「ただいまー」
家に帰って、リビングでふてくされながら宿題をやっていると、両親が帰ってきた。一度手を休め、玄関に戻ると、家を出て行ったときと何も変わらない、ばっちりおしゃれスタイルの父と母が荷物を床に置いていた。
「おかえり。早かったね」
「えぇ、思ったよりも順調に進んだのよ」
「伊織のほうは特に問題なかったかい?」
父がそうにこやかに訊いてくるが、この二日間でとんでもないことばかりだ。できれば関わりたくない美形種族と面倒な方向で関わっちゃうし、ややこしい頼み事まで引き受けちゃうし。後半は断り切れなかった自分のせいだけど。
でも、両親にそれを説明するのは、もっと面倒なので当たり障りのない返事をしておく。
「特に何もなかったよ。うん、普通」
「……微妙に返事に時間がかかった気がするけど、そうであれば大丈夫だよ」
父が肩をすくめるが、どこぞの男優みたいな仕草だ。似合いすぎてるとは、さすが美形……言動が凡人とは全然違う。羨ましいかぎりだ。
「あ、伊織。宿題終わってからでいいんだけど、夕食の手伝いお願いできる?」
「うん、わかった」
仕事の残りを片づけるために、自室へと戻った父がいなくなると、母がそう言ってきた。素直に頷くと、花のように明るい笑顔を返された。
「ねぇ、母さん」
「ん? どうしたの?」
宿題をさっさと終えて、母と同じくキッチンに立った私は、ふと疑問に思ったことがあったので口を開く。人参の皮をピーラーでむきながら、ぼそぼそと尋ねた。リビングからは、この時間帯にやるには早すぎるような内容のメロドラマが流れてきている。
「できるだけ関わりたくないことに何故か関わることになったら、どうする?」
「あら、何かそんなことでもあったの?」
「まあ……」
いろいろありすぎましたよもう。来週の学校が憂鬱としか言いようがない。どうしよう、クラスメイトや橋本に合わせる顔がない。できるだけ穏便に、平凡な人間らしい生活を送ろうとしているのに、なんでこんなことになった。
心の中でガタガタと震えているが、母はそんなことを全く知らずに答え始めた。
「そうねぇ……世の中理不尽なことなんて、沢山あるわよ。私だって、始めての人に挨拶しただけで何故か『不細工のくせにうるさい』とか言われたり」
「……母さんが?」
むしろ母を不細工と言った人の顔が見てみたい。身内のひいき目ということを抜いても、相当綺麗な部類に入るはずなのに、どんだけ母の顔が嫌だったんだ。
「まあ、その台詞を言ったのはあなたのお父さんなんだけどね」
「…………」
私の父……ということは、血の繋がっている父の方か。なんでそんなとんでもない台詞を初対面でぶちかました人と結婚しているんだ、うちの母は。そっちの方がびっくりだ。
私が唖然としているのにもかかわらず、母はすらすらと言葉を続けていく。
「だから世の中どうなるのかわからないのよ。幸せが不幸になることもあるし、その逆も同じ。どちらもあるし、現実であるということよ」
「……そうだよね」
私より長生きしているせいなのか、随分と説得力のある言葉だった。人参の皮をむき終わった私は、そこで一度手を止めた。
「恋も同じよ。するはずなんてないと思っていたはずの人をいつの間にか好きになっていることもあるし、それこそあっという間に始まってしまうの」
「……母さんと前の父さんみたいに?」
「そ。自分でもびっくりだけどね。あなたもきっと、そんな恋をするわよ」
そう言って、軽やかに笑う母さんは、やっぱり綺麗な母さんだった。