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「……ふう、無事に出られたか」
《ジェミニ》から出た四人は、少し離れた場所で一息ついていた。
一時はどうなることかと思ったが、ユウキの機転とシオの活躍によってなんとか乗り越えられたその時。
「――時坂っつったな。どういうつもりだ? あんな場所に一年坊を連れて首を突っ込んでるとは」
いきなりシオがコウの胸ぐらをつかんだ。
本当にその通りだと思ったのか、コウは「返す言葉もないッス」と黙り込んでしまう。
「ちょっとちょっと。それはお門違いじゃない? ちなみに、センパイは止めたけど僕が勝手についてきただけだから」
「卯月も同じくです。コウ先輩に非はありません!」
コウを庇うようにユウキとサクヤが抗議すると、シオは渋々その手を放した。
それにしても、すごい力だ。つかまれた制服やパーカーがくしゃりと跡を残している。
このパワーの持ち主が本気で喧嘩をしたら、一体どれほどの騒ぎになるのだろうか。
「――しかし……やっぱり先輩も《BLAZE》を色々探ってるみたいッスね。一体、どういう関係なんスか?」
「…………………………………………」
「今の《BLAZE》のリーダーはアキヒロってヤツらしい……だが、どうやら一年前までは別の人物がリーダーだったようだ。"カズマ"って人と――」
「――お前らには関係ねえ」
シオが《BLAZE》と繋がりを持っていると考えたコウは、次はシオに探りを入れたらしい。
《BLAZE》ではタブーとされていた"カズマ"の名前。それを持ち出すと、黙っていたシオが重々しく口を開いた。
「とにかく、これ以上首を突っ込むのは止めておけ。さもなきゃ、そのうち取り返しのつかねえことに――」
「アンタもだよ、シオさん」
突如かかった、軽薄そうな男の声。そこにいたのは、黒革のジャケットに豹柄のシャツ、染め上げられたピンクの髪が特徴的な男性。
戌井彰宏。アキヒロと呼ばれる、《BLAZE》の現リーダーだ。
やはり、シオさんと繋がっていたか。
「久しぶりじゃねえか、シオさん。最近、なにやら色々と嗅ぎ回ってるみてえだが……――オレの《BLAZE》に、何か用でもあんのかよ?」
「用なんざ……あるに決まってるだろうが」
光のない、ガラス玉のような目でアキヒロはシオを見る。
「一体お前らは……《BLAZE》は何をやっている? 終わっちまった"焔"にわざわざ火を点けるどころか……最悪な代物に手を出して"黒い焔"へと変えやがった……――答えろアキ! どういうつもりだ!?」
シオが真剣な目付きで訴えても、アキヒロはただ笑うだけだった。
まるで、何をしても自分には勝てないという自信の表れのようだ。
「クク、懐かしい呼び名だ。だがもう、アンタにはその名前で呼ばれたくはねぇ……"負け犬"のアンタにはなあ……!」
アキヒロの叫びが、路地に響く。
幸い人は誰一人として通ってはいない。
「……卯月――」
ふと、ユウキが後ろを振り返った。が、そこには今までいたはずのサクヤの姿はなく、別の場所へと移っていた。
そう、空中に。
「はああっ!」
するとサクヤは空中から素早く地面へ着地し、アキヒロに拳を叩き込んだ。
当然それはアキヒロの手によって防がれるが、それは予想の範囲内。
しばらくするとサクヤは手の力を抜き、コウの隣へバックステップで下がった。
「やはり……《BLAZE》は、常に人間離れした力を持っているわけではないみたいですね」
アキヒロの力は、確かに強い。だが、不良を押さえ込んだりコウの胸ぐらをつかんだりしたときのシオの力よりは、だいぶ弱そうだ。
つまり、今のアキヒロは通常の人間並みの力しか出せていない。
「ってことは、あの《BLAZE》が秘密裏に作っていたものが力の源になってるんじゃないですか?」
自信満々に、サクヤが語る。
アキヒロがクク、と笑ってから「正解だ」と言って取り出したのは、数個のタブレット。
見た目はオレンジ色で、細長い形をしている。ひとつのサイズが大きく、とても飲みづらそうだ。
「せっかくだからアンタに見せてやるよ。オレたち新生《BLAZE》に滾る"焔"ってヤツを――!」
そう言うとアキヒロは、何の躊躇もなくそのタブレットを飲み込んだ。
すぐに瞳が赤く光ると、瞬く間に全身に闘気が溢れ出す。商店街や昨夜の《BLAZE》と、同じように。
「! シオさん、逃げてください!」
狂ったように笑いながらアキヒロはシオに手をかざすと、シオの背後の空間が割れた。
燃えるような赤色が形をつくり、《門》へと姿を変える。
「無事に出られたら話くらいは聞いてやるよ」
禍々しい雰囲気を漂わす《門》が、シオをつかんで放さない。
シオはすでに両手を《門》に飲み込まれ、脱出することは不可能だ。
「ああ、正解したんだから、ご褒美をあげなきゃなあ?」
アキヒロは横目でちらりとサクヤを見ると、つかつかとこちらへ歩き、乱暴に腕をつかんだ。
止めようとアキヒロの肩をつかんだコウだったが、アキヒロは顔色ひとつ変えずにそれを払う。
「きゃっ!」
「卯月!」
アキヒロはそのまま《門》の前まで行ったかと思うと、《門》へ向かってサクヤを突き放す。
バランスを崩したサクヤはそのまま倒れこみ、シオと同様に吸い込まれた。
ユウキが急いで駆けつけ、必死にサクヤを《門》から引き離そうとするが、びくともしない。
「ちょっと、四宮まで巻き込まれるじゃないですか!」
「どうだっていいだろ、そんなの! くそっ、なんでこんなに放れないんだよ……っ!」
「……っ」
するとサクヤは痺れを切らしたように、バッとユウキを突き放した。
いきなりのことにユウキがよろける。
「……先に《異界》の攻略を開始します。卯月のことは、どうかお気になさらず」
サクヤがやんわりと微笑むと、それでもまだ諦めずにユウキは駆け寄ってくる。
今度は、コウも一緒に。
間に合わない。
「――そんじゃあ、お疲れッス」
アキヒロの言葉と同時に、シオとサクヤは完全に《異界》へ飲み込まれた。