ひかりとなって揺れている


 ガキン、と金属の割れる音がして、ユウナは声を上げた。リィンの止めによって機能を停止した人形兵器はだらりとアーム部分を下げ、黒煙を上げたまま動く気配はない。それは、リィンの《八葉一刀流》とクルトの《ヴァンダール流》が、巨大な災厄に打ち勝った瞬間でもあった。

 人形兵器との勝敗がついたところで、ようやくこの場にランドルフが到着した。ヘクトルに乗った彼のみが先行して駆けつけたらしく、後からトワとミハイルが他の分校生も引き連れて応援に来るだろうと話す。《灰の騎神》に機甲兵が二機。対する《結社》側は主戦力である人形兵器が潰え、鉄機隊三名とシャーリィ、その部下の計五名。戦況はリィンたちの側に大きく傾いていた。


「ふふっ……ちょっと喰い足りなかったけど、またのお楽しみかな。今度はちゃんと殺り合ってくれるよね――《猟兵王》?」
「――なんだ、気付いてやがったか」


 《猟兵王》という言葉に、フィーとランドルフが反応した。その直後、渋みのあるテノールが静かに響く。

 シャーリィが視線をやった先に現れたのは、アスティたち《Z組》は昨日初めて人形兵器と交戦した時に邂逅したあの中年男性だった。その時はベスト姿で非常にラフな服装であったが、今は黒の外套を羽織っている。両側には男の部下である男性が二人並んでおり、三名とも同じデザインの外套に同じモチーフが描かれていた。

 空駆ける蒼い鷲。それは他でもない、二大猟兵団の一角である《西風の旅団》の証であった。


「フフ……西風の旅団長、ルトガーだ。改めてよろしくな、新旧Z組」


 昨日は己のことを“狩人のようなもの”と名乗っていたが、猟兵だったのであればその言葉の濁し方も納得がいく。嘘はついていないが、“死神”とまで揶揄される猟兵を名乗るよりは何十倍も良い方向に解釈ができる表現だろう。

 同時に、ルトガーは《旧Z組》の一人、フィー・クラウゼルの育ての親でもある。――三年前に、シャーリィが所属する《赤い星座》の団長バルデル・オルランドと相討ちになって亡くなったはずの。どうして、という彼女の疑問に答えることはなく、彼は挨拶と称して背後の崖から飛び降りた。突然の行動に一同は目を丸くするが、直後、地鳴りと共にその機体が姿を現す。


「な……!?」


 リィンの乗る《灰の騎神》と形状はほぼ同じであるが、その色は違う。そして手にしている獲物も。

 ルトガーが操る《紫の騎神》は動きを止めている人形兵器のヘッド部分を素早く切り落とすと、目にも止まらぬ速さで追撃を行い、あっという間にパーツごとに分解してしまった。爆発によって立っているのが困難であるほどの爆風が起こり、ヴァリマールと機甲兵二機、そしてアルティナの《クラウ=ソラス》が盾となってこれを防ぐ。その間にも《紫の騎神》は残った胴体部分に連続で銃を撃ち込み続け、最後に巨大な爆発を起こして人形兵器は跡形もなく消え去った。


「あはは! さすがは《闘神》のライバル! 今度はちゃんと相手をしてよね!」
「クク、いいだろう。フィー、灰色の小僧もまたな」


 人形兵器の残骸を残し、ランドルフとフィーが引き留める声も聴かずにシャーリィとその部下、《西風の旅団》と《紫の騎神》はその場を後にする。愉しげに口角を吊り上げる同僚と空を駆ける機体を見て、デュバリィはため息をついた。


「まったく……敵同士で何を悠長な。……それで、そこの娘。何かわたくしに確認したいことがあったんじゃありませんの?」
「え、《神速》の騎士さんってば律儀じゃん。勝った方が負けた方に聞けるっていうの、ちゃんと覚えててくれたんだね」
「相変わらず、いちいち小生意気ですわね貴女は!」


