じわり、じわり


 市内での特務活動に大きな支障はなく、比較的順調に進んでいた。エプスタイン財団からの依頼は担当者の出社を待つため先送りとなったが、市内の店舗調査は依頼者であるクロスベル軍警の担当者がユウナの知人であったため滞りなく話が進み、迅速に各対象店舗からアンケートを取ることができている。店舗調査の依頼がクロスベル総督府から軍警へと降りてきた案件だと知った時は、不思議な話だと首を傾げたものだが。

 ユウナの案内に従って市内を巡回していると、やがて最後の目的地であった《西通り》に辿り着く。


「まあ、ここはさして特徴もない、ごく普通の住宅地って感じかな」
「ふーん……?」


 それにしては、目が泳いでいるようにも見えるが。先頭を歩くユウナの後姿を見ているが、西通りに近づくにしたがってそわそわと落ち着きがなくなっている。いかにも“ここに何かあります”と言っているようだ。


「……ユウナ。遠慮しなくてもいいんだぞ? 時間ならある――ご家族に顔を見せてくるといい」


 リィンが見計らったように静かにそう言うと、「そ、それは……」とユウナは視線を逸らした。


「そうか、さっきから様子が変だったけど……」
「では、このあたりにユウナさんのご実家が?」
「……うん。左奥のアパルトメントにね」


 ユウナの視線を追うと、二階建てのアパルトメントに辿り着いた。何の変哲もない、帝都でもよくみられる極々一般のアパルトメントで、エントランス付近で近所の子供が数人遊んでいるのが見える。

 西通りに何かがあるのは直感で分かっていたが、そうか、家があったのか。


「なら行こうよ、ご挨拶。別に不仲って訳でもないんでしょ?」


 アスティの発言に、ユウナは顔を上げた。


「家族だもん。私、家族は仲良くするべきだと思うな。……まあ私はそういうのよく知らないし、ただの個人的な意見なんだけど」
「あ……」


 そうか、とユウナは察した。現代において家族を知らない者は珍しくはないが、アスティもまたその一人だ。

 記憶が無いという感覚をユウナは知らない。家族はおらず、故郷もなく、進み行く人と時の中でたった一人取り残されるという事は、きっと辛い戦いだ。たとえどんな形容詞を使おうとも、最終的には“苦”という表現に繋がってしまうような。

 ――けれど、ユウナにはユウナの思惑があった。ユウナがアスティを理解しきれない様に、アスティにも想像ができない様な事情が。

 視線をその“事情”へと向けると、菫色の瞳は何かを探すようにあちこちを視界に収め、そして一軒の建物で止まった。


「――それじゃ、俺はこちらのパン屋を覗かせてもらうとするかな。市内を回って少し腹が減っただろう? みんなの分も適当に買っておくよ」
「……? 教官は来ないのですか?」
「…………………………」


 不思議そうに首を傾げるアルティナの横で、ユウナとリィンの顔を交互に見比べた。ユウナの方から伝わってくるのは“動揺”。リィンの方からは“配慮”、だろうか。二人の間に何があるのかは知らないが、まあユウナがリィンに対してちょっとした抵抗感を持っているのは知っていた事だ。家に上げるのも憚られる……と思ったのだが、そんな単純な話でもないらしい。

 両手を頬に打ち付けて自分自身に喝を入れたユウナの表情はどこか腹を括ったようで、「その、ちょっとだけ付き合ってもらえないかな?」と控えめに切り出した。良いのかとリィンは確認するが、ユウナ曰く、日頃世話になっている教官を家族に紹介しないなど流儀ではないとの事である。

 再びユウナを先頭にアパルトメント内に入り、階段を下りた一番奥の部屋までたどり着いた。表札にはクロフォードの名が書かれており、一目でここがユウナの実家なのだと分かる。丁寧に三回ノックをして、中から誰かが出てくるのを緊張した面持ちで待つ。


「……ユウナ………………?」
「お母さん……あはは……来ちゃった」
「まあ――まあまあまあ! 本当にユウナなのね!?」


 ドアを開けた中年女性はユウナを見るなり手を叩いて喜び、無事帰ってきた事に安堵した。ユウナと同じ桃色の髪に、ユウナとそっくりな顔立ち。例えユウナの紹介がなくとも、きっと一目見ただけで彼女の血縁者なのだと分かるだろう。


