思い出の話。
土砂降りの雨が上がった次の日、空に虹がかかった朝に、わたしはキミと出逢った。
order 【 7 】
「なまえちゃん。お迎えが来たよ。」
あったかくて柔らかい朝日と、優しいおばさんの声がわたしを眠りからゆり起こす。ゆさゆさと身体を揺らされて、わたしはゆっくりと起き上がった。眠気まなこを擦り、部屋の中をぼんやりと眺める。と、おばさんのずっと後ろに、海に出た父親が片脚を失った姿で立っていた。
『………………ぱ、パパ…?』
ベットから飛び降りて、ゆるゆると父親に近づく。上から下まで、何度も父親を見る。間違いない。この目つきの悪い顔、どうしてそんなに伸ばしてるのか謎な髭、海の匂い。
”赫足のゼフ”と呼ばれ、海賊旗を掲げて偉大なる航路へと向かった海賊の船長。
ーーー父親が、帰ってきた。
『……海は、もういいの…?』
「ああ。」
『………そっか。……おかえりなさい パパ。』
わたしは笑って腕を広げた。わたしの意図を汲んで、抱っこしてくれた父親に、わたしはギュッと抱きつく。ぽんぽんと大きな背中を撫でて、お疲れ様でした。と声を掛けたら、ちょっとだけわたしを抱きしめる腕に力が入った気がした。
父親が海を渡り歩く間、わたしは母親と町宿場で働きながらその帰りを待っていた。いつか帰ってくる父親の無事を信じて、何日も何ヶ月も何年も…。
新聞に父親の名前が載る。手配書の金額が上がる。遠くで戦い進み続ける父親を頼もしく思いながら、父親の夢が叶いますようにと母親と二人、笑って待ち続けた。
「あとで、アイツの墓に行こう。」
『…うん。ママ、きっと喜ぶよ。』
でも、母親は大きな病気を患って亡くなってしまった。太陽のように明るい母親だった。誰よりも父親の無事と帰りを願い、誰よりも父親に会いたがっていた母親は、今はもうここにはいない。
昨日は土砂降りの雨が降った。母親が息を引き取った日と同じ、土砂降りの雨が。今日はお天道様が顔を覗かせて、雨粒はキラキラと光り、空には虹がかかってる。まるで母親が父親の帰りを祝福しているような、そんな気がした。
何年も待ち続けた父親は、長い長い航海から戻り、わたしを迎えにきてくれた。母親が亡くなったあとも町宿場でお世話になっていたわたしは、一人ではなかったから寂しくはなかったけど、やっぱりどこかで心細くはあって。おばさんや宿場の仕事をしながら、埋まらない切なさを必死に隠していた。
『……パパ、』
会いたかった。ずっと待っていた。ずっと信じていた。今父親に抱っこされて、やっと涙を流せそうだ。わたしの中でぐるぐると取れなかったシコリが、今度はわたしの背中をぽんぽんと撫でる大きな手に、胸が苦しくなるほどの安心感がわたしを包み込む。
待ってたよ、ずっと。
会いたかったよ、ずっと。
無事に帰ってきてくれて、ありがとう。
ーーーパパ。
町宿場でわたしの面倒を見てくれたおばさんと、最後の挨拶を交わした。わたしの荷物が入った鞄を受け取り、良かったね、元気でね、と笑うおばさんに、わたしの胸はいっぱいになる。
ここで泣いたら、わたしを送り出すおばさんを心配させることになる。わたしは精一杯の笑顔で、お世話になりました。とお辞儀をした。
扉を開いて、父親と手を繋ぎ外に出る。外はからりと晴れていて、風は凪ぎ、空には虹がかかっている。これからはずっと父親と一緒にいられる。待ちに待った最高の日だ。
(……ママ、見てますか?)
父親を見上げれば、同じように空を見上げていた。ママを、思い出しているのだろうか。その時、母親の墓参りをすると言った父親の言葉を思い出した。きっとしばらくは、お参りすることも出来なくなるのだろう。それならばお花を摘んでいこう、と町宿場のおばさんとよく行った花畑を思い出す。
『パパ 向こうに花畑があるの。お花をもって行ってもいい?』
父親の腕を引き、父親をこちらに呼び寄せる。父親は、「…花か…、」と小さくこぼすと、「そうだな。」とわたしの提案に頷いてくれた。それならすぐに行こう、と走り出したわたしの目の前に、ひょこりと男の子が姿を現す。
金色の髪に、ぐるぐるの不思議な眉毛。片方は前髪で隠れた蒼い瞳の男の子は、暫くこちらを見て、すぐに父親の方を向いた。
「…………嘘だろ…、」
そう呟いた男の子に、わたしは首を傾げる。なにが嘘なのだろうか?突然現れた男の子は、ここらで見かけたことがない。わたしを見て驚き片目を見開く男の子は、わなわなと微かに震えた様子で、父親を指さした。
「…こ、この子が、クソジジイの子供ォォ!!?」
『……クソ ジジイ………?』
その言葉に、カチンときた。
いきなり突然現れて、人の父親を不躾に指を差して、しまいには“クソ” “ジジイ”だなんて。
この男の子がどこの誰だかなんて知らないけど。わたし、この子のこと…。
(ーーーキライっ!!)
See you in the next story………