 これまでのシリアスなムードはどこへやら、デュバリィとアスティの掛け合いに《Z組》一同は苦笑いをこぼす。けれどそれも束の間、アスティはその顔から笑顔を消し、続けて言葉を述べた。


「でも……やっぱいいや」
「!」
「君に聞くのは最終手段にする。他人から聞いてそれで終わりだなんて、そういうのはもうやめる。自分で拾い集めてこその記憶でしょ?」


 「それに、収穫はあったことだし」とアスティはリィンの乗るヴァリマールに目をやった。断片的に思い出したあの《蒼の騎神》の正体は不明だが、今はこれだけでも十分だ。後悔しませんの、とデュバリィが尋ねるが、「その時はユウナとアルティナに慰めてもらうから全然平気」と晴れやかな笑みで答える。教え子の様子にリィンはヴァリマールの中でひっそりと微笑み、デュバリィは目を伏せた。


「……そういうことなら、わたくしからはもう何もありません。それでは、失礼しますわ。第U分校、それに遊撃士協会」
「“幻焔計画”の奪還もようやく始まったばかりだ」
「“我々”と“彼ら”の戦い……指を咥えて眺めていることね」


 そう言い残し、鉄機隊の三名は空間転移の術でその場から消えた。

 《結社》が姿を消し人形兵器も破壊され、平穏が戻ったパルム間道に駆け込んできたのは《第U分校》の生徒たちだった。各々武装を手にし教官らと《Z組》、アッシュの無事を喜ぶと、トワの指示に従って周辺の警戒を始める。

 バチバチと放電する人形兵器の落ちた腕を見つめながら、リィンは「まだ始まったばかりだ」と小さく口にした。









 到着した《第U分校》によって人形兵器の残骸は綺麗に撤去され、アスティたち《Z組》とリィン、その同行者たちはその場で主計科による応急手当を受けることになった。その後は厳重な守秘義務の下、リィンとミハイルの口により、このパルム間道の奥に隠されたとある悲劇についてが生徒たちに告げられた。

 通称“ハーメルの悲劇”。十四年前、当時の帝国軍主戦派が隣国リベールに侵攻する口実を作るため、猟兵崩れをミラで雇って村を襲わせた自作自演の虐殺事件。その事実を隠蔽するためにこの先のハーメル村へと続く道は“崖崩れのため”として封鎖され、地図からハーメルの文字は消された。アルティナが地図を開いてもここだけがぽっかりと空いていたのはそのためである。厳しい情報管理の結果、幼い頃から近隣のパルムに住んでいたクルトでさえも知らないほどに、ハーメルの名は人々の記憶から消え去ってしまった。

 今は亡きハーメル村に祈りを捧げるため、一同は廃道の奥へ進んだ。焼け落ちた民家を抜けたその最奥にはひっそりと墓が建てられている。その中心には一本の剣が突き刺さっており、その剣の主が何者であるのかを知っているのはほんのわずかな人間だけだ。

 そして。


「――さっきは流したが、これは明白な命令違反だぞ!?」


 アスティたち《Z組》は、ハーメルの中心でリィンにこってり絞られていた。


「確かに君たちには自分たちで考えろと言った! だが、言ったはずだ! 特務活動は昨日で終了したと! おまけに訓練からのエスケープと機甲兵の私的な利用……! 正規の軍人なら軍法会議ものだぞ!」
「――責は自分にあります。処分は一人にしていただけると」
「って、そうじゃないでしょ!」
「責任は全員にあるかと」
「結局、みんなノリノリで演習地から出てきちゃった訳だしね」


 リィンの叱責に返す言葉もない四人は黙って俯き、クルトが全責任を負おうとしたことで顔を上げた。だがリィンの顔は険しいままで、そろそろ許してやってもいいんじゃないかと口を挟んだのはエリオットである。さらにラウラとフィーは、《旧Z組》も同様に命令違反を繰り返していた事、もっと言えば、その先頭に立っていたのはリィンであったことを暴露し、リィンは唐突な背後からの射撃に言葉を詰まらせた。


「……教官?」
「自分たちの正当性を主張するつもりはありませんが……」
「ブーメラン、でしょうか」
「七耀歴1206年“お前が言うな大賞”グランプリ……教官に決定してもいいですか?」


