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「――さてと、説明してもらおうか?」
エルダーグリードを倒したコウ達は、気づくと蓬莱町ではなく記念公園の一角にいた。
辺りはもう真っ暗で、人も通っていない。昼間の賑わいがまるで嘘のように静かだ。
「さっきの場所に、化物ども……どうやら一通りのことをお前らは知っているらしい。洗いざらい喋ってもらおうか?」
シオは威圧的な瞳でこちらを見据えた。
いきなり現れた赤い扉《門》に、こことは全く異なる別世界。そして、そこに存在する化物の数々……ここで説明を求めたくなるのは、当然だろう。
「疑問は判りますが――」とアスカは言うと、アスカはサイフォンを起動し、シオに手をかざした。コウが呼び止めるが聞く耳を持たず、青白い光がアスカを包んだ。
「――Erase」
Erase。意味は消去。アスカが持つ、他人の記憶を消す魔法。度々思い出すこともあるから、封印の方が近いのかもしれないけれど。
集まった光の粒が連なり、シオを縛る鎖のようにも見える。これで、シオが持つ《異界》関連の記憶はすべて消えた――はずだった。
「? ……何のつもりだ?」
アスカの魔法は、シオに効いていなかった。魔法を発動したときの光も見えていなかったようで、わけがわからない、というような顔でこちらを見ている。
もしかして、とサクヤは思った。シオも、自分達と同じ《適格者》なのではないだろうか。
サクヤの時も、アスカの魔法が翌日には完全に解けていた。さすがに効かなかったことはないが、聞くところによると、コウやソラも同じらしい。
もしもシオが《適格者》ならば、心強い仲間になってくれるだろう。彼の戦闘に関しての才能は、目を見張るのもがある。生粋のアタッカーだ。……あくまで、味方だった場合のみだが。
アスカが黙って手を下ろすと、シオは「よくわからんが……」と続けた。シオは力づくで聞こうという気はなく、ただ、《BLAZE》に何が起こっているのか知りたいだけなのだと言う。
――《BLAZE》の元リーダーとして。
「――いいでしょう。必要最低限にはなりますが」
* * * * *
「……《異界化》、それに《怪異》か」
場所を変えてから、アスカは《異界》について説明をした。《異界》から帰ってきた場所が湖のすぐそばだったということもあってか、春なのに少し肌寒い。
ちょうどユウキ住む高級マンションのすぐ近くでアスカによる大説明会は開かれたが、その時のサクヤには別の考え事があった。
――《異界》にて、シオに攻撃しかけたこと。
あのときは、手が勝手に動いていた。なのに、サクヤの自制心というものは動かなかった。
人殺しは、犯罪。絶対にやってはいけないことのひとつだと、わかっているのに。なのに、止めようという気すら起きなかったのだ。まるで、身体と脳が誰かに乗っ取られたような。
……また、起きるのだろうか。今度は寸止めできかず、コウやアスカ、ソラやユウキを傷つけてしまうのではないか。自らの《ソウルデヴァイス》で。
それが、堪らなく怖い。
「……おい、サクヤ?」
恐怖の沼に突き落とされそうになっていたサクヤを呼び戻したのは、コウの声だった。
ハッとして顔をあげれば皆こちらを向いていて、すこしだけ心臓が跳ね上がる。
「えっと、何でしょう?」
「いや、何でしょうって……何回呼んでも返事しなかったから、一瞬ヒヤッとしたぜ。説明、ちゃんと聞いてたか?」
そう言われ、記憶を呼び起こしてみる。……アスカの説明の内容は、きれいに思い出せなかった。
「……す、すみません、。聞いてませんでした」
「お前なあ……」
それを聞いて、コウはあからさまに呆れた。横でソラが、「大丈夫、明日わたしが教えるよ」と励ましてくれている。
鼻で笑ったユウキは絶対許さない。八割くらいは卯月が悪いですけど。
「今回、気になるとしたら……あのアキヒロってヤツが自分で《異界化》を起こしたことだ。柊、そんなことが可能なのか?」
「――可能性はゼロじゃないわ。ごく稀に、《異界》に迷い込んだ人間がある種の"力"を手に入れる事がある。それらは大抵、《異界》の"力"に魅入られて自らの破滅を招くケースが多い。」
ゴクリ、と息を飲む。ここでいう"破滅"とは、精神の崩壊や、あるいは"死"そのものだったりする。
「《BLAZE》リーダー・戌井彰宏――おそらく彼も例外じゃないわ」
そこまで言ってアスカが取り出したのは、オレンジ色のタブレットだった。アキヒロが服用したものと、全く同じものである。
過去に《BLAZE》が暴力事件を起こした現場で拾ったものだと、アスカは言う。
「……これ、《異界》っぽいっていうか、何か……そんな感じがします。匂いが似ているというか……まあ、本当に勘なんですけど」
タブレットを手に取ったサクヤが、それを見つめる。
何故だかわからないが、そのタブレットに引き寄せられるものがあった。それが何なのかは、やっぱりわからないのだけれど。
「《異界》って……僕は何も感じないけど? 匂いとかも、特に何もないし」
「匂いって言っても、物理的な匂いじゃないんです。何て言うかこう……いえ、何でもないです。ただの気のせいかもしれません」
「……いいえ、サクヤちゃんの言うとおりだわ」
……え。
「恐らく、《異界》に関わる何らかの危険な素材を調合した"薬物"――《異界ドラッグ》とでも言うべきものでしょう」
「い、《異界ドラッグ》……まさか、本当に言い当てちゃうなんて……」
ソラが驚くが、その事に関しては誰よりもサクヤ自身が驚いていた。
本当に、《異界》のものだったとは。
何故わかったのだろうか。前までは、こんなことはなかったのに。
「チッ、関わってるどころか真っ黒だったわけか……」
「――それだけわかれば充分だ」
そう言って立ち去ろうとするシオを、コウが引き留める。
「この上、まだ関わるつもりですか?」
「ハッ、昔の仲間が得体の知れないドラッグなんぞに関わっている――そんな話を聞いてケツまくったら"アイツ"に顔向けできねえからな」
「"アイツ"……?」
「教えてくれて助かった。……この借りはいずれ返す」
と言い残すと、シオは今度こそ立ち去った。それを止める者は、誰一人としていなかった。