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「ああああ! 卯月もアスカ先輩やソラさんと一緒に行きたかったですー!」


雲ひとつない晴天の下、サクヤが叫んだ。
「悪かったな、俺らで」とジト目で見るのは、彼女の先輩であるコウ。


「いえ、別にコウ先輩が嫌だとか、そんなのじゃないんです! 問題はそっち!」


そう言ってビシッとサクヤが指差したのは、コウの後ろで歩きサイフォンを続けているユウキ。
サクヤの声に反応してか、ユウキは耳に装着していたヘッドホンを下ろし、めんどくさそうに答えた。


「仕方ないでしょ。僕も嫌だけど、あみだで決めたんだから文句は言えないよねえ? てか、いちいちチーム分けであいつが嫌だこいつが嫌だ言うとか、ガキかっての」
「殴る! あいつ今度《異界》に入ったら真っ先に殴る!」


ことの始まりは二十分ほど前。
放課後になり、二手に別れて調査するということで全員であみだくじを引いたのだ。
そして、その結果がこれである。


「ほら、いつまでも喋ってねえで聞き込みするぞ。ユウキも、面白がって挑発するな」


にらみ合う二人の間に挟まれたコウにとっては、いい迷惑だ。
いつもはソラが間に入っているのだが、ソラは普段からこの役を引き受けているのだと思うと、少しだけ不憫に思えてくる。




* * * * *





「やっぱり、《BLAZE》ってのは普段この近くにはいないみたいだね」


レンガ小路にて聞き込みをしてみたが、《BLAZE》という不良のチームなど、この近辺で見たことはないらしい。
しばらくレンガ小路でフェアの手伝いをしていたアオイやコウのバイト先の店長にも話を聞いたので、間違いはないだろう。


「あれっ……?」


まだ点いていない街灯の下に集まっていたサクヤたちにかかった、聞き覚えのある声。
それもつい最近。


「あ」
「なんだ、またキミなんだ……って、サクヤもいる。昨日もいたけど、この辺りに用でもあるの?」


玖我山璃音。
《BLAZE》に絡まれた張本人だ。
そして、相変わらずの変装である。


「っと……こっちは俺のツレでな」
「ふーん、初めまして。一年の四宮」
「クズ野郎」
「ちょっと……勝手に人の名前を改変しないでくれる?」


ユウキの自己紹介は、サクヤの一声によって遮られた。
言えなかった部分を、コウが補足してくれる。さすが先輩。


「あ、あはは……初めまして。っていうかサクヤ、昨日とキャラが違うんですけど……」
「違くないです! ただ、四宮の前ではこれがデフォルトなだけです!」


苦笑いするリオンにサクヤがツンとそっぽを向くと、途端にリオンがにやけ顔になった。
口元に手をあて、コウを見る。


「えーと……二人はもしかして、そういうカンジ?」
「? 何だ、そういうカンジって?」


コウは訳がわからないという顔で答えた。もちろん、サクヤにもわからない。
数秒経った頃、いきなりユウキが目を見開いたかと思うと、急いで目をそらした。髪に隠れていてわかりづらいが、そのみみがほんのり赤く染まっていることにコウとサクヤは気づいていない。
だが、乙女の観察力が鋭いことは、全世界共通だ。


「ふーん……そっか、そういうことか〜」
「ちょっと……何なの、本当」


勘弁してよね。


「それじゃ、あたしはこれで――」
「ちょっと待ってくれ。一つだけ。昨日、あの連中に最初に絡まれた場所だけでも教えてくれねぇか?」


ギクリ、とリオンの肩が少しだけ動いたのがわかった。
――キミが話せばいいじゃない、これ――すみません、卯月、レンガ小路で絡まれたことしか記憶になくて――。
わずか一秒の間に、リオンとサクヤの間でアイコンタクトが交わされる。


「ま、またその話? あたし、忙しいんだけど。これからその――」
「分かってるって。"お仕事"があるんだろ? ちょっと調べものをしててな。それだけ聞けりゃいいからさ」


コウの粘り強さに折れたのか、リオンが諦めて話し始めた。
リオンによると、蓬莱町の辺りからつけられているのを感じていたらしい。
声をかけたのは駅前広場。サクヤの記憶にないのは、駅前広場ではほんの数分だけ、別行動をとっていたから。リオンが一人きりになったのを見て声をかけたのだろう。


「あの連中、そんなにあの界隈で見かけるのか?」
「うーん、そうね。最近そこそこ見かける感じ? なんでもお気に入りのダンスクラブがあるらしいけど」


ダンスクラブ。
サイフォンで蓬莱町のダンスクラブについて調べてみたが、意外とゲームセンターやカラオケから近い。 ゲームセンターに行くたびに見かけるのはそのせいか。


「って――さらっと流したが《蓬莱町》って……やっぱ夜、女の子二人で出歩いていい場所じゃねーだろ」


ギクリ。
再度リオンの肩が揺れた。今度はサクヤも同じく。
ユウキがジト目でサクヤを見てくる。


「聞いてると常連みたいだし、仕事帰りによってんのか……? お前なあ、立場もあるんだからあんまいかがわしい所には――」
「カラオケよ、カラオケっ! 歌の練習を思いっきりしたくて一人カラオケしてるだけだってば! まあ、昨日はたまたまサクヤも一緒だったんだけど……い、いかがわしい場所なんか断じて行ってないんだからねっ!?」


リオンがほぼ叫ぶように言うと、コウは押されるように納得した。
やばい、昨日深夜まで蓬莱町にいたこと、四宮にバレた。


「ああもう、なんでキミと話してるといつも……って、時間がないんだった! ――それじゃああたし、行くから!」


リオンはそう言うと、走ってコウの前を通りすぎた。
時間がないというのは本当なのだろう。


「なるほど、やっぱりそうか。あれがウワサの現役学生アイドルってわけだね」
「……リオンさんのこと、黙っておいてあげてくださいね」
「別にいいけど。でも、センパイ。なかなか隅に置けないじゃない。けっこう気安い感じだったよね?」
「単なる知り合いだっつーの。サクヤのほうが気安い感じじゃねえのか?」
「卯月は昨日知り合ったばかりですから、以前より知り合いだったコウ先輩のほうが」


話を聞いたところ、コウとリオンはサクヤが知り合うよりも前に会っているらしい。
リオンいわく「ベタなのに信じられない出会い方」だったらしいので、一度詳しく聞いてみたいものだ。


「……っていうか卯月、昨日不良に絡まれたわけ?」
「はい。危ないところを、コウ先輩とシオさんに助けていただきました」
「……ふーん」
「?」


四宮の機嫌が急激に悪くなった理由を、誰か教えてください。


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