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翌朝。午後6時ぴったりにベッドで目が覚めた私は、ぐーっと大きく背伸びをした。
少年がいなくなった後、そのまま家に戻ってきたのだが、なんだか夢を見ていたかのようだ。……うん、夢だと思いたい。一生の間に美形少年と会うなんて、そんなにない確率だし、できれば美男美女には会いたくないのが本音だから、昨日の一件は夢だと思うことにする。
「よーし、そうと決まれば朝食だな!」
夢だと無理矢理思いこんで、すっかり気分の良くなった私は、さっさと制服に着替えてキッチンへと下りていく。
パンをトースターで焼き、スクランブルエッグを作ったり、キャベツを千切りにしたりと、普段しないちょっと贅沢な朝食を作っているうちに、なんだか鼻歌が出てきた。たまにはこういう一人の時間も悪くはない。
ぱくぱくと朝ご飯を口に運び、食器を洗い、歯を磨く。その後は本を読んだりテレビを観たりと簡単に時間を潰していると、登校するときになった。
テレビを消し、学生鞄を持つと、私は「行ってきます」と誰もいない家に向かって言い、通学路へと歩き出した。
「伊織ー、おはよー」
「おはよう。気分悪そうだね」
声をかけられて右を見ると、私と同じ帰宅部で数少ない友人の橋本が寝ぼけ眼で近づいてきた。顔は平凡だ。本人に言ったら怒られそうだけど、こういうどこにでもいるような顔の彼女は、美形にコンプレックスを持っている私からしてみれば、とても安心できる存在だ。
「もう塾が大変でさー。昨日も課題課題で……」
高校はかなりレベルの高いところに行くつもりの橋本は、やっぱりレベルの高い塾をいくつか受講しているらしく、会うたびに必ず愚痴を言い始める。私と同じ帰宅部なのは塾に行く時間を少しでも確保するためだ。まあ、彼女の愚痴には慣れたといえば慣れたのだが、相変わらず大変そうだ。
ただ、良い塾に通っているせいなのか、成績は学校でもトップクラスだ。まあ、この中学は普通の学力レベルだし、それぐらい当たり前なんだろうけど……。
「レイ、行ってらっしゃい」
ふと耳に聞こえた言葉に、橋本の愚痴から意識がそれる。最初に聞こえた声に、なんだか聞き覚えがあるんだけどな。周りを見渡してみるも、特にそれらしき人物はいない。
「伊織? どうしたの?」
「あ、ううん……なんでもない」
私は首をかしげるが、それ以上は深く考えなかった。