 生徒たちの視線は途端に冷ややかなものになり、その空気を払うべくリィンは咳払いをした。


「――それはそれ、これはこれだ。教官である以上、生徒の独断専行を評価するわけにはいかない。今回は運が良かっただけで、次、無事である保証がどこにある?」
「それは……」


 あくまで“教官として”生徒たちを監督しなければならない以上、たとえその行いが自らが過去に辿ったものと寸分変わらないものであったとしても、リィンはそれを咎める必要がある。これは教官の役目もそうだが、何もよりもリィン個人がアスティたち一人一人の身を案じた結果でもあった。


「――ただまあ、突入のタイミングは良かった」
「え」


 急に変わった声色に、ユウナは素っ頓狂な声を上げた。


「機甲兵登場の隙を突いて女騎士たちを下がらせたこと。倒れたアッシュ、アスティの安全確認と、臨機応変な機甲兵の運用。授業と訓練の成果がちゃんと出ていたじゃないか?」
「あ……」
「そしてクルト――助太刀、本当に助かった。君ならではのヴァンダールの剣、しかと見届けさせてもらったよ」


 だが、評価すべき部分はきちんと評価するのがリィン・シュバルツァーである。クルトがクルト自身の手で己の霧を払い、自分ならではのヴァンダールの道を見出したことは、教官としても誇らしいことだ。その賛辞を胸に、クルトは息を吸い込む。もう、その瞳に迷いなどはなかった。はい、と息を吐いたクルトに、ユウナたちはひっそりと微笑んだ。


「それに、アスティ。どうやら君も、前に進めたみたいだな?」
「……ええ、まあ。本当にちょっとだけですけど」


 進めた、という言葉には複数の意味が含められているが、リィンが聞きたいのはおそらく、記憶についての事だろう。


「――《蒼の騎神》オルディーネ」
「――!」
「教官はきっと、ご存じのはずですよね」


 ユウナとクルトは頭にクエスチョンマークを浮かべたが、その単語にリィンと《旧Z組》の三人は目を見開き、アルティナはピクリと肩を動かす。やはり、とアスティはその眼光を鋭くした。今反応した五名に共通することは、いづれも二年前の内戦の関係者であるという事。となれば、きっと記憶を探す上で最も重要となるのは、あの内戦だ。


「……ま、思い出したのはその言葉と、《灰の機神》の色違いみたいな見た目だけなんですけどね。収穫にしてはちょっと小振りかな〜」
「って、あの鉄機隊のデュバリィって人にあれだけ大口叩いといてそれなわけ……?」
「まあまあユウナ。小さな一歩も大きな一歩も、歩いたことには変わらないって」
「そ、それはそうだけど……」


 呆れるユウナに、アスティは陽気に笑って手を振った。そしてリィンに向き直ると、静かに口を開く。


「……私の失った記憶がこの分校の行く末にあるってことが、今回の特別演習で分かりました。それと、その先に教官が立っていることも」
「!」
「実力テストの時に教官、私の記憶を取り戻す手伝いをしてくれるって言ってくれたんですけど……あれ、半分辞退させてください」


 ユウナが訳が分からないといった表情で「へ」と声を漏らした。折角の好意を無下にしてしまうのは申し訳ないが、もう決めたことである。


「教官のご厚意は嬉しいんですけど……さっきも言ったとおり、与えられるものを受け取るだけのアスティ・コールリッジはもう終わりです。欲しい記憶は、自分の足で歩いて集めたいなって思ったので」
「アスティ……」


 そのきっかけとなったのはあの《結社》の二人組、そして《Z組》である。《結社》に関しては思うところもあるが、きっと《Z組》に所属するのは、少々ロマンチックな表現をすれば“運命”だったのだろう。レクターとクレアがレールを敷き、リィンが岐路を作り、アスティが選択をした。たとえ最初は偶然の重なり合い出会ったとしても、偶然も重なれば運命となる。


