03.




治崎さんと知り合って数日。
朝の通勤ラッシュで会うたびに、少しずつお喋りをした。
スマートで優しい治崎さんは、いつもマスクをしているから素顔が気になる。
マスクを外しても恰好いいんだろうな、うん。
お昼を広げながらそんな事を考えていると、ぽこんと頭を叩かれた。

「なーにアホ面晒してんだ、シズク」
「痛い!何するのよ!」

同期の木下がファイルを構えて立っていた。

「油断してるからだろ」

楽しそうに笑って、当然のように私の隣に座る。
パンとコーヒーを広げ始めた木下に、思わずため息が漏れる。

「・・・もう、全然違う!
「ああ?誰とだよ。」
「最近知り合った人。アンタと正反対で、優しくて紳士で、そりゃあもうカッコいいんだから。」
「・・・誰だそいつ。どこの部署だよ?」

私と木下は部署違いだが数少ない同期で、私にとっては数少ない友人。

「会社の人じゃないもん。」
「はあ?人見知りでおっちょこちょいのお前が、会社以外でまともに話せるヤツいんのかよ。」
「ぐっ。いるもん。」
「どんな奴だよ。」
「木下には関係ないもんね!」

ふんっと横を向いてやったのに、しつこく食い下がってくる。
しょうがないから、少しだけ治崎さんのこと教えてあげた。
でも、余計な心配はかけたくないから、毎日感じる視線のことは伏せた。

「・・・怪しいだろ、どう考えても。」
「怪しくない!」
「なんで突然、毎日出くわすんだよ!つけられてんじゃねえのか?」
「そんな訳ないでしょ!」
「・・・ったく、これだからお子様は。」
「はぁー!?」

喧々諤々と言い合いながら、それでも楽しいランチタイム。
ドジな私と違って、木下は着々と出世の道を歩んでる。
それでもこうして、前みたいに笑いあえる友人がいて本当に助かっている。
でも。

「彼は木下が思っているような人じゃないよ」
「わかんねぇだろ。ホイホイ付いてって泣かされても知らねえからな!」

治崎さんは優しい人だもん。
ちょっぴりときめいているから余計に、否定されたくなかった。

「大丈夫だよ。心配しすぎ。」
「・・・っはぁ、とにかく帰り道とか気を付けろよ。」
「うん、ありがと」

木下はいいやつだ。
こんな私でも仲良くしてくれて、こうして心配してくれる。

「なんなら送ってやるから。俺車通勤だしよ」
「いやいやーそれは悪いよ!方向逆じゃん!」
「・・・ったく、ニブちんが」
「え?」
「何でもねえ。じゃあ俺行くわ。」
「うん、またね」

木下が去ってから、私もお弁当を片付けた。
最近は、会社にいても視線を感じる。
敏感になっているだけだと思いこみ、頭をフルフルと振った。








(うわ、すっかり遅くなっちゃった・・・)

残業を終えて会社を出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
繁華街が近くにある会社の周りは明るいのだけど、この分だと家の周辺は真っ暗だ。

(嫌だな・・・もっと早く切り上げればよかった。)

少し怖かったけど、帰らない訳にはいかない。
意を決して、駅へ向かう。


と。




「シズクさん」

「治崎さん!」

向こうから手を振りながら、治崎さんが歩いてきた。


いつものスーツ姿で、その姿には疲れた様子も皺も見当たらない。
清潔で、かっこいい。どうやってキープしてるんだろう?
私なんて残業終わりはいつもへろへろで、髪もメイクもひどいものだ。

「今お帰りですか」
「ええ・・・すっかり遅くなっちゃって。」
「もう遅いし、おひとりでは心配だ・・・良ければ送りましょうか。」
「え!そんな、悪いですよ!」
「同じ方向ですから。」

にっこりと申し出てくれる治崎さん。
決して押しつけがましくないその声色が、私を甘くときめかせる。
キーを持っている手には、手袋をしていた。

「あ、れ、でも今朝、電車でしたよね?」

ふと気になって、聞いてみる。

「あァ、実は一旦帰宅してまた呼び出されましてね。
 面倒だったので車で来てしまいました。」

困ったような顔も素敵だな。
私は大変だなあと呑気に相槌を打ち、治崎さんが車の場所まで案内してくれる。

「う、わぁ・・・すごい車ですね・・・」
「そうですか?」

立体駐車場に停めてあったのは、見るからに高そうな黒いセダン。
治崎さんって、もしかしてめちゃくちゃお金持ちなのかも・・・。

ほいほい着いてきてしまったものの、これは乗るのに緊張する・・・!

「どうぞ」
「あっ、はい!失礼します!」

さっとドアを開けてくれる。
もう、ほんとこういう所だなぁ・・・木下と全然違うところ。
ドキドキしながら助手席にお邪魔すると、ふんわりとムスクのいい香りがした。

「うわ、すごく気持ちいい・・・!」
「気に入っていただけましたか?」

もちろんですと答えると、治崎さんはにっこりと笑ってくれた。
黒い高級車は滑るように進む。

「・・・なんか、ホント・・・ありがとうございます、治崎さん。」
「いえ、送るくらいさせてください。せっかく会ったんです」
「こんなに良くしていただいて、申し訳ないな・・・」
「・・・ご迷惑、でしたか?」

運転する横顔が曇る。
私は慌てて手を振った。

「いえ、とんでもない!・・・でも、どうして、って感じではありますね」

ライトや街灯が治崎さんの横顔を照らしては流れていく。
長いまつげがよくわかる。

「私なんかに、こんなに親切にしてくださって。」
「・・・シズクさん、少し停めても?」
「え?」

治崎さんは車を停めると、顔をこちらに向けて来た。

「言わないといけない事が、あるんです。」
「・・・え・・・」

見つめられて、時が止まる。
薄暗い車内で、治崎さんがマスクに手をかけた。

「あ、」

どきん、と心臓が跳ねた。
治崎さんがマスクを外した姿、やっぱり素敵だ。
見とれている間に、唇に暖かい感触。

「好きです」

「・・・・っ、え」

キスされた、と理解するのに、かなりの時間を要した。
金色に輝く瞳が、私を射止めて離さない。

「っち、さ・・・」
「貴女が」

「好きだ。どうしようもなく」

まっすぐ見つめられて、またキス。
ああ、頭が働かない。
嬉しい、恥ずかしい、幸せ、色々な感情が渦巻いては霧散する。

キスの時、口に何かが入ってきた。
思わずそれを飲み込んでしまって、咽返る。

と、突如。


視界がゆっくりと暗転した。