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最奥にたどり着いた途端現れたのは、巨大な蜘蛛の姿をした《怪異》。
エルダーグリード、アストラルウィドウ。


「こいつが《神様アプリ》を侵蝕したっつう元凶か!」
「っていうか、なにこれ気持ち悪っ……!」
「文字通りの"蟲"ってわけか――はっ、笑えないジョークだね!」


するとその時、どこからか苦しげな女性の声が聞こえた。
その声に、ユウキが固まる。
それもそうだろう。この声は、囚われたユウキの姉、アオイの声なのだから。


「……ユウ、君……」


それは、アオイの精神から聞こえた声。
自分がどんなに辛くても、どんなに苦しくても、最後までユウキの心配をしている、優しい姉。
アオイの精神が壊れていないことにひとまず安心した反面、どこかでいいなあ、と嫉妬してしまったのは、誰にも内緒。


「――待ってろ、姉さん! 僕が絶対に助ける!」


それから数秒もしない間に、エルダーグリードは襲いかかってきた。
エルダーグリードの攻撃を避けるため、皆散開する。
態勢を立て直すと、コウが引きつけ役、ユウキが射撃で援護、そしてサクヤが背後からの攻撃というように分担した。アスカとソラは、今のところ支援に徹している。


「レジスタシア!」


サクヤが《ソウルデヴァイス》を真下に構えて空中から急降下する。
だが、少し気になることがあった。
剛撃スキルを放っても、あまり効果がないのだ。
剛撃スキルは、《ソウルデヴァイス》を使った攻撃手段の中でも特に威力の高い技。にもかかわらず、ダメージがそこまで与えられていない。
まさか、と顔を上げると、


「……! 霊子の、糸……?」


エルダーグリードと最奥エリアの四カ所にある装置が、霊子で繋がっていたのだ。
もし、あの装置がエルダーグリードに力を与えているのだとしたら。


「……コウ先輩、四宮! しばらく二人でお願いします!」
「おい、サクヤ!?」


サクヤはそう告げると、エルダーグリードから離れて装置へ向かった。
エルダーグリードがサクヤの思惑に気付いたのか、執拗に追いかけてくる。だが、迎撃している暇はない。一刻も早く、あの装置を破壊しなければ。
背後からダン、という音が聞こえるのと同時に、エルダーグリードが悲鳴をあげた。


「ほら、さっさと行きなよ。ここは食い止めておいてやるからさ」


トン、と背中を押した、ユウキの手。
力こそ強くて倒れそうになったが、その手が優しいことをサクヤはすでに知っていた。


「……頼みますよ、ユウキ」


サクヤは振り返らずに微笑むと、装置に向かって再び走り出した。


「……え、今、ユウキって……」


サクヤの後ろ姿を、ユウキがハッと驚いたような表情で見つめる。
その顔がほんの少しだけ赤かったのは、誰も知らない。




* * * * *





やはり、あの四つの装置がエルダーグリードに力を与えていたのは間違いなかったようだ。
あの装置を全て破壊した瞬間エルダーグリードは急激に弱体化し、あっけなく倒れた。
アオイの精神をとらえていたものも壊れ、《異界化》も収束していく。


「姉さん……! よかった、起きたんだな!?」


《門》も消え、《異界》が完全に消滅したのを確認すると、ユウキはすぐにアオイのサイフォンに連絡をした。
今度はちゃんと繋がり、いつもと変わらない、おだやかな口調のアオイが電話に出る。


「い、言ってる場合かっての! 身体は大丈夫……!? 痛いところとかない!?」


会話の内容はわからなかったが、ユウキの安心した様子から、アオイに異常はないのだろう。
あんなにも邪険にしていたが、なんだかんだで根は優しい、純粋なお姉ちゃんっ子だ。


「ハハ……もう大丈夫みたいだな」
「えへへ……本当に良かったです」
「いいなあ……卯月にも、あんなに優しい御姉様がいたら良かったんですけど」


正直、四宮姉弟は本当に羨ましいと思った。
姉も弟も、互いを本当に大切に思っている。まさに、理想の姉弟だ。




* * * * *





後日、ユウキの開発した《神様アプリ》はサーバーから完全に消去され、全ユーザーの端末からも《神様アプリ》を消し去った。またしてもハッキングを利用した技術らしい。
当然ネット上は大混乱だったが、真実を知っているのは五人だけ。
少々やり方は荒いが、これでもう《異界化》に巻き込まれることはないだろう。


「でも本当、《異界》って何なんでしょうね。ま、考え出したらキリが無いのは知っているんですけど」


学園の屋上にて、いつも通りコウ、アスカ、サクヤの三人は集まっていた。
他人の目を気にせずに《異界》についての話題を口にできるのは、人の少ないここくらいなのだ。


「サクヤちゃん、コウ先輩、アスカ先輩!」


話し込む三人の後ろから、ソラが走ってきた。


「よっ、ソラ。どうした、そんな慌てて」
「ふふ、すみません。急いでお伝えしたいことがあって」
「――こんちわ、センパイがた。あとついでに卯月」


ソラに続いて屋上に入ってきたのは、やはりユウキだった。
生意気そうなその声は、昨日の出来事がまるで嘘のよう。


「ちょっと、四宮! なんで登校してきてるんですか! っていうか、"ついで"ってなによ"ついで"って!」
「やだなあ、何を驚いてるのさ? 平日にきちんと登校する――学生として自然な姿じゃない」


その自然な姿じゃなかったのはどこのどいつだ、と言ってやりたかったが、あえてやめておいた。かわりに少しだけ睨んでおく。


「アンタらみたいなのがいるなら学園も楽しそうだって思ってね。あ、卯月は除外」
「〜〜〜〜〜っ!」


いちいち腹の立つ言い方をするユウキに、サクヤはもう限界だった。今はソラが必死に抑えてくれているが。


「それと、今後《異界》関係で何かあったら手伝ってあげるよ。僕みたいな天才的な頭脳を持つプレーンは必要だろうしね。命中力ゼロの突っ込むことしか頭にない誰かさんよりは役に立つんじゃない?」

ウインクをして悪戯をした後のような笑顔を見せるユウキに、反省の二文字は見えない。
「もう無理!」とサクヤが叫び声を上げ、ユウキとまたしても喧嘩をするまで、あと数秒。
その光景を見ていたアスカが、悪くない、とふわりと微笑んだ。


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