クラスに入ると、ちらほらと同級生たちが登校を終えて、あちこちに散ったり固まって笑い合っていた。何人かに挨拶され、こちらも返すと、ふと一番後ろの窓側の席に座っている女子に目が向いた。三日前に、一時的に転校してきた水無月レイさん。さらさらの黒髪に目が覚めるほど綺麗な容姿なのだが、今まで彼女がクラスメイトと仲良くしているところを見たことがない。
「おはよう! 水無月さん!」
橋本が明るく挨拶をするが、水無月さんは少し顔を上げただけで、すぐに視線を窓の向こうへと移した。無駄に楽観的なところがある橋本は肩をすくめると、自分の席に座り、何事もなかったかのように塾の宿題をやり始める。
水無月さんは、転校してからずっとあんな感じだ。掃除も当番も黙々とこなすけど、壁をまわりに作っている気がする。最初はふてくされていたクラスメイトも、今では彼女の存在に慣れ始めていた。私は慣れていないけどな。
「お、おはよう……ございます」
「…………」
彼女のちょうど目の前の席だなんて、運命というか呪いを感じる。案の定挨拶はスルーですよね知っています。そろりそろりと椅子に座って、教科書を取り出すが、なんだか視線を感じる。ちょっとだけ振り返ると、こっちをじっと見ていた。ひぃぃ、何か私したっけ!?
もしかして、橋本が朝っぱらから大きな声で挨拶したせいで、私まで迷惑がられているとか……? ガタガタと震えていると、水無月さんが席を立つ音がした。私が硬直していると、そのまま水無月さんは教室を出ていってしまう。
ふぅ、と肩の力を抜くが、橋本が馬鹿にするように鼻を鳴らした。くっ……美形は怖いのが普通じゃないか!
机に突っ伏する私だが、水無月さんは授業が始まっても教室に帰ってこなかった。
学校が終わり、塾に行く橋本と別れて、家へと直行する。鍵をカバンから取り出そうとしたとき、それよりも早くドアが開いた。出てきたのは義兄である春輔兄さんだ。相変わらずのイケメンオーラですね。凡人には眩しすぎます。
「あれ、伊織。今帰ったの?」
「うん。おかえり、ただいま」
昼頃に帰ったと思われる兄は、何故か手に旅行カバンを持っている。ちょっと高級な感じだ。
「……何そのカバン」
「え? あー、俺これからイタリア行ってくるから」
「は!?」
とんでもないことを言い始めたぞうちの兄貴は。っていうか、サークルで旅行し終わったばかりなんじゃないのか?
私が呆気にとられていると、兄は急いでいるのか、私の頭を1回ポン、と撫でて横を通り過ぎていく。そのまま駅方面へと歩いて行く兄の足は軽ろやかだ。
「親父たちには電話しといたから!」
「は? え? だ、誰と行くの?」
「彼女と!」
「…………」
いつの間にか兄はリア充になっていた。交友関係も男女関係も恵まれてるな。やっぱり美形は得する世の中なのか。
茫然としている私の目の前で、兄の背中はどんどん小さくなっていった。