加護をまつ
沼地の奥は事前情報通り行き止まりになっており、当然のことながら周囲に人の気配はない。面積的には演習地と同程度で、戦闘をするには十分な広さがある。四方を草木に囲まれたこの場所なら、例え幻獣に襲われたとしても被害を気にせず戦うことができそうだ。
問題の緋いプレロマ草だが、こちらも予想通り大した時間もかからずに発見できた。緑一色のこの場所で真っ赤な植物は目立つためそう困難なことではない。湖畔で採取したものと比べるとやや小さいが、外見的特徴は完全に一致している。同種とみてまず間違いなかった。
「……すると…………」
《Z組》は各々武器と取り、ぽっかりと開いた空間の中央を見据える。アスティも剣を引き抜き姿勢を低く構えたが……いつまで経っても幻獣が出現することはなく、時間だけが過ぎていった。
「緋い花……必ずしも幻獣が出現する兆候じゃないということか?」
「確かに……独立国の時、結構あちこちで咲いてたし」
「プレロマ草と幻獣は直接的要因じゃなくて、間接的要因で繋がってるってところかな……?」
プレロマ草が咲くから幻獣が出現するのではなく、かといって幻獣が出現するからプレロマ草が咲くわけでもなく。何か他に大きな原因となるものがあり、それによってプレロマ草と幻獣出現という二つの現象が起きている……と、そう考えた方が筋は通る。
だが出現しないというのであればこちらとしては願ったりかなったりだ。幻獣の脅威は身をもって知っているし、好き好んで戦いたい相手ではない。リィンがプレロマ草の採取指示を出そうとした瞬間、
『フフ……どうやら“足りない”みたいだね』
聞き覚えのない少年の声が聞こえた。
瞬時に互いの顔を確認する。姿は見えないが、全員に聞こえていることからどうやら幻聴の類ではないらしい。
「――トールズ士官学院、第U分校、Z組特務科の者だ。何者だ、名乗ってもらおうか?」
『うふふ、初めまして。名乗ってもいいんだけどここじゃあさすがにギャラリーが足りないかなぁ』
相手の出方が分からない以上武装を解除することはできない。気配察知に優れたリィンとクルトをもってしても姿を捉えられないとなると、遠く離れた場所から音声情報だけを送っているのか、あるいはこの場にいるが術で姿を消しているのか。前者であれば遠隔通信技術で再現可能ではあるが、端末を通した際に発生するノイズがこの声には混ざっていない。ならばおそらく後者の可能性が高いが、そうなるとアスティの専門外となりお手上げだ。
だが少なくとも、姿を見せることもなく一方的に挑発的な態度を取ってくるあたり、歓迎できる相手ではないだろう。できれば早急に居場所を突き止めたかった。
『――でも、折角だからちょっと見せてもらおうかな? ブルブランたちを退けた《Z組》と灰色の騎士の力をね!』
「え、何……!?」
少年がそう話した直後、アスティの足元でプレロマ草が発光を増した。それについ気を取られてしまったが、微かに地面が揺れている気がする。
「霊脈の活性化……! みんな、気をつけろ!」
刹那、リィンの視線の先――《Z組》から僅か数アージュ程距離を開けて、ぼこぼこと地面が隆起した。が、これは単なる自然現象のそれではない。亀裂の隙間から根が生えツタが伸び、やがて盛り上がった地面の先端に巨大な花が咲いた。バリケードのように張られたツタの中心にはコアのような球体が浮いている。
ぱっくりと開いた口から耳をつんざくような雄叫びを上げるそれは、誰が見ても一目で理解できる。魔獣。それも、幻獣と同等かそれ以上のランクだと。
「こりゃまた大きいのが来ちゃったねぇ……戦車ぶつけるレベルじゃない? これ」
「って、あんたは呑気すぎでしょ!?」
どこまでも陽気なアスティにユウナは呆れていたが、アスティもただ圧巻されているだけではない。ツタの配置から動きのパターン。敵の動向から攻撃を予測し、背後に回り込めるルートを算出する。これだけ大きな魔獣を相手にするのだ。真正面から攻めるのは困難を極めるだろう。