「……なんか、いいな」


 本の中でだけ見た、理想的な母親。残念ながらアスティにはそんな人物がいた記憶はない。もしかしたら、自分にもいたのだろうか。娘の無事を喜び、娘の健康を願う母親が。

 。一言で言えば、そんな感情だった。

 そんなアスティの心を断ち切るように、ドアとユウナの母の間を潜り抜けて二つの桃色が飛び出してきた。それらは待ち望んでいたようにユウナの腰に抱き着き、ぎゅっとしがみついて頭を擦り付ける。


「わーい、ねーちゃんだ! ねーちゃんが帰ってきたー!」
「ほんものなの〜! ひさしぶりなの〜!」
「わお……情熱的……」
「この子たちが……」
「ユウナさんの弟妹ですね」


 リィンの身長の半分ほどしかない背丈の双子はぴったりとユウナにくっついて離れようとしない。よほど仲が良かったのだろう。たった二ヵ月ぶりの再会ではあるが、何年も離れていたようにその体温をしっかりと感じ取っていた。弟の方はケン、妹の方はナナというらしい。どちらもユウナとユウナの母にそっくりな顔だった。

 アパルトメントの部屋に招かれてリビングの椅子に座り、しばらくしてユウナの母が紅茶と菓子を持ってきてくれた。ケンとナナはどうやら人見知りしないタイプの子供らしく、いきなり大勢の知らない人物が家に上がり込んでも抵抗感なく受け入れている。むしろ、姉の友人と担任教官の姿に若干テンションを上げているのかもしれない。


「ふふ、でもこうして皆さんに会えて嬉しいわ。クルト君にアルティナちゃん、アスティちゃんも、ユウナがいつもお世話になっているみたいね?」
「いえ、そんな」
「むしろ意外にこちらの方がお世話になっているような……」
「私なんか、いつも朝はユウナに起こしてもらってますし」
「あ、でも座学のノートなどは確かにフォローしていますね」
「それは言えてる」
「あ、ちょっとアル!? アスティ!?」


 アルティナは極々真面目に、アスティはからかい半分で分校でのユウナの様子を語るとユウナの母は楽しそうに微笑んだ。かくいうアスティも座学ではアルティナに頼りっぱなしではあるのだが、この際思い切り高い棚に上げておく魂胆である。ユウナの視線は痛かったが、ウインクをして誤魔化しておいた。

 勤め先がミシュラムであるらしいユウナの父は残念ながら特務活動中に会えそうもなかったが、リィンの計らいで最終日に外泊許可を掛け合ってもらえるらしい。それもまたなんとも羨ましいことだが、クロスベルという遠方から留学してきた彼女の事を考えると、家族と会わせてあげたいと思うのも普通の事なのかもしれない。……結社の動向が懸念され、再び混沌が訪れようとしている今は、特に。

 程々に挨拶も済ませたところで、特務活動を再開しようとアスティたちは部屋を出ることにした。リィンとクルトの顔を見比べて「どっちがおねーちゃんのカレシさんなのー?」と妹にからかわれた時のユウナの顔は傑作で名残惜しくはあったが、時間が有限なのはどんな時でも変わらない。このままクロフォード家に滞在しては任意依頼どころか必須依頼すらまともに対処できないため、気持ちを切り替えてドアへと足を向ける。


「そうだ、こんど帰ってくるときは“あの人”のことも教えてくれよなー!」
「“あの人”……?」
「ちょ、ケン……!」


 ユウナの弟が漏らした単語は到底ユウナを除く《Z組》には把握できず、誰だろうと疑問符を浮かべる。ユウナだけが焦ったように止めようとするが、そんな彼女の心境は幼子が理解するにはまだ早すぎた。


「あれー、にーちゃんたち帝国のヒトなのに知らないの? スッゲー強くてカッコイイんだぜ?」
「うんうん、あのとき、ナナたちのことも――」
「ケン、ナナっ!」


 絞り出すような声で突如叫んだユウナに、ケンとナナどころかアスティやリィンも目を丸くして彼女を凝視した。一体いきなりどうしたのか……と思っても、ある程度はすぐに予想がつく。じとりと彼女の隣の《灰色の騎士》に視線を向けるが、彼もユウナの言動の意図はよく分かっていないらしい。人の気配や動きには鋭いが感情に鈍いのは相も変わらずだった。

