めて命令に違反し、自らの心に従ってリィンを助けようと動いたのだ。それをどうして責められようか。


「すみません、教官。言いつけを破ってしまって。――でも、言いましたよね? “君たちは君たちの《Z組》がどういうものか見出すといい”って。自信も確信もないけど……四人で決めて、ここに来ました!」
「………………」


 リィンが唖然として《Z組》の面々を見つめる。命令違反をし、自分を裏切ったという気持ちが半分。けれど、それでも自分を追いかけてきてくれたという気持ちもまた半分。彼女たちにかける言葉が、すぐには見つからなかった。


「あはは……ごめんなさい教官。やっぱり、ユウナたちのお目付け役は、私にはちょっと荷が重たかったみたいです」
「アスティ……」
「でも……いつまでも、与えられるものを与えられるだけ貰ってばかりじゃ、失った大事なものなんて取り返せないですよね。ユウナたちに言われて、ちょっとだけ分かりました。私の記憶を取り戻せるのは、私だけなんだって」


 レクターやクレアから与えられるものだけを受け取っていて、他は何も疑問に思わなかった。分校に入ってからはレクターとクレアが立っていた場所に代わりにリィンが立つようになって、それでも何かが変わることはなく。いつしか、何かを“受け取る”ことが自分の存在意義なのであると勘違いをするようになった。だからこそ、リィンの言いつけをきっちり守って、演習地で目と耳を塞いでぬるま湯に浸かって、記憶の手がかりが流れていくのを傍観しているのが正しいのだと、本気で思っていた。

 けれど、それは違う。自分から何かを成し遂げることのない者は、何も掴むことさえできないのだから。


「“うじうじ”しているのは、私のキャラじゃないっぽいし?」
「! 貴女……」


 アスティの前で膝をついたままのデュバリィが、はっと目を見開きアスティを見つめる。こう見えて借りは返す主義なのだ、と宣言して、片目を閉じていたずらっぽく笑った。

 まだ、レクターやリィンに本当のことを聞くのは怖い。けど、怖くたっていいのだ。どうしても怖くて聞けなくても、自分から進んで記憶の手がかりを集めようとしたという第一歩さえ残ってさえいれば、それはきっと、未来でアスティの勇気に変わってくれるだろうから。


「……なるほど。確かに《Z組》だな」
「しかもリィンの言葉が全部ブーメランになってる」


 リィンの横で、ラウラとフィーがひっそり子声でそう話す。が、妙に耳の良いデュバリィは「何を青臭く盛り上がっているんですの!?」と憤慨した。そんなデュバリィをよそに、シャーリィは愉しそうでいいじゃんと笑う。


「折角だからまとめて全員と殺り合ってもよかったけど……――これだけ場が暖まってたら行けそうかな?」
「おっと、イカした姉さん。妙なことはやめてくれよな? 化物みてぇに強そうだが……勝手な真似はさせねぇぜ?」
「ふふっ、面白い子がいるねぇ。機甲兵に乗ってるのに全然油断してないみたいだし」


 懐から何やら起動スイッチのようなものを取り出したシャーリィに、アッシュは機甲兵のままヴァリアブルアクスを向ける。アッシュ自身も、機甲兵が戦車よりも装甲が薄く、彼女が昨夜持ち出した対戦車砲パンツァーファウストを正面から受けると危険であるという事を理解しているため、数十倍の対格差があったとしても全く気を抜いていない。彼女の一挙手一投足に常に目を光らせ、チェーンソーを取り出そうとしてもすぐに回避できるように操縦レバーを固く握る。

 大してシャーリィ自身は「パパあたりが気に入りそうな子だけど……」とあからさまに警戒するようなことはせず、隅から隅まで機甲兵を観察した後に一言、「今は引っ込んでてくれないかな?」と呟いた。