剣を抜き、いつでも踏み出せるように片足を下げる。それと同時にリィンは右手を掲げ、かの騎士人形を呼ぼうとしたが、
『アハハ! それは後で見せて欲しいな!』
《Z組》と魔獣を取り囲むように、半透明のドームが空間を覆った。
声の主曰く、思念波を遮断する結界であるらしい。騎神を呼べないとなると生身での戦闘しか手段は残されていなかったが、先ほど述べた通り目の前の魔獣のサイズは規格外と言ってもいい。
これは苦戦しそうだ。アスティの額に汗が滲む。
ヴァリマールを正面からぶつけて対処できるのならばそれでよし。それでも足りない場合はアスティが“例の力”を使ってこっそりと息の根を止めてしまおうかとも考えていたのだが、相手の方が一手勝っていた。
「だったら仕方ない……全力で行かせてもらおうか」
「教官、何を……?」
流れるように構えが変わる。白鋼の刀身がリィンの目元を反射させ、視界を上下に分断した。
黒を灰に。菫を紅に。滲み出る闘気は見る者全てを感電させるかように鋭く。
「《神気合一》――!」
それは、サザーラントでの演習で一度だけ見せた鬼の片鱗。リィン・シュバルツァーの内に潜む、夜叉の力。
「Z組総員、迎撃準備! 全力で目標を撃破するぞ!」
リィンの声に応じ、ユウナ、クルト、アスティの三人が一斉に飛び出した。
現状、Z組で最も戦力の高いのはリィンだ。あの魔獣と正面から押し合いができるのは彼しかいない。彼が魔獣の注意を惹き付けている間に生徒たちで少しでも戦力を削ぐのが、この場における最適解と言えた。
「分散しよ! 私は背後、ユウナとクルトは左右! アルティナは上空からサポート!」
「了解!」
アスティの立案に賛同したユウナとクルトが、速度を落とすことなく左右へ分かれていく。敵の背後を担当するアスティだけが正面を突っ切り、魔獣のツタを眼前に捉えた。
「アルティナ!」
「《クラウ=ソラス》!」
右手を伸ばすと、合図を受け取ったアルティナが《クラウ=ソラス》でアスティの正面に移動した。がし、と濡羽色の傀儡を掴むと、重力に逆らいアスティの体が浮き上がる。直後、魔獣のツタが地面に激突し、アスティの立っていた地点に小さなクレーターを作った。
なんて重量だ、と驚愕する暇もなく戦術殻は魔獣の背後に移動し、アスティが手を離す。再び重力と握手をしたアスティの体は自由落下を開始し、芝生で一回転して受け身を取りつつ着地した。
魔獣をZ組が取り囲む。だがあまりに巨大な敵を前にすると、味方の状況はほぼ把握できなかった。魔獣の攻撃を捉えようとすると、どうしてもユウナとクルトが視野の外に移動してしまう。全てを視界に収めようとすれば今度はこちらの攻撃が届かない。
上空で戦況を見下ろすアルティナもそれは同様だった。支援役を担った彼女が第一に優先するべきはリィンの安全だ。この状況では、リィンが倒れた瞬間全てがなし崩しに終了する。Z組を支える基盤が彼であり、同時に柱でもあるのだ。だから、彼女の戦術リンクは常にリィンに結び付けられている。
残る三人だが、戦術リンクは二人一組という性質上、必ず一人はリンクなしで戦うことになる。現在リンクが繋げられているのは、最も遠い対角線上に位置しているユウナとクルト。よってアスティは今に限り、たった一人で孤軍奮闘しなければならなかった。
『それで、君の方はその“力”を使わないのかい?』
再び少年の声が頭に響く。誰に向けられた言葉なのかはもう察しがついていた。
『ああ、君のお友達や教官には聞こえてないから安心してよ。それで、君の答えが聞きたいな』
「……ボート小屋で感じた視線の正体は君だったってこと?」
『質問に質問で返されるのは心外だなあ。でもその答えはNOだ。まあ、君が感じた視線とやらが一体誰のものか、大方予想はつくけどね』
アスティが剣を構えたまま静止する。
自分を見ている人物が、少なくとも二人いる。今こうして語りかけている少年と、先ほど小屋で感じた視線。少年の存在がなければもう片方もただの勘違いだと信じることができたが、自分が何者かに注目されているという事実が生まれた以上、疑ってかかるのが妥当だ。
