おれの腕の中で気を失ったなまえは、けれどおれのスーツの裾を手離すことはなかった。そのおかげで、ぶちキレそうな頭もなんとか平静さを保つ事ができる。
本当ならば、今すぐにでもパティを海に鎮めてやりたい。蹴り倒しても、三枚にオロしても、それだけじゃ物足りない。二度となまえの瞳に映らないよう、ヤツの存在ごと消すくらいのことをしないと、おれの気が収まらないと分かっている。

でもそうしない、正確にはそう出来ないのは、キミの小さな手が、決しておれを離すまいと掴んでいるからだ。きっと、キミが一番よく分かっていたのだろう。こうでもしなければ、おれが今頃暴走していただろうことを。



Order 【 6 】



なまえが気を失って暫く、バラティエ船内に広がったピリついた空気感は一旦落ち着き、元の雰囲気を取り戻しつつある。
百人分のメシを用意しろと豪語したクリークに対して、結果クソジジイが百食分のメシを用意した。店主の行動とあっては周りも多少は大人しくなる。メシを抱えたクリークが出てった今は、クリーク海賊団を迎え討つために各々が戦闘準備をしている。

「………なまえの、様子は……、」

「近寄るんじゃねーよ くそコック。」

ダイニングの客用テーブルに腰掛けるおれの傍に、ハチマキ野郎は弱々しく近づいてきた。おれの腕で眠るなまえを気にして、バツが悪いなんて顔しやがって。その目に気安くなまえを映してんじゃねーよ。とは言わない。が、パティの目に映るなまえの面積を少しでも減らしたくて、おれはなまえを抱きかかえ直す。

(……なまえ。)

背後からおれを殴ろうとしたパティとの間に入ってそれを止めようとしたなまえが、おれが受けるはずだった拳を代わりに受けることになってしまった。
故意じゃないにしろ、けどクソ野郎が殴ったことは事実。心配げになまえの様子を伺うパティに与える義理も優しさも、おれは持ち合わせちゃいない。

(………けど、キミは赦しちまうんだろうけど。)

おれの この世で一番大切なレディが、腕の中で眠っている。眠るなまえの額におれは自分の額をすり合わせる。キミの痛みが全部おれへと流れ込めばいいのに。そして閉じた瞼を起こして、早くその瞳におれを映してほしい。キミを想うだけで、おれの胸は仄かにくすぐったくなって、愛おしさで満ち満ちてゆくんだ。

(……ああ、逢いてえ。)

「いつまでもメソメソしてるなら裏口から出て行け。殴られたのはコイツの勝手だ。」

カツンと義足を鳴らして、クソジジイがおれとパティの間に立った。おれは頭を起こして、目の前に立つクソジジイを睨みつける。パティを追いやりおれを見るジジイの目は、相変わらずなにを考えているのか読めない。

「…………そーかよ。」

おれは客用テーブルから降りて、なまえを抱えたままクソジジイの傍を通り過ぎた。そのまま裏口を目指し歩を進める。どこに行くんだ!と、ダイニングにいる誰かが俺を引き止めた。もちろん、クソジジイなわけが無い。

「なまえを部屋に寝かせにいくだけだ。そろそろ奴さんのメシが食い終わった頃だろうからな。」

おれは振り返ることなく、肘で器用に開けた扉を足でバタリと閉めた。音を立てて閉じた扉の向こうは、静寂に包まれ、おれの靴音だけが鳴り響く。頭を強く打ったなまえに振動が伝わらないよう優しく抱きかかえ直し、三階へと続く階段を上る。

なまえの部屋の前につき、おれは眠るなまえの顔を見る。それから、部屋に入るよと一言断りを入れて、なまえの部屋の扉を開けた。
キミの部屋に入ったのはいつぶりだろうか。もう随分と昔のことで、記憶は朧げだ。けれど部屋に差し込む陽の光は、はっきりと室内を映し出し、おれのなかの忘れたなにかを呼び起こす。

シンプルかつ、でも女性らしい淡い色合いの室内は、まるでなまえの雰囲気をそのまま写し出してるようだ。ベッドになまえを寝かせて、呼ばれてもいないレディの部屋にいつまでも長居するわけにはいかないと、すぐに踵を返したおれの目に、机の上に置かれた写真立てが映る。

そこには、建てたばかりの海上レストラン バラティエを背景に、若い頃のクソジジイと幼いなまえとおれが写っている。その隣の写真立てには、クソジジイの噂を聞きつけて集まったコック達の写真。次はクソジジイとなまえの仲睦まじい写真。それから おれとなまえの寄り添った写真。
一際は年季のある写真立てには、なまえの母親が写っていた。


「………ハッ、くそ キミらしいな。」


おれは頭を抱えた。
けして憂鬱だからではない。キミの大事にしている想いが、この場所から溢れ出て伝わってくるなまえの優しさが、おれの胸を心地よく脈つかせてくるからだ。


外から オオオオッ!!! と野郎どもの雄叫びが聞こえる。どうやらそろそろお祓いの時間のようだ。おれは振り返り なまえの顔を見る。そしてスーツの襟を直し、なまえを部屋を後にした。





See you in the next story………

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