 ぐい、と彼女が起動スイッチを押すと、途端に地面が震え始める。これはアッシュも想定しておらず、彼が搭乗する機甲兵の背後に忍び寄る巨大な影に対応するのが遅れた。


「後ろ――!」
「アッシュ――!」
「アスティさん!?」


 剣もデュバリィも全て放り投げて、アスティは地面を蹴った。その目的地は、アッシュの乗る機甲兵と、その背後の崖から這い上がってきた巨大な人形兵器との間である。あまりに無謀なアスティの行いに、アルティナが声を荒げた。そしてそんなアスティを見上げながら、シャーリィは口角を吊り上げる。

 この時のアスティの跳躍力、スピードは、どう考えても普通の人間のそれとは比較にならないレベルであった。これよりも前にアスティがそれを見せたのは、昨夜初めてシャーリィたちと対峙した時。達人の域に達しているその身のこなしの正体が何であるかは、シャーリィは既に知っていた。正確には、その身体能力の元となっているアスティ自身の“力”についてだが。

 アスティの数十倍もある人形兵器と機甲兵に潰される未来が、この場にいる全員に見えていた。リィンも数秒後の最悪の未来を想像し、アスティの名を叫ぶ。操舵室のモニターに突如映り込んだ小さな背中に、アッシュも目を見開いた。

 そしてその数秒後。人形兵器の腕が振るわれた。


「――ッ!」


 鮮血が舞い、人形兵器と機甲兵が赤く染まる――ように思われた。

 ユウナが瞼を開けて最初に入ってきた光景は、アスティが両手で人形兵器の腕を受け止めている姿だった。

 にわかには信じられない現場に、思考が止まる。あの細腕で、自分の数十倍もある人形兵器の腕を受け止めている? 何故、と疑問がこの場にいる全ての人物の頭に浮かんだが、けれどその光景はたった一瞬のみで終了し、次の瞬間アスティの身体も機甲兵も一直線に吹き飛ばされた。


「アッシュ……!? アスティ……!?」


 背後の高台に激突した機甲兵はプスプスを黒い煙を上げ動かない。遠くからではアスティの姿は確認できず、まさか、と最悪の結末がユウナの思考をよぎった。今すぐにでも駆け出したいリィンであったが、未知の人形兵器を前に背中を向けるわけにもいかず、太刀を抜いたままこれ以上アッシュとアスティに人形兵器が近づかぬよう身構える。


「いたた……ありがとアッシュ」
「チッ、動けんならとっととそこどきやがれ……!」


 そんな心配も、すぐに聞こえた声で消え失せた。アッシュがなんとか寸前で操縦レバーを引き、アスティが機体に押し潰されないよう地面と崖、そして機体の隙間をほんの少しだけ空けて空間を作っていたらしい。その間にすっぽりと収まって倒れていたアスティは急いでそこから這い出ると、直後に機体は完全に倒れ込む。これに関しては本当に、アッシュの機転に感謝しかなかった。

 自分自身に治癒術をかけつつ、視線の向かう先はあの人形兵器である。縦にも横にも機甲兵の全長を大きく超えたそれは、人間が生身で太刀打ちできるものではないと悟るのに苦労はしない。五体満足に動く人形兵器を見て、シャーリィは見事成功だねと声高らかに笑った。


「リィン、行くんだね?」
「ああ――こんなものを人里に出すわけにはいかない」
「分かった……頼む」


 リィンが覚悟を決めたように一歩前に出て、右手を強く握る。その様子を《旧Z組》の面々は見守ると、その場はリィンに任せて数歩下がった。


「来い――《灰の騎神》ヴァリマール!!」


 空高く右手を掲げ、リィンはそう叫んだ。

 ――その姿に、アスティの頭はずきりと痛んだ。なんだ、と困惑した表情を浮かべるが、頭痛はさらに強くなる一方で、頭を抱えて膝をつく。けれど不思議と、その背中から目を話すことができない。

 直後、リィンの頭上に大きな影が差した。空から飛来したそれは、分校の生徒ならば一度は見たことのあるものだ。一見機甲兵と形状は似ているが、細かい装飾や材質は全く違う。いつも格納庫の奥に眠っていて、今回の演習でもデアフリンガー号の六号車の最奥に積み込まれた騎士人形。――《灰の騎神》ヴァリマール。