その狙いが何なのか、目星はついている。
「……力は使わないよ」
『へえ、それは何故? 使うための土台はすでに整っているのに』
「私が使わなくても、《Z組》ならあいつに勝てる」
『それは……』
断言した。あの魔獣は《Z組》よりも、リィン・シュバルツァーよりも弱い。彼がいれば、自分達が負けることはないと。
だが少年は、アスティの答えに難色を示した。
『……それは、単なる驕りじゃないかなあ』
「…………」
『“《灰色の騎士》がいれば大丈夫、自分が出るのは彼が敗れた後”……君は、自分が彼らの
「…………」
『君がその力を頑なに使わないのは、君が……』
言葉の続きを待たずに、アスティは駆け出した。戦術リンクも結ばず、一心不乱に魔獣を斬り続ける。
それからリィンの一太刀によって魔獣が倒れるまで、少年が声を発することはなかった。
◇
魔獣の悲鳴が周囲に響く。血に伏して動くことのなくなった巨体を見て、ユウナが喜びの声を上げた。
リィンの体に異変が訪れたのは、それとほとんど同時だった。
「きょ、教官!? どうしたんですか!?」
「“力”の暴走です……! このままでは――」
『アハハ、灰色の騎士ならぬ“灰色の鬼”ってところかな!?』
心臓の辺りを押さえて蹲るリィンの傍に生徒たちが駆け寄る。アルティナが地面に膝をつく横で、アスティだけがじっと虚空を睨みつけていた。万が一に備えて、一度納めた剣に手をかけたまま。
『どこまで行けるかもうちょっと見せておくれよ! フフ、上手く誘導すればもう一体くらいは呼べそうだし』
「……っ、加虐嗜好もいい加減にしなよ! 鬱陶しさ通り越して殺意芽生えるレベルなんだけど!」
場の空気にそぐわないと分かっていても、ユウナは目を丸くした。あのアスティが、あんなに怒って声を張り上げているなんて。
だが少年は、そんなアスティの憤慨を嘲笑うかのように見下した。
『君がそれを言うのかい?』
君が自分の力を使っていれば、もっと早くに魔獣を倒せていただろうに。
君が正しい選択をとっていれば、彼がここまで力を行使する必要はなかっただろうに。
短い一言に込められた意味を、アスティはしっかりと受け取っていた。姿のない少年を少年を睨み、ギリ、と歯を食いしばる。
こういう時、自分が神秘的概念に疎いというのがもどかしい。魔術とまでは行かずとも、せめてレクターの勘のようなものがあれば相手の正体を直接暴けるのに。
『さあて、何が顕れるかは――』
「そこまでです――!」
その時、黄金に輝く植物が空を覆った。実際は空ではなく、思念波を遮断するために少年が設置したドーム状の結界だ。
それからどこからか女性の声が聞こえると、ツタが締まって結界を外から押し潰す。割れた障壁の破片がアスティたちを目掛けて落ちてきたが、それらはすべて途中で宙に溶けて消え去った。
高台で、女性が一人佇んでこちらを見下ろしていた。魔導杖を手に持ち、三つ編みに結った長い髪を風になびかせている。
ユウナが彼女に見とれるのも束の間、今度は足元を駆け抜けていった黒い物体に目を奪われることになる。
「しっかりしなさい……! “力”を安定させるわ!」
「なあっ……!?」
「ね、猫が喋った……!?」
「喋れる猫、私初めて見た……!」
黒猫がその小さな口から人の言葉を放ったかと思うと、《Z組》五人を中心に小さな魔方陣が展開された。ファンタジー小説で見たような光景にアスティは言葉を失うが、対照的にリィンとアルティナは至極冷静だった。
黒猫が術を使うと、リィンの荒かった息が徐々に整っていく。話す余裕も多少は生まれたようで、状況が好転したことを示していた。
『あはは、邪魔されちゃったか。今の結界を破壊した力……“あの人”かと思っちゃったけど』
「やっぱり姉さんもこの地にいるんですね……《結社》の執行者――大人しく姿を見せてください!」
「《結社》……!?」