 クロフォード弟妹はさして気にもしていない様子で笑顔で《Z組》を見送り、アスティ達はアパルトメントを後にする。丁度建物を出た時に鳴ったのは、リィンの《ARCUSU》への着信だった。エプスタイン財団からの依頼の担当者がたった今出社らしく、RFビルの一階エントランスで待っているらしい。

 特に用事らしい用事もなかったためそのままRFビルへ直行すると、エレベーターから現れたのはライトブルーの髪の少女だった。


「ティオ先輩……!? 戻っていらしたんですか!?」
「ええ、ちょうどユウナさんと入れ替わる形でして。お久しぶりです。何より元気そうですね」


 真っ先にユウナが駆け寄ったという事は、彼女もこのクロスベルと密接に関わる人物の一人なのだろう。年齢はユウナよりも年下に見えるのだが、状況を見るに彼女が依頼の担当者ということで間違いなさそうだ。


「トールズ第U分校、《Z組》の皆さんですね? ティオ・プラトー――エプスタイン財団、クロスベル支部の開発主任を務めています。どうぞ、よろしくお願いします」


 ユウナ曰く、彼女もまたランドルフや噂のロイド・バニングスと同じく《特務支援課》の一人であったらしい。

 一通り挨拶を済ませると、エントランス近くのテーブルへと案内された。大手財団のクロスベル支部ともあってテーブルもソファも高級感漂うもので統一されており若干気分が踊ってしまうが、「一応言っておくが、粗相の無いようにな」とクルトに釘を刺されてしまう。

 ――前々から思っていたのだが、クルトは自分の事を子ども扱いしすぎではないだろうか。そりゃ同い年のユウナと比べて背も低いし童顔な自覚はあるのだが。さらに言えば身長だってアルティナよりも少し上なだけで、第二次成長期後半を何処かに置いて来てしまったような気がしなくもないのだが。

 記憶を失う前の自分の生活が心配になってくる。成長期に必要な量をちゃんと食べていたのだろうか。もしかして、不摂生が祟ってこんな姿になってしまっているのではないだろうか。だとしたら以前の自分を恨みたい。切実に。


「――まあ、お互い色々と聞きたいことはありそうだが。とりあえず『要請』についての詳細を教えてもらえるかな?」
「ええ、そうですね。――こちらをご覧ください」


 アスティが思考を巡らせている中テーブルの向こう側ではリィンが会話を一度区切り、要請についての話を訪ねていた。するとティオがノート型の導力端末を取り出し、画面をアスティ達にも見えるように広げる。

 画面には何かの地図のようなものが描かれており、稀に数ヵ所が点滅を繰り返したり赤く光ったりもしていた。


「ひょっとして『ジオフロント』ですか?」
「ジオフロント……って、何?」


 そのマップにユウナは心当たりがあるようだったが、クロスベルに詳しくないアスティとクルトにとっては初めて聞く単語だ。情報局員であるアルティナが知っているのはともかく、リィンまでもが把握しているのはさすがに予想外ではあったが。

 アスティとクルトにも分かるようにティオが「クロスベル市の地下に広がる、インフラ用のメンテナンス区画です」と説明を続ける。これほどまでに導力化が進んだ都市の一体どこにサーバーなどの設備が置かれているのだろうと考えたりはしたが、クロスベルの場合は地下に建設する方向で固まっているらしい。地理的に広さが求められない以上拡張していくしかなかった、というのはあくまでアスティの考察だ。実際のところどうなのか分からない。


「先日から、ある区画の制御端末がバグで機能不全に陥っているんです」
「制御端末というと《導力ネットワーク》の?」
「ええ、そのせいでネット全体に細かなバグが発生していまして。市民サービスや株式市場にも不具合が発生しているんです。ですが、制御端末を直そうにも地下区画に魔獣が増殖していて……」


 本来ならば帝国軍に頼むところではあるが今は帝国軍の方も別件で忙しないため、こうして《Z組》への要請として回ってきたのである。十中八九、その帝国軍の別件とは本日招かれる視察団の警備だろう。


「それにしても、地下に魔獣かぁ。帝都の地下もなかなかに魔獣が蔓延ってるらしいけど」
「アスティ、行ったことがあるのか?」
「いんや、私はないね」


 毎度のごとく、“記憶を失う前の自分がどうかは知らないけど”という文句は付くが。

 クレアとレクターの話では、帝都地下道には魔獣が出現するため出入り口を見つけても近寄らないようにとの事だった。当時は今ほど剣やアーツの腕は上がっていないため、そう言い聞かせられるのも無理はない。今現在出入りしているのは、せいぜい軍関係者か逃げ道を探す犯罪者くらいなものだろう。どちらにせよ一般人が関わってはいけない人物だ。

