▼▽▼


無事救出したアオイを、ユウキは安堵の表情で迎えた。
サクヤたちも特に怪我なく帰ってきて、事態は何事もなく収拾したと思えた。


「――返事くらいしろよ、姉さん!」


この一言があるまでは。




* * * * *





《異界》からアオイを救出しても、何一つ終わってなどいなかった。
アオイの精神は、別の《怪異》に持ち去られてしまったのだ。
このまま《怪異》にアオイの精神を壊されてしまったら、アオイはもう二度と元には戻らない。
心はなく、肉体だけが生き続ける。それは、死も同然だ。


「ちょっと四宮。そのパソコンで、一体何をしようっていうんですか?」


とりあえずユウキのマンションの部屋へと場所を移し、アオイをベッドに寝かせると、ユウキは早速パソコンに向かった。
常人のタイピングの速さとは思えない速度でカタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。
いくつかあるディスプレイには、理解しがたいプログラムが流れていた。


「……アプリの配信システムはアクロスタワー地下に設置された大型サーバー内にアップされてる。もし何か問題が起きているとしたらそのシステムである可能性が高いからね。配信中のシステムを変更する場合、本来なら面倒な手続きが要るけど――フフン、そこは僕にかかればちょちょいのちょいってね」
「い、いちいちイラつく言い方しかできないの、アンタは……」


ようは、アクロスタワー地下にあるサーバーにハッキングをするということだ。そこから、アプリに起きた異変を割り出す。
……もしかしなくとも、その異変が《怪異》そのものではないかと、ちらりと横目でアスカ先輩を見てみる。小さく頷いたことから、アスカ先輩も同じ事を考えていたみたいです。だが、あくまでユウキに《異界》や《怪異》のことを話す気はないらしい。


「OK、辿りついた――!」


ディスプレイに映し出されたのは、あちこちに綻びのある、完全ではない状態のシステム。文字化けも多く、もはや何が何だかわからない。


「何ですか、これ。気色悪……」
「ア、アプリ内のデータが滅茶苦茶にバグってる……それにコードまで――見たことない言語で改竄されてる! くそっ、誰だよ!? 僕のプログラムを勝手に……!」
「――《ネメシス》の記録で似たようなケースを見たことがあるわ。かなり珍しいけど……おそらくこれも"異界による侵蝕"とみて間違いないはずよ」
「つうことは、やっぱりこいつが"元凶"だったってワケか……!」
「《異界》と《神様アプリ》――ようやく繋がりましたね」
「…………? アンタ、何をして……」
「くっ……でもコイツももう、僕の手の平の上さ! 創造主に楯突くアプリなんか、とっとと消去してやるさ――!」
「! 待って、慎重に――」


カタ、とユウキがキーボードのエンターキーを押した瞬間、ディスプレイが真っ赤に染まった。警告音と共に映し出される「CAUTION」の文字。「注意」という意味だ。
不気味な笑い声が聞こえたかと思うと、《神様アプリ》のバグ画面に現れる黒い神様が一瞬だけ現れて、すぐにシャットダウンした。


「おい、画面が消えちまったぞ!?」
「ウ、ウイルスを流し込まれた……逆ハッキングってやつか!? まさか、アプリのハッキング機能を応用したっての!?」


高性能AIもろともかなりの侵蝕を受けていたようで、復旧にはかなりの時間がかかる。それまで、アオイの精神が壊されないままもつという確証はない。
アスカのツテを利用しても、時間はかかってしまう。
それに加えて、ハッキングをするには最新のマシンスペックが必要になる。それがなければ、ハッキングはまず不可能だ。


「――くそっ!」


ユウキがダン、と机を叩く。
アオイを元に戻す道筋が、完全に断たれた。ユウキの手が、少しだけ震えている。
どこまでシスコンなんですか、まったく。……卯月も人のことは言えませんが。
でも、卯月の"後ろ"の力を使えば、なんとかなるかもしれない。現に、レンガ小路の貸しスペースの特定だって、"後ろ"の力を使ったのだ。
――卯月の後ろ盾、《卯月グループ》の力を。


「もっと手っ取り早くなんとかなるかもしれねえ」


コウの一言に、ユウキが顔を上げた。アスカやソラ、サクヤもコウの方を向く。
コウの従姉で、杜宮学園の数学教師でもある九重永遠が、学園の端末室に最新鋭の端末を運んだという話を聞いたらしい。従姉が教師ということも幸いして、頼めば鍵を開けてもらえるかもしれない。
それに、その端末ならばきっと、ハッキングをするのも可能だ。


「分かった――行こう、杜宮学園に!」


ユウキが、立ち上がった。


ALICE+