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「もう……御兄様のばかっ! せっかく今日はゲームセンターでコイン稼ぎしようと思ってたのに〜っ!」


雨の中叫んでも、それに対する応答はない。杜宮市の商店街にて、揚げたてのコロッケを頬張りながらサクヤは歩いていた。
杜宮学園を出た時点で、サクヤは蓬莱町のゲームセンターに向かう予定だったはずだ。それを変えたのは、一本の電話。


『そのへんで《異界》の反応があったから、調べてきてくれ。どうせ暇なんだろ、卯月のお嬢様』


電話の相手はもちろん、彼女の兄、レイヤである。


「こっちは朝から四宮による心の暴行を受けたばかりだというのに、それを知らずに御兄様は……!」


もちろん、ユウキがサクヤにちょっかいを出しているのをレイヤは知っている。が、それをサクヤに話したことはない。理由は簡単、面白いから。
するとその時、


「誰か! その人を捕まえて!」


通りに響いたソプラノの声。
声が聞こえた方を向けば、地面にぺたりと座り込んでいる女性と、その女性のものであろうバッグを抱えて走ってくる男性。正真正銘、ひったくりの現場に居合わせてしまった。


「ああもう、仕方ないですねっ!」


こうなったときは、いっそ開き直ってしまった方が良いのかもしれない、とサクヤは男の進路に立つと、持っていた傘をたたんだ。
男はサクヤがいることなどお構いなしに直進してくる。


「卯月のせっかくの放課後を無駄にしたこと、後悔してください!」


正確には男ではなくレイヤが無駄にしたのだが、尊敬する兄であり《卯月グループ》の会長でもある人物に八つ当たりなどできないらしく、そのターゲットは男へと絞られた。そのことを考えると、少しだけこの男が不憫に思えてくる。

「おい、やめろよ嬢ちゃん」という周囲の声を完璧に無視し、サクヤは一回傘を振ると、直進してきた男に勢いよく傘を突いた。
サクヤが込めた力と男の直進する力。二つの力が合わさり、それは驚異的な力へと変化を遂げる。
もちろん傘の先端ではなく持ち手の方で突いたが、それでも結構なダメージにはなるだろう。
《怪異》という化け物を常日頃相手にしているサクヤにとっては、造作も無いことだ。
やっぱり人間って脆い。


「ふぅ……」


ドサリと倒れた男を見て、サクヤは一息ついた。
周囲には人だかりが出来ていて、どことなく気まずい。
しかし、


「く、そがああぁあ!」


倒れたはずの男が、再び立ち上がった。
今度は、すさまじいほどの闘気を伴って。
よく見ると、この男は「BLAZE」と描かれたパーカーを着用していた。蓬莱町でサクヤに絡んだ人物とは別人だが、同じチームの。


「くっ……」


サクヤは再び傘を構える。
が、この闘気は明らかに人間のものではない。
これは、《異界》の――。


「待てや」


サクヤの後ろから聞こえた低音。
その声を発したのは、サクヤと同じ杜宮学園の制服に身を包んだ青年だった。

がっしりとした体つきに、一つに結った金髪、鋭い眼光。
クラスメイトが話しているところを、サクヤは聞いたことがあった。名前は忘れたが、通り名は、「学園最凶の不良」。
確かに、そう考えられなくもない。


「昨日といい今日といい、やはり変わったな、お前ら」


もともと低い声をさらに低くして睨まれれば、怖じ気づかない人間などいないだろう。
「帰れ」。その意味を込められて睨まれた男は、たちまち恐怖に震えてその場を後にした。


「……大丈夫ですか?」


そう言ってサクヤはバッグを女性に返すと、「ありがとうございます」と半泣きの状態でサクヤと青年に深々と頭を下げた。
直後に歓声がわきあがり、やはり少し気まずい。


「えーっと……先程はありがとうございました、不良さん」
「……シオ。高幡志緒だ」
「そうそう、シオさん。卯月は、卯月桜夜といいます。本当に、助かりました。あのままだったら、卯月、返り討ちにあってたかもしれませんし」
「そう思うんだったら、むやみやたらと首を突っ込まないことだな」


ツンとした態度だが、これはサクヤに対する注意だ。
自分の力を過信して手を出すと、余計な事態を招きかねない、という。
態度こそ冷たいものがあったが、正面からサクヤに注意をする人は珍しく、嬉しかった。コウやアスカ、ソラに初めて会ったときのような胸の高鳴り。
どこぞの四宮とは大違いだ。


「……肝に銘じておきます」


サクヤが笑うと、シオはもう大丈夫だろうと、路地裏に消えた。
周囲の人だかりも散り、少し帰りやすくなっている。
すると、サクヤのサイフォンに一通のメールが届いた。どうやら、商店街にあった《異界》の反応が消えたらしい。
つまり、サクヤの商店街での仕事はこれで終了ということだ。


「さて、コイン稼ぎに行きますか!」


雨もすっかりやんだ空の下、サクヤは一人蓬莱町へと足を向けた。


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