「……ああ、分かった。だが、一つだけお節介をさせてくれ」
「?」
「君がどんな選択をしたとしても、君がこの《Z組》の生徒であることに変わりはない。君は生徒で、俺は君の教官だ。どうしても君一人では越えられない“壁”が現れたときは……その時だけは、教官としても俺個人としても、それを乗り越える手助けをさせてほしい」
「教官……」


 真っ直ぐな瞳で見つめられ、アスティはふっと微笑んだ。そして一言。


「……そういう口説き文句は、未来の彼女さんの為にとっておいた方がいいんじゃ…………」


 瞬間、ユウナは吹き出した。え、と呟くリィンであったが、過去のリィンの朴念仁全開な行いを知っている《旧Z組》とアルティナは「とうとう言われたか……」と謎の納得を示している。クルトはクルトで、「君もなかなかに空気を読まないな……」とアスティに呆れを込めた視線を送った。ユウナは未だに肩を震わせている。


「……とにかく、俺の言いたいことは以上だ。アスティ、クルト、ユウナにアルティナも。お疲れ様だったな」


 最後には皆が笑って、初の特務演習を締めくくった。









 翌日。《結社》の襲撃に遭ったデアフリンガー号も元通りとは行かないが運行に難はなく、予定通りサザーラント州を出立することとなった。演習地には《旧Z組》のエリオット、ラウラ、フィー、そして今回リィンに協力をした遊撃士のアガットも見送りに駆け付け、ばたばたと忙しなく主計科が準備を行っている外では、教官陣、そして《Z組》とティータが別れの挨拶を交わしている。詳細は知らないがアガットとティータは何やら深い縁があるらしく、「本当にヤバくなったらこいつは連れて帰る」発言にティータは赤面し、その様子を車内から伺っていた女子生徒たちからは密かに黄色い声が上がっていた。

 《旧Z組》の三名はそれぞれ帝国各地を回るらしく、何かあれば情報交換をしようと約束を取り付ける。《身喰らう蛇》が動き始めたことや《西風の旅団》の目的など、未だに謎に包まれていることは多い。少しでも情報提供者が増えることは、分校にとっても有難かった。

 今回少しの間だけ時間を共にして分かったが、《旧Z組》の団結力、連携、そして絆の深さは折り紙付きである。この三名と同じように苦難を乗り越えた人々があと七人もいるのかと考えると、改めて《旧Z組》の偉大さが実感できた。


「ふう……それにひきかえ」
「まだまだだな――僕たちは」
「……確かに少々、経験値の差は感じます」
「――いや、そんな事はないだろう」


 《Z組》という看板を背負ってしまった身としては少々気が引ける部分があるユウナたちであったが、リィンはすぐに否定する。命令違反ではあったが、リィンたちの窮地に駆け付けたこと。機甲兵に乗ってリィンと共に戦い、何より《ARCUSU》で皆繋がってしまっている。自信をもって胸を張れと、ラウラたちは述べた。


「ほーらね、先輩方もそう言ってることだし。あんまり卑屈にならなくてもいいんじゃない?」
「アスティ……もう、演習地を出る前は一番渋ってたくせに……」


 へらりと笑みを見せるアスティにつられて、ユウナたちも笑顔を見せた。ユウナが《Z組》の重鎮であるとするならば、アスティは《Z組》の活力であるのだとリィンは思う。活力さえあれば、人は笑って前を向ける。いつだって、一番強いのは最後まで笑っていられた者だ。彼女のあり方はかつて《Z組》であった“彼”のようで――これも、女神の導きであるのだろうか。


「ええい、いつまで話している! 定刻だ――そろそろ出発するぞ!」


 ミハイルの一声により、教官らと分校生は急いで列車に乗り込んだ。動き始める列車の窓際に立ち、手を振る《旧Z組》、アガットたちに手を振り返す。


「……そういえば、教官。それとアルティナ」
「どうした?」
「エリオットさんやラウラさん、フィーさん、教官にアルティナも。記憶を失う前の私のこと、ご存じですよね?」
「……………………」
「……一体、どのあたりで気づいたんだ?」