 ここまでの話を聞いて、ならば自分たちの任務は魔獣の掃討と端末の修理なのかと尋ねるが、ティオは首を横に振った。


「制御端末の修理は専門的な知識を必要とします。わたしが向かうので、皆さんには念のため“護衛”をお願いできればと」









 アスティの振るった剣先が魔獣を一刀両断する。魚のように宙を泳いでいた魔獣はその一撃で動きを止め、ぼとりとジオフロントの床に落ちた。


「よーし終わり〜!」
「アスティさん、一段とテンションが高いような……」
「だって、ようやく体動かせるし? やっぱり戦闘が一番落ち着くかな〜って」


 昨夜からずっとデアフリンがー号に押し込まれ、今日は早朝から市内探索を続けている。座学の授業よりはよほど楽しいが、どうやらアスティの体はそれでは物足りないと語っているらしい。

 ジオフロントF区画内はティオの話通り魔獣が多数出現しており、到底民間人が入っていける場所ではない。《特務支援課》の一員であるティオであれば一人でもなんとか潜入できるのだろうが、端末の修理をしている間はどうしても無防備になってしまう。そこで、その間は《Z組》が彼女を守るという手筈だ。

 制御端末まで残り半分ほどだが、ティオの援護もあり順調に進めている。《特務支援課》に在籍していた実績は伊達ではない。

 意気揚々とリィンの後ろを歩くアスティだったが、警戒だけは一切解く様子はない。ジオフロント内部は魔獣はそれほど凶暴なわけではないがとにかく見通しが悪かった。すぐそこの角や物陰から魔獣が飛び出してくるのも少なくなく、その度に真っ先にリィンが反応して各個撃破している状況である。

 ティオの案内でジオフロント内を進んでいくと、やがて終点の制御室に辿り着く。部屋の中心には分校の設備とは比べ物にならないほど大きな端末が置かれており、電源が落ちているのかスリープ状態なのか、広々としたスクリーンには何も映されていなかった。


「ティオ先輩、直せそうですか?」
「はい。物理的な故障ではないので、少しメンテナンスするだけで何とか。ただ……」


 端末を立ち上げて確認し始めるティオだったが、ちょっとした問題があると眉を下げた。


「私一人では少々手が足りなくて。そこまで難しい操作でもないので、できればどなたかお一人手伝っていただけると助かるのですが……」
「俺がやってもいいが……そうだな、折角だ。アスティ、頼めるか?」
「えっ、私ですか?」


 いきなりの指名にアスティは思い切り目を見開いて聞き返した。しかしユウナ達は「ああ、なるほど」とどこか納得した様子で頷き、賛同を露わにする。


「そういえば、情報通信の授業の成績はかなり上位でしたね」
「そんな上位って程じゃ……せいぜい上の下くらいで、主計科の人たちには負けるし」
「いや……実は俺も前回の小テストの結果を見せてもらったんだが、アスティの実技の成績は中々の物だったぞ? 筆記の方も、誤字脱字さえなければ満点に近い点数だったはずだ」


 担任であるリィンであれば、アスティの得意科目が何であるか知っていてもおかしくはない。

 普段の言動から戦闘訓練の方に寄っていると思われがちだが、アスティの本来の得意科目は全クラス合同で行う情報通信だ。導力端末を使った課題は《Z組》内でも真っ先に終了し、ユウナやクルトのサポートに徹している。情報局出身のアルティナが若干対抗心を抱く程度には、導力機器の扱いに精通していた。

 そんなアスティであれば、ティオの補佐を務めさせても問題はないだろう――というのが、リィンの見解であった。


「それなら、アスティさん。お願いしてもいいですか?」
「わ、分かりました……頑張ります」


 少々気後れしつつも少し離れた場所にある端末の前に立つと、制御端末を見渡した。分校の設備とは比較にならないが、まあ基本的な構造は変わらない。初めて触る端末だが、これならなんとかなるだろう。


