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「コウ先輩ー!」
「うおっ!?」


学園内にて、玄関に向かっていたコウにサクヤが抱きつく――もとい、タックルをかました。
今回は背中からだったが、これが正面からだった場合、間違いなくコウの鳩尾にクリティカルヒットしていたことだろう。もしそうだった時のことを考えて、若干血の気が引いた。


「もう無理! 最悪です、コウ先輩! なんであいつが卯月の隣なんですかー!?」


サクヤの言う"あいつ"とは、もちろんユウキのことである。
一週間ほど前に、不登校になっていたユウキがいきなり登校を始めた。不運なことに、ユウキのクラスはサクヤと同じ1−C。さらに、席はサクヤの隣だったのだ。
これをコウに言ったところでどうにもならないが、これだけは叫びたかった。もう限界だ。


「あいつ、休み時間のたびに嫌み言ってくるし! 卯月が何か失敗したらわかりやすく笑ってくるし!」


あいつ、絶対卯月のことが嫌いなんですよ!と喚くサクヤに、コウがどうすれば一番ベストなのか戸惑う。

思えば、コウが今まで接してきた女性の中で、サクヤのようなタイプはあまりいなかった。幼馴染みのシオリはおとなしいし、アスカは冷静、ソラは真面目……と、コウの周りはあくまで"性格的に"文系という人物が多かった。身体能力的に体育会系の人物はたくさんいるが。


「しかも、授業で卯月が当てられて困ったとき、だいたいあいつがこっそり答えを教えてくれるんですよ! おかげで卯月の怒りは不完全燃焼です!」


いや、それ逆に気に入られてないか!?


「やあ、コウセンパイ。奇遇だね」


出口付近にいたユウキが、こちらに向かって歩いてきた。
若干にやついた顔を見る限り、今の会話――といっても、サクヤが一方的に喋っていただけである――を聞いていたのではないだろうか。


「ええっ!? なんで四宮がこんなとこにいるんですか!?」
「あのねえ、生徒が普通に学園の出入り口から下校する。これに何かおかしなところでもある?」


あからさまに驚くサクヤに、ユウキが呆れたように言う。

ユウキもサクヤに対して決して優しいというわけではないが、サクヤの問いには全て律儀に答えているところを見ると、嫌いというわけではない。むしろ、その正反対なのかもしれない。思春期の男子特有というやつだ。


「よっ、ユウキ。お前も帰りか?」
「まあね。センパイはアルバイト? やれやれ、学生バイトなんてロクな稼ぎにならないだろうによくやるよね」


ユウキにとって久しぶりに来た学園は、退屈なものばかりだった。
レベルの低い授業。話の合わないクラスメイト。
ぶつくさと小声で自らに文句を言うサクヤを、横目でちらりと見てみる。
――でも、休み時間とかだけは退屈しないかな。


「ったく、何のために登校して来てんだっての」
「クスクス……人それぞれですよ」


そう言って近くの階段から降りてきたのは、生徒会長である北都美月。
いまから下校だろうか、鞄を両手で持って静かに歩いてくる。


「鞄を片手で乱暴に振り回す卯月とは大違いだね」
「四宮……ちょっとあんた黙っててくださらない!?」
「こんにちは、時坂君、卯月さん。四宮君も、ちゃんと登校してくれて何よりです」
「……あー、ソウデスネ」


ユウキにとってミツキは、嫌いというより苦手なタイプなのだろう。
これは意外な弱点を見つけた、とにやにやしていると、四宮に足を踏まれた。痛い。


「卯月さんも、クラスのこととかで何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。生徒会として、全力でサポートしますから」
「……はい」


生徒会長ということだけはあり、各クラスの様子も把握している。
つい緊張して身構えてしまったが、ミツキはそんなサクヤの様子を特に気にすることなく笑うと、「私はこれで」と言って立ち去った。
学園の外には高級そうな車が停めてあって、それで下校するようだ。さすがは《北都グループ》の令嬢。


「さーてと、卯月もこれからゲームセンターに行かないといけないので、これで失礼しますね」
「気をつけろよ。あの辺、最近治安が悪いみてえだしな」
「その治安の悪い場所で深夜バイトを繰り返しているコウ先輩に言われたくはないです」
「ぐっ……」


押し黙ったコウを見てサクヤは得意げに笑うと、「それじゃ、失礼します」を言おうとして、止まった。
背後からの足音を聞き、パッと振り返る。


「……よ、サクヤ」


すらりとした高い身長に、少しツリ目がちの瞳。
成人男性にしては少し高い声でサクヤの名を呼ぶその人物に、目を丸くした。


「! あんた……!」
「お、あの時のクソガキじゃねえか。まさかまたハッキングやら何やらしてねえだろうな」


ハッと笑っあてユウキに近づこうとする男性とユウキの間に、サクヤが割って入る。
その瞬間、目の前の男性に現れた、決して良いとは思えないほどの嫌悪。


「卯月……」


冷たい視線に貫かれながらも、サクヤはそこをよけようとは思わなかった。
手足はプルプルと震え、顔も若干赤い。


「……なぜ、このような場所にいるのですか、御兄様っ!?」


サクヤの精一杯の叫び声が、杜宮学園の一階に響いた。


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