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「はあ……まったく、散々でした……」


杜宮学園からでたサクヤは、ここぞとばかりに大きなため息をついた。


「まさか、あんなことになるなんて……」




* * * * *





「久しぶりだな、サクヤ。お前、レポートの提出期限過ぎてんぞ」
「! も、申し訳ありません、御兄様」


サクヤはそう言うと、自らのサイフォンを取り出して、画面をタップ。
レポートとやらはサイフォンでまとめていたのだろう。数秒後、レイヤのサイフォンに着信の知らせが届いた。


「……で、お前は……時坂洸、だったよな?」
「知ってるんスか」
「おー。サクヤの身辺は調査済みだ。……オレは卯月零夜。そこのサクヤの兄にあたる」


にやり、と笑うレイヤに、コウは数秒間固まった。卯月零夜といえば、あの《卯月グループ》の現会長だ。
そしてサクヤは、その現会長の妹。と、いうことは。


「サクヤ、お前……お嬢様だったんだな」
「わ、悪いですかっ!? どーせ似合わないとでも思ったんでしょう!?」
「ま、普通深夜までゲーセンで遊んでるオラオラ系女子がお嬢様だなんて、いくら名字が有名グループと同じでも誰も信じないよね」
「四宮……あんたねえ!」


またしても長い攻防戦に乗り出しそうなところを、コウが呆れながら止めた。
不思議とコウが二人の頭に手をのばしただけで、ピタリと動きが止まるのだ。それは一週間ほど前に《異界》内にてコウが二人に行ったことが原因なのだが、当の本人はそれに気付いていない。サクヤとユウキにとって、その出来事は一種のトラウマになっていた。

ちなみに、ユウキとこの場にはいないミツキは、サクヤが《卯月グループ》の令嬢であることを出会った初期から知っていた。
ユウキは学園のデータベースにハッキングをしたとき、ミツキは入学時の資料と、二人とも意外なところで真実を垣間見ている。


「ったく、あの小さいガキだったお前が一丁前に友達なんぞつくりやがって」


コウ先輩はともかく、四宮は友達なんかじゃありません。ただの腐れ縁です!


「だが、その様子だと、ぬいぐるみがないと眠れない癖は直ってないみてえだな」


………………。
三秒後、サクヤの顔は急激にぼんっと赤く染まった。熟したサクランボのように赤いその顔で口をパクパクさせる。
同時に、コウとユウキには混乱が走った。
あのサクヤが。時には笑いながら《怪異》を追い詰め、容赦のない一撃をくらわす、"あの"サクヤが。
ぬいぐるみがないと、眠れない?


「〜〜〜〜〜〜っ! 何バラしてるんですか、御兄様っ!? それは黙っていてくださる約束じゃあ……っ!」
「そうだったか? 悪い、忘れたわ」


レイヤがずっと、絶え間なく笑っている。"忘れた"と言っているが、絶対にこれは確信犯だ。


「……ただのガキじゃん」
「うるさいです、四宮! ガキって言う方がガキなんです!」
「……いや、別にいいんじゃねえか。そういう奴もいるって」
「無理にフォローしなくても結構です、コウ先輩!」


騒ぎまくるサクヤたちの周りに、「なんだなんだ」と寄ってくる人たちが四、五人。
やめて! 寄ってこないで! 卯月は見世物じゃないんです!


「ま、何か《異界》絡みで困ったことがあったら頼ってくれていいぜ。一応、できる範囲で協力はしてやる」
「! まさか、《卯月グループ》って……」
「おー。さすがに《ネメシス》やら何やらまではいかねえが、これでも《異界》関係には一枚噛んでいてな。もちろん公にはしてねえが」


気さくに笑うレイヤの顔からは、先程サクヤと対峙したときのような冷たい雰囲気は消えていた。
軽いというか、少しチャラい大人の人。とてもではないが、あの《卯月グループ》の会長には見えない。


「ほんじゃ、レポートも回収したし、オレはこれで失礼するぜ。時坂クンも、深夜バイトは上手くやれよ。オレも学生時代によくやったが、バレてえらい目に遭ったかんな。それとクソガキ。気になる女子をいじめたくなる気持ちもわかるが、ほどほどにしろよ?」
「ハハ……わかってたんスか」
「だから、そんなんじゃないっての」




* * * * *





レイヤが変えるのを見送ってから、サクヤもコウとユウキに別れを告げ、杜宮学園を出た。


「なんで、御兄様は杜宮学園に……? しかも、四宮とはすでに顔見知りみたいですし……卯月のレポートの回収が目的なら、サイフォンのメールですればいいものを、どうして……?」


一人呟いた疑問は、雨に溶けてどこにも響かなかった。


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