「私がメイン端末を担当するので、アスティさんはサブの方をお願いします。操作はこちらで指示しますので」
「はーい、了解です」


 ティオとアスティの二名分のタイピング音が部屋に響く。稀にモニターにウインドウが出現しては何かを打ち込み、順次消していくの繰り返しだ。一体何を書き込んでいるのかとユウナが文字列を追ってみたが、全て解読する前にウインドウが消えてしまう。……もしかして、とんでもない速さで進んでいるのではないだろうか。

 十分弱ほどの時間が経ち、ふう、とティオが一息ついた。


「これでメインの方は終わりです。あとはアスティさんのサブ端末の処理を待つだけですね」
「アスティ、終わりそうか?」
「う〜ん、申し訳ないことに結構動きが重くて、あともう十分はかかりそうです……」
「まあ、端末が重いのはよくある事ですし、気長に待ちましょうか」


 カタカタとアスティが入力し続けているが、ここで手を離してしまうと最初からやり直しになってしまう。ここは大人しく待機していよう……とそう思ったティオだったが、何かを感知したようにパッと顔を上げた。

 同時にリィンの顔つきも急激に険しさを増し、刀に手を置いて部屋の中央を睨む。


「……リィン教官?」
「――来るぞ!」


 次の瞬間、部屋の中央でバチバチと火花が散った。ぶわ、と風が舞ってアスティの髪が乱れ、同時に眩い光が中心から放たれる。

 光が収まった時、端末室の中央には先ほどまでいなかったはずの存在が佇んでいた。騎神や機甲兵に似ているが形状は全く違う。言葉で説明がつかない力がぞわりと肌で感じられ、入力機器を打ち込むアスティの手が震えた。


「人型――幻獣ではない……!?」
「入学式の時に戦った《魔煌兵》の仲間……!?」
「ああ……! 内戦時にも現れたタイプだ!」


 何故こんな場所に《魔煌兵》が。そもそも、《魔煌兵》は内戦の時にしか現れないはずのものではなかったのか。

 リィンが抜刀しそれに続いて各々武器を手に取るが、アスティだけはその中に入ることはできない。現在アスティは、サブ端末の中枢に近い部分を触っている。一度手を離してしまえば今までの作業が水の泡になるどころか、新たなバグの発生を招く可能性すらあった。


「アスティ! 無事か!?」
「私は大丈夫! でもごめん、今はちょっと手が離せないかも……!」
「問題ない! 《魔煌兵》は俺達で引き受ける! 君は端末の制御に集中してくれ!」
「! 了解です!」


 クルトとリィンの言葉にそう頷くと、アスティはモニターを凝視した。金属のぶつかる音や銃声、アーツの駆動音などをBGMに指先を動かす。戦況はモニターに微かに反射する光景から僅かに把握できるが、四人では戦力は拮抗かややリィン達が劣る状況だ。


「! アスティ、危ない!」
「《クラウ=ソラス》!」


 《魔煌兵》も知能が無いわけではない。少なくとも、そこらの魔獣よりもよほど知恵が働く存在だ。ならば――先ほどから全く動かない人間がいる事など、気付くのは時間の問題だった。

 モニターに反射した《魔煌兵》が、端末に向かうアスティに向けて斧を振るう。アルティナが急いでこちらに割り込もうとするが、運悪く反対側の位置にいる彼女ではおそらく間に合わないだろう。

 騎神や機甲兵と同等の重量を持つ《魔煌兵》の一撃だ。普通の人間がまともにくらって五体満足でいられる筈がない。即死の確率は極めて高い上に、目も当てられない悲惨な死体が出来上がる可能性もある。

 ――が、アスティだって黙って死ぬような人物などではない。


「《ARCUS》駆動――!」


 モニターを見つめたまま戦術オーブメントを起動させる。しかし指先は端末から一切離さず、入力を止めることもしない。

 《魔煌兵》の斧がアスティの身を砕く寸前で、まるでアスティを守る盾のように両者の間の地面が隆起した。言わずもがな、アスティの放ったアーツである。そして、その隙を見逃す者はいなかった。


「教官!」


 隆起した地面を足場にして、リィンが《魔煌兵》との距離を詰める。地面に斧が突き刺さったままの《魔煌兵》はそれに対抗することはできなかった。そうでなくとも、機動力は元々こちらの方が上だ。ただ、こちらの剣を相手に届かせるための手段が少なかっただけの事。


「――七ノ太刀・落葉!」


 リィンの太刀が《魔煌兵》の頭部を両断したのは、その直後の事であった。





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