ストロー



「♪」

キッチンから鼻歌が聞こえる。起き抜けの耳に心地よく、俺は寝間着のままリビングへ向かった。
コーヒーとトーストの匂いと、流しに立つシズク。
エプロン姿の背中に無言で抱き着くと、びくりと小さな体が震えた。

「ひゃ」
「おはよう、シズク」
「もう・・・包丁持ってたら危ないでしょ!・・・おはよ、廻くん」
「ちゃんと見てからやった。」

すりすりと細い髪の毛に頬ずりをする。恥ずかしそうにするシズクの耳が、赤く染まってとても可愛い。
普段はもっとすごい事をしていても、この初心な反応が楽しくて、ついちょっかいをかけてしまう。

「ごはん、出来てますよ〜。」

俺はまず歯磨きをしに洗面台へ向かう。洗顔も済ませ、軽く身なりを整えてからまたシズクのもとへ。
抱き寄せてキスをすると、驚いた顔のシズク。

「食べようか」
「う・・・うん。・・・廻くん、急にキスするの止めてくれない・・・?」
「何故だ」
「心臓に悪いから!!」

何故か怒られたが、気にせず2人分の朝食を運ぶ。朝日の中2人で朝食を取るのは、なかなかに幸せすぎる。シズクはにこにこと何でもない話をして、俺はそれを静かに聞いている。小鳥が囀ってるみたいで、表情もくるくる変わって聞いてるだけで癒される。

「ね、聞いてる?」
「・・・聞いてはいる。」
「それって、聞いてないってことじゃないの?」
「いや、声は聴いてるんだが、話は聞いてなかった。」
「もう!」

怒った顔のシズクが、俺の皿からミニトマトを奪っていく。

「ん?」
「廻くんが私の話、聞いてなかったから、罰としてトマトは取り上げます!」

どうだ!と言わんばかりで胸を張っているシズク。そしてぱくりと口に入れて、美味しいと微笑んだ。ああ・・・その顔はダメだ。反則だ。俺は手を伸ばして、シズクの顎を掴まえた。

「んむ」

口づけて、シズクの口の中からトマトを奪う。少し噛んだのか、果汁が溢れて唇を濡らした。

「返してもらうぞ」
「・・・えー?!」

数秒遅れて、シズクの声がリビングに響いた。

「罰なのに・・・廻くん、そんなにトマト好きだった?」
「美味い」
「そっか、うん。お野菜大事!」

ころっと忘れて微笑んでくれる。俺の嫁、尊い。

「あ、って、違う!」
「・・・ふ、」
「笑うなぁー!」

ぷんぷんと音が聞こえてきそうな怒り方で、シズクは冷蔵庫に向かう。
何をするのかとトーストを齧りならが見ていると、トマトジュースを入れたグラスに、真っ赤なストローを刺して戻ってきた。

「はい。」
「・・・別に、トマトが大好きな訳じゃないんだが。奥さん」
「え!?違うの?・・・でも、体にいいよ!飲んで。」

差し出されたグラスを受け取って、例を言う。

「赤いストロー、幸運のおまじないなんだって!」
「そうなのか?」
「うん、歌でね、あるの。」
「・・・そうか。ありがとう。」

実態のあるものでなくても、シズクがその歌を聞いて俺に赤いストローをくれたことが嬉しい。
トマトの酸味が口に広がって、さっきのキスを思い出した。



「気を付けてね、いってらっしゃい。」
「ああ」

玄関で送り出してくれるシズクが、手を振りながら言う。見送られることがこんなにも幸せだなんて、少し前の俺は知らなかった。おかえりも、ただいまも、シズクと交わすからこんなにも愛おしい。

「いい子で待っていろ。」

抱き寄せてキスを落とすと、シズクはうっとりと俺に体を預けてくる。
深く呼吸を数回して、大きな目で見上げてきた。

「早く帰ってきて・・・廻くん。」
「わかってる・・・行ってくる。」

朝日の中歩き出す俺の背中には、まだシズクの視線を感じる。
よし、今日もさっさと済ませて帰る。
心の中で決意を固めるのだった。




FIN









あとがき
甘・・・甘すぎる。でも書きたかった。