 列車が進むにしたがって遠くなる四人の姿に視線を注いだまま、アスティは隣のリィンに声をかけた。すぐ近くで聞いていたユウナとクルトは「え」と反応をし、アルティナも数回瞬きをする。


「そうかな〜って思い始めたのは一昨日ですけどね。エリオットさんの態度や、ラウラさんが“逆手”って口にしたこと、それとあの《神速》の騎士さんと話していくうちに、徐々に確信していったっていうか」
「ちょっと待って、どうして“逆手”のワードで確信に近づくのよ?」
「だって、ラウラさんがあの場に現れたのは私たちが武器をしまってからでしょ。戦ってる姿を見てないのに、どうして私が逆手の構えで戦うってわかるのさ?」


 ――逆手の構えの者と対峙するなど、滅多にない機会だからな。

 それは、一昨日の特務活動中にラウラに告げられた言葉だ。通常、剣を携えているだけではその人物が逆手で構えるなどと分かるはずもない。けれどラウラは、アスティが剣を抜く場面を見ていないにも関わらず逆手であると言い当てた。そこからふつふつと疑惑は生じ、皆以前のアスティを知っているのだという確信に辿り着くまでの材料となったのだ。

 きっと、知っている人物は他にもいるのだろう。他の《旧Z組》やリィンが在籍していた頃のトールズ出身であるトワももちろん、レクターやクレアも。内戦の時に動いていた《結社》のメンバーもそうだ。

 エリオットに出会った直後は、皆で自分を騙しているのではないかという疑惑が上がった。なぜ真実を話してくれないのか。どうして自分に隠し事をするのか。そういった疑念にとらわれていた時期もあった。けれど、それは違うと今ならばはっきりと分かる。もしも本当にそうであるのならば、クレアはあそこまで慈しみの目を向けない。それはリィンや、他の面々も同様だ。

 自分に敵意があるなんて信じられないほどの愛が、そこにはあったのだ。


「――ああ、そうだ。俺は、君の過去を知っている。君に何があったのか、二年前の内戦で何をしていたのかも、全て知っている内の一人だ」
「やっぱり。アルティナも同じく、だよね」
「……はい。アスティさんの仰る通りです」


 リィンとアルティナは、すぐに肯定を示した。その姿にユウナは「じゃあ、なんで言ってあげなかったんですか!?」と疑問をぶつけ、それに対してリィンは謝罪を述べながら言葉を紡ぐ。


「……実力テストの後、君の事情についてはすぐにミハイル少佐に確認をした。そこで君についての大体のことは分かったよ」
「でも、伝えられない事情があった」
「ああ……君の記憶については、かん口令が敷かれていた」


 やはり、とアスティは納得をする。帝国政府からのかん口令があるのであれば、誰もアスティに真実を教えないはずだ。けれど逆に、かん口令が敷かれるほどの記憶とは一体何なのかが気になるところだ。それについては自分で見つけると、昨日宣言をしたばかりなのだが。


「あはは。答え合わせのつもりだったんですけど、まさか全問正解できてたなんて。私ってば、探偵の素質があるって思いません?」
「……アスティ。君の記憶について黙っていた事は、本当にすまない。もしも俺が信じられないのであれば――」
「転科なんてしませんよ?」
「……!」
「昨日言ったとおり、私の記憶は私自身の足で歩いて見つけます。たとえかん口令があってもなくても、リィン教官は私の過去を教える必要はありませんし、私はそれを必要としてません。そして私が記憶を取り戻すのに、《Z組》は必要です。それに……」


 アスティはそこで言葉を切って、ユウナとクルト、アルティナ、最後にリィンを順番に目を合わせる。


「《Z組》、すっごく気に入っちゃいましたから!」


 満面の笑みでそう告げるアスティの姿に、他の面々は安堵の表情を浮かべた。「改めてよろしく」と差し出されたリィンの手を、「よろしくおねがいします、教官」と握り返す。その瞬間、ああ、これで大団円だとアスティは強く思った。

 四月二十四日。トールズ士官学院《第U分校》初の特別演習が、幕を閉じた。





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