少年が否定しなかったということは、その言葉はきっと本当なのだろう。
《結社》と接点ができるのは、サザーラントの演習から今回で二度目だ。《神速》はアスティの過去を、《紅の戦鬼》と今回の少年はアスティの力についてを指摘していた。それが何を意味するのか、推し量るだけの時間は今はないけれど。
だがどうやら、自分の中にいる“これ”は、考えていたよりも少々厄介な存在らしい。
『フフ、それは今後のお愉しみということで。そう待たせないから楽しみにするといい――じゃあね』
全然楽しみじゃないんだけど。
声に出ないアスティの文句を読み取ったかのように、不敵な笑みを残して少年の声は途切れた。おそらく彼がいたのであろう場所に突如炎が湧き上がったかと思うと、一瞬のうちに消え去る。何かをしてくる様子もなく、姿は見えないが彼が完全に立ち去った事だけは理解できた。
程なくしてリィンがのろりと立ち上がると、待っていたのは教え子たちからのクレームの嵐だった。
「リィン教官……!」
「ああ……心配かけてすまない。ヴァリマールを封じられるとは俺もちょっと迂闊だったな」
「も、もう! そういう問題じゃないでしょ!」
「どうか……無理はしないでください」
皆リィンを心配してのことだ。普段は反骨精神たっぷりのユウナも、今ばかり気立ての良い元の性格が曝け出されてしまっている。
アスティも、別にリィンを心配していなかったわけではない。流れに乗ろうと口を開いたが、そのまま何も言わずに閉じる。
「…………」
少年の声が、やけに耳に引っ掛かっていた。自分が力を最初から使っていれば、リィンが暴走することはなかった。だったらこの一件は、自分にだって無関係ではないと、そう思った。
「フン、思った以上に慕われてるみたいじゃない?」
アスティが声を発せないまま、術を終えた黒猫と女性が並んで隣立つ。リィンは生徒の傍を離れて近づくと、嬉しいような懐かしいような顔を浮かべて礼を述べた。
「やっと……やっと会えましたね、リィンさん!」
「ああ――久しぶりだ、エマ……!」
熱い握手を交わす二人を見て、アルティナを除く生徒三名が顔を見合わせる。
「……えっとぉ、あの人も《Z組》の?」
「え、ええ……? さ、さあ……」
「でもハグしてなくない?」
「そういう判定なのか……?」
こそこそと隠れるように言葉を交わすアスティたちを見て、アルティナが呆れた様子で後ろ手を組んだ。
◇
「そ、それじゃあエマさんは“魔女”なんですか!?」
ユウナ叫んでもエマは一切表情を崩さず、穏やかな表情のまま頷いた。
「ええ――正確には《
「ま、使い魔と言った方が通りがいいかもしれないわね」
魔獣との戦いを終えた後、《Z組》は一度ボート小屋まで戻って状況を整理していた。膝を交えて特務活動について話し合う様子は、いつものブリーフィングと似たような雰囲気だ。
先ほどまで散々《結社》の幻術やらリィンの力やらを見せられた後では、魔女が登場してもおかしくはないな、とアスティは妙な納得をしていた。元々レクターの第六感の関係もあり、超常的な事象についての理解はある方だった。なのでエマが魔女だと知っても、まああの《結社》の術を破るんだから相当なんだろうなと思うだけで。
ただ、その彼女が《旧Z組》の一人で、自分の先輩であったということには驚きを隠せなかったが。
「……どれだけなんですか、旧Z組のメンバーというのは」
「有名音楽家のエリオットさんに、アルゼイド流免許皆伝のラウラさん、遊撃士界期待のエースのフィーさんに、司法監察院大型新人のマキアスさん、それからRF社社長令嬢のアリサさんが続いた後だもんねえ……錚々たる顔ぶれだよ」
それに、《鉄血の子供達》であるミリアムも。数年に一人いるかいないかレベルの人材がひとつのクラスに集結しているだなんて滅多に起こることではない。そうなる女神の導きだったのか、あるいは指導者の手腕によるものか。
「でも良かったのか? “魔女”のことを明かしても」
「ま、そっちの黒兎にはもう知られちゃってるしね」
