「な、なんでこんなことに……」
翌朝、私は登校しながらぶつぶつと独り言を呟いていた。
――話をしたい子がいるんだ。
――俺、ここに来たばかりで友達もいないし、君にお願いしたいんだけれど。
わざわざ昨日会ったばかりの私にそんなこと言う時点で、いろいろとおかしい気がするのだが、少年の笑顔は有無を言わせない笑みというか。そのまま、即決で「はいやります」と言ってしまうぐらいの威圧感があった。
「おはよー。……って、朝から何そんな暗い顔してるの?」
途中で合流した橋本にもそんなことを言われてしまった。自分でも暗い顔をしているのはわかる。本当になんでこんなことになったんだ。
――君のクラスってどこ?
――2-B? あぁ、ちょうどいいや。彼女も同じなんだ。
彼女ということは女子なのか。そこまで情報を知っているんだったら、面識があるんじゃないのか? っていうか、少年は学校に通っているのか? あと名前聞きそびれたな……。
いろいろと考えてしまうが、どんどん教室に近づいていく。
「えーっと、確かその子の席は……26番……」
顔を上げて、少年から聞いたその女子の席番号を思い出しながら、顔をまわりに巡らせる。だが、私はあることに気付いて凍りついた。
26番って……水無月さんの席じゃないか。
「あ、あの……おはよう、ございます」
「…………」
冷や汗をかきながら、水無月さんに挨拶をする。そして案の定スルーされた。でも、ここで終わったら駄目だ。
「その……水無月さんに会いたいっていう人がいましたよ」
「……?」
やっと水無月さんは反応してくれた。少しだけ眉を寄せて、私を見上げてくる。うっ、至近距離から見るとやっぱりとんでもない美人だな。
「……誰だ?」
「え?」
「私に会いたいと言っているのは誰なんだ?」
低すぎず高すぎないなめらかな声に、びっくりして一瞬答え忘れてしまう。まさか美人は顔だけではなくて、声まで綺麗なものなのか……。
私はしどろもどろと答えを返す。少年の名前を忘れてしまったから、なんて言えばいいのかがわからない。水無月さんを怒らせたらどうしよう。
「えっと、その……名前はわからないんですが……」
「名前もわからない奴から、そんな頼みごとをされたのか?」
「うっ」
正論を返された。ですよね、普通そう思いますよね。というか、クラスメイトが興味津々という表情でこっちを凝視しているんだけど、どうしよう。
冷や汗を流していると、水無月さんがスッと眉をひそめて訊いてきた。
「どういう容姿だったんだ? そもそも性別は?」
「だ、男子です。凄い美形……でした」
「それだけか?」
呆れられてしまった。あのとき、夜であまり視界が良くなかったし、何よりも突然の出来事で、ちゃんと相手の顔を見れなかったんだ。仕方がないじゃないか。水無月さんは、ふっとため息をつくと、そのまま私から顔をそむけて、ぼんやりと窓の外を見始めた。うっ、やっぱり駄目だったか。
肩を落として、しおれていると、ぼそりと水無月さんが呟いた。
「……あいつに伝えてくれ。『私の前に二度と姿を現すな』と」
「え? あ……は、はい」
もしかして水無月さんには心当たりがあったのか。拍子抜けてしまうが、まあ考えて見れば当たり前のことだろう。それにしても、こんな辛辣な言葉を告げるなんて、いったいこの2人の関係性はなんなんだろうか。
ふとそんなことを思うが、これ以上関わってもろくでもないことに巻き込まれそうな予感がしたので、大人しく彼女から離れて前の席に座る。
何か言いたげな表情の橋本とクラスメイトの視線に気付かないふりをして、私は机に突っ伏した。