 今までそれを目に入れても、なんとも思わなかった。けれど何故か、それが動いている所を――否、リィンがそれを召喚し、搭乗するところを見ると、がんがんと打ち付けられるような痛みがアスティの頭を襲う。


「……っ…………!?」


 けれどやはり、それから視線を逸らすことができない。どうして、を瞳を揺らしても、答える者は誰もいない。

 あの姿に、見覚えがある。私はあの灰色の騎士人形を、知っている。

 そして同時に、映像がアスティの頭に流れ込んできた。

 蒼色の騎士人形。二つの刃をその手に携え、灰色とぶつかり合うその名は。


「……《蒼の騎神》…………オルディーネ………………」


 ぽろりと口からこぼれた言葉に困惑したのは、他でもないアスティ自身であった。全く知らない単語のはずだ。今まで聞いたことも無い響きであるはずなのに、なぜか鼓動は速くなる一方である。


「アスティ、無事か……!」
「……みんな! うん、アッシュのおかげでなんとか……!」


 リィンとヴァリマール、そして人形兵器との攻防を背に、ユウナたちが駆け寄る。あの人形兵器には特殊な“力”が作用しており、そのせいでリィンの太刀が通らないらしく苦戦を強いられていた。

 クルトは何か切羽詰まった様子で機甲兵に真っ直ぐ走り、ユウナとアルティナはアスティの傍で治癒術を施す。幸いアスティは人形兵器の攻撃を受けることはなく、風圧で吹き飛ばされただけである為かすり傷程度で済んでいた。


「馬鹿……! 一体、何がどうなってるのよ……!? ううん、あんな無謀なことして……死んじゃうかもしれなかったのよ……!?」
「あはは、ごめんユウナ……でも、無謀だったとしても、無駄なことじゃなかったよ」


 涙目でそう訴えるユウナに、アスティは機甲兵を見るよう促す。そこでは、クルトが機甲兵の搭乗口を開けてアッシュの無事を確認している様子が伺えた。アッシュ自体は崖に激突した衝撃で軽い脳震盪を起こしているが命に別状はなく、また大きな怪我も見受けられない。


「……コールリッジが直前であのデカブツの攻撃の軌道を逸らしたから、機体へのダメージは軽いはずだ……」
「! アスティが……」
「……不本意だが任せた……ブチかましてこいや……!」


 あのアスティの行動の理由はそれだったのかと理解はしたが、人形兵器の質量を受け止められた仕組みは皆目見当がつかなかった。だが、そんな疑問は後回した。任せてくれとクルトは拳を握ると、アッシュと入れ替わりで機甲兵に乗る。


「――助太刀します!」


 クルトが乗った機甲兵はリィンの隣へ立つと、双剣を構える。


「クルト、下がれ! 機甲兵の敵う相手じゃない!」
「百も承知です! ですが見過ごすことはできない! 幼き頃に育ったこの地を災厄から守るためにも……僕自身が前に踏み出すためにも、ヴァンダールの剣、役立ててください!」
「君は……」


 その瞬間、アスティたちの身体を光が包んだ。実力テストの時と同じ、戦術リンクを結んだ時と同様の感覚である。光の発生源はアスティたちが所持する《ARCUSU》であり、《旧Z組》の三人も同じ現象を目にしていた。あちらは内戦の時にも経験しているらしく、二年前よりも強くなっていると話す。この場で唯一、リィンの同行者であるアガットとアッシュだけが光を宿していないことから、おそらくこの光の対象者は《Z組》の関係者に限定されるのだろう。もっと踏み込んで言えば、《灰の起動者》であるリィンと縁の深い者とも解釈ができる。


「――小言は後だ。あのデカブツを無力化する。奇妙な“力”の流れを見極め、断ち切って刃を突き立てるぞ!」
「了解です――!」


 リィンが搭乗するヴァリマールと、クルトが搭乗する機甲兵。二機と一機がぶつかり合い、多くの人々に見守られながら、戦いの幕は上がった。





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