「ふふ、それに皆さんにも知っていてもらいたかったんです。……同じ《Z組》として、ただ隠して遠ざけるのではなく。この世に“裏の世界”が存在し、時に問題を引き起こすことを」
《魔女の眷属》としての、帝国の裏側の歴史を知る一族としての重さがあった。例えば、幻獣や魔煌兵。現在《Z組》が調査中のプレロマ草についてもそうだ。帝国のみではなくこのゼムリア大陸全土にそういったものは広まっており、表の世界では時に“オカルト”と一括りに称されることもある。
アスティらがただの一般学生であれば、オカルトだと信じ込ませるのでも良いのかもしれない。だが彼女らは《Z組》だ。同じ名を冠する集団の先代として、帝国に踏み込む上でこの先必要になるであろう知識は正しく伝えておくべきだと、そうエマもリィンも感じていた。
「――そして系統は違うが《結社》も“裏の世界”の存在だ」
「《結社》……」
ここでアスティに視線が向けらていない時点で、少年がアスティのみに語りかけていたという話は事実だと判明した。それが分かった事で、改めて《結社》は自分に焦点を当てているのだと実感する。正確には、自分ではなく自分の中の“力”について。
「……子供みたいな声でしたがあれも《結社》の人間ですか?」
「ええ、多分そうだと思います。――おそらくは《執行者》の一人、《結社》でも有名な存在かと」
同じ執行者で連想されるのはあの《紅の戦鬼》だ。No.XZ、シャーリィ・オルランド。ランドルフの姪だという、あの紅い娘。声の少年が執行者だったとして、《紅の戦鬼》と同等の実力を持っている場合はこちらも苦戦を余儀なくされるだろう。正直、御免こうむりたかった。
「やっぱり彼らが、幻獣や魔煌兵を出現させているのか?」
「……可能性はあります。ただ、帝国由来の魔煌兵や幻獣が現れている理由は分からなくて。想像したくはありませんが……“姉さん”が関与している可能性はあるかもしれません」
「……《蒼の深淵》ですか。クロスベルに来ているそうですが。やはり“使徒”である彼女が執行者たちに何らかの指示を?」
「うーん、あのアマのことだから十分ありえそうなんだけど……ここ半年追いかけた限りじゃちょっと様子がおかしいというか」
「クルト君、アスティ、ついて行けてる……?」
「いや……だがある程度は掴んでおく必要がありそうだな」
「私全っ然だめ。“使徒”って何だろね……?」
執行者と使徒が別物であることは理解できるのだが。《結社》については未だ不明な点も多い上、初めて聞く人物も出されてしまってはこちらのキャパを超えてしまっていた。一日に記憶できる情報量を軽く超過してしまっている。
ユウナ、クルト、アスティの三名のそわそわとした空気に気付いたのか、リィンが区切りのいいところで話を切り上げた。
「――現在、午後四時。とりあえず本日の活動は終了だ。お疲れだったな、四人とも」
「はっ……忘れてた……!」
急いで時計を確認すると、短針は四の字に到達していた。魔獣と戦っていた時は青かった空も、今ではオレンジ色に様変わりしている。市民からの依頼も終了し、幻獣の調査もたった今完了したため、残るは演習地への帰還のみとなった。
まずは演習地との中継にあるクロスベルまで戻ることとし、ボート小屋を後にする。魔獣と相対する前にリィン達が話を聞いたというルーグマン教授は既にここを去った後だったらしく、別れの挨拶も言えず仕舞いだった。
「結局私だけ会えなかったなあ、ルーグマン教授。どんな人だった?」
「普通に人のよさそうな教授って感じだったけど……まあ、縁があればそのうちまた会えるわよ」
「縁があればね……」
すでに《Z組》や《結社》という普通に生きていれば中々出会う頃がないであろう人物と接点ができてしまっているのに、これ以上の奇縁があるものだろうか。ユウナの励ましも話半分に聞き流し、アスティも続いて外に出る。前方でセリーヌの花に蝶が止まったのを見て、数秒後には教授のことなんて綺麗さっぱり